第5話 黒猫とエルフ
そういえば村人達がこんな話をしていた気がする。黒い猫に行く手を塞がれたものには不幸が訪れると、しかし今までセレスは黒い猫なんて見たことがなかった。記憶をたどっても、行く手を塞がれるどころか見たこともない。セレスが初めて迷信というものを知ったものなのだが、今セレスの目の前にいるのはその黒い猫だろう。もっとも、あちらはすでに戦闘態勢。猫というよりはもはや虎だった。肉体が最初とは比べ物にならない。幸い、チャロが威嚇していることで強引には攻めてこない。竜と虎は好敵手と本なんかにも書かれるが、如何せんチャロとでは体格が違いすぎる。一発食らえばあっさりやられるほどの差だ。
(見せかけの体なのかな、)今こちらに見せているのは仮の姿で本当は最初の小さい姿のままなのだろうか?
「チャロ!あいつに火で攻撃してみて」
「わかった!」チャロの炎が大きな黒猫へと迫る。が黒猫は避けない。もう命中するというその時
「火が体をすり抜けた!」やはりそうだ。あれは偽物。攻撃をかわされた後の第二手段なのだろう。体を大きく見せて威嚇すれば、相手も体勢を崩したり、自分にとって危険な相手だったとしても逃げる隙を生み出せる。巨大になったことで本体が狙われる可能性も下がるというわけか。しかしここまでネタが分かれば臆することもない。
「チャロ、あの姿は偽物よ。本物はさっきと変わらない小さな猫のままだわ」
「そうなのか!見た目で騙してくるなんてすごい奴だな。でもどうしよう、さっきがどれくらいの大きさかなんて忘れちゃったよ」
「うっしまった」大きくなった方の姿を見せていたのは、やりあいになった時にもこうした有利性を持つためか。チャロも闇雲ではなく足元を狙って攻撃しているがまるで当たらない。うまく狙う方法はないだろうか?
(でも、相手が小さいままならうまく隙を作って逃げ出したほうがいいかもしれない。)もともとセレスは戦えないし、チャロも特別強いわけではない。相手ほどではないが、逃げられそうなら逃げたほうが得策だ。すると再び黒猫がセレスに襲い掛かってきた。突然のことで素人のセレスの振りでは間に合わない。
「ああ!セレス!」しかし相手も功を焦っていたのだろうか?間に合わないのは巨大化した体格がそのままの時だ。本来の体がこれよりずっと小さく、今見えている体を縮小したような状態なら、そんな前面に本体があるわけもない。距離感を誤ったのはセレスではなく、仕掛けた黒猫の方だった。幻の体ではセレスを傷つけることはできず肝心の本体にセレスが投げやりに振っていた杖がクリーンヒット。体勢を崩した黒猫はそのまま巨大な幻影も維持できなくなって最初の小さな姿があらわになる。思わぬ攻撃に黒猫も驚いたのか、そのまま森の方へと逃げていった。
「はぁ、なんとかなった」
「ありがとう、セレス」
「うん、そんなことより早く村に戻ろう。この先だから」
「そうだね」見た目からは想像もできないほどあっけない相手だった。まあ見た目と中身が文字通り別なのだから仕方ない。だがこの時、二人は完全に忘れていた。黒猫に関して別の情報が文字通り起きてしまっていたことに、そしてそれを二人はすぐに気づくことになる。
「噓でしょ?」
「ここ、村への道だよね、これじゃ進めない」二人の行く手が土砂崩れによってふさがっている。昨日の雨によってこんなことになってしまったのだうか、ここまでの道中は何ともなかったのにここだけ急になっていた。
「ど、どうしよう。ねえみんな大丈夫なのかな。村の方にもこれ行ってるのかな」
「わ、わかんない、ってセレス何してるの!?」混乱したセレスは目の前にある土砂をどけようとし始めてしまう。
「だって、このままじゃ、ミナモさんが、村のみんなが生き埋めに!」
「こんなところでセレスと僕だけじゃどうにもならないよ」
