第2話 靄
翌日、セレスとフィークスは良薬草を取りに行くため、朝早くに準備していた。ミナモが起きた時にはもうほとんど支度が終わっており、朝食のためにミナモを待っていた。
「おはよう。ミナモさん!」
「ああチャロ、おはよう。随分早いんだね」
「なんだか今日は目が覚めちゃって」
「ふふ、そうかい。待たせてごめんね。さあ、ご飯にしよう」
「はーい」朝は大体決まったメニューでパンにマップルのジャムを塗って食べる。
「いただきます」暖かいミルクと共にゆったりとした朝食を送る。窓から差し込む穏やかな朝日が、セレスのささやかな幸せを引き立てる。
「そういえば良薬草ってどのあたりに生えているの?」
「カルデロの森の畑より奥に進んだところだよ。大きな木があってその洞の中に生えてるんだよ」
「この辺りは寒いからあんまり生えてないもんね」
「そっか、じゃあ探すのは難しい?」チャロが不安がると
「大丈夫、それぞれの家でとる木のところは決まってるんだ。うちのマークの猫の耳の札が下がってる木が目印だよ」
「りょーかい!」朝食を済ませた三人。
「ごちそうさまでした」あいさつもして、出発までの時間、残った支度をして、
「いってきます!」
「はい、いってらっしゃい」二人は家を出て、良薬草を取りに向かった。
森はいつも通りの表情で、マップルの畑を抜けて二人は、さらに奥のほうへと進んでいった。ここまでくると、普段セレスでもあまり感じない、森本来のおいしい空気を胸いっぱいに吸い込む。ようがなければ村の人も立ち入らないためにこれだけさわやかな空気が残っている。そんな森の中を進んでいくと少し不自然なものを見つけた。
「ねえチャロ、これなんだろう」
「んん?剣と盾かな?にしても随分とボロボロだね」そこに落ちていたのはボロボロに朽ちた剣と盾だった。盾の部分には羽と尻尾の生えた不気味な怪物を人間が剣で刺し貫いたようなエムブレムが見て取れる。その上に書いてある文字はほとんどかすれて読めないが、わずかに残っていた部分にはセレスたちの文字で「帝国」と書かれていた。
「ねえセレス。帝国って何?」チャロが疑問を投げかけた。
「前にミナモさんに聞いたことがあるよ。海を渡った先にはたくさんの人が暮らしている帝国っていうのがあるって」
「ふうん。クラフスクとかメルキスみたいな街の事かな?」
「もしかしたらそうかもね」二人は、不思議な剣と