「でも、でも!」チャロが言っても聞かないセレス。このままではボロボロになるまで無駄なことをしかねない。どうしようかと頭を悩ませていると、参道の方から来たのだろうか。見慣れない顔の者がやってきた。
「お、おい何やってるんだ?そこの子は」耳の長いエルフの青年だ。
「助けてください!村への道が塞がれてて、それをどかそうとしていて、このままじゃ終わらないのに」
「なるほどね」そういうと青年はセレスの方へ行き、
「あのー、事情は聞いたんですが、大丈夫だと思いますよ?」声をかけるがセレスには聞こえていないのだろうか
「しょうがないな」と言い、土をかき分けるセレスの手を引く。
「なんなんですか!?あなたは」先ほどの声は本当に入っていなかったようだ。
「俺の名前はジーク。ゴド村が気になってここまで来たんですよ。幸いサクトゥスの方からなら行けるって話は入ってたんですが、クラフスクの僕からしたらこちらの方が近いので」
「えっと、つまり?」
「ここだけなんですよ。ここだけ都合よく土砂崩れが起きたんだ。奇妙な話でしょ?とはいえ、やっぱり通れないとなれば、一度クラフスクにまで戻るしかないか」
「じゃあ、ゴド村は無事?」
「と思います。仲間の情報ですがね」それを聞いて少しだけではあるがセレスも落ち着きを取り戻した。
「ありがとうございます。あの、私これからどうすれば」戸惑うセレスに青年、ジークは
「街までは一緒にいきますか?俺も腕が立つってわけじゃないけど、そこはお互いさまってことで」
「どうする?チャロ」
「一緒に行くしかないよ、今は僕たちだけじゃどうしようもない。それに村が無事かもしれないんだ。」
「決まりましたか?それじゃ行きましょう。ここにいても始まらない。ジークに連れられて二人はクラフスクへと向かうことになった。
「あの、なんてお呼びすれば」
「ああ、ジークって呼んでもらって大丈夫ですよ。見た目は同じくらいですから」
「ん?どういうこと?」
「エルフはこの世界の中でも最も長寿な種族なんですよ。俺だってこう見えて、いま246歳ですから」
「246歳、すごい」あまりの数字の大きさに驚くチャロ。竜も長命ではあるが、まだまだチャロは幼い。
「ジークは大丈夫だった?襲われたりしてない?」いきなりチャロが質問した。あまりにも突拍子すぎてセレスにも内容を補完する余地が見当たらない。
「ええと、どういうこと?襲われるって、」
「あ!ごめん、言い忘れてた。僕たちさっき大きい幻を見せる黒い猫にあったんだ。そいつ逃げたから、また誰かを襲ったんじゃないかって」
「大きな幻を見せる黒い猫?それってまさかレパハードの事ですか?」
「レパハード?」聞いたこともないモンスターの名前に首をかしげる二人
「まあ、知らないのも無理はないですね。レパハードなんて言ったら200年前に絶滅したっていうモンスターですから」
「200年前、絶滅」
「当時、人がレパハードに襲われる事件が多発していてですね。中でも強力なやつがいて、レンビエナの人々を困らせていたんですよ。迷信にもあるでしょう?黒い猫に道を塞がれると何たらというやつ。あれはレパハードが元なんですよ」
「そうなんですね」
「でも、なんで絶滅しちゃったの?」
「修道院の騎士たちが駆除したんですよ。一番強いといわれていたやつを倒した騎士が黒騎士なんて呼ばれるようになって今も各地の騎士たちのあこがれの的になっています」
「黒騎士、」そのワードが妙に引っかかったセレス。しかし、記憶違いだろう。思い出しても関係しそうな節がない。
「ともかく、ここからもう少し行けばクラフスクです。休憩しながらでいいから行きましょう」
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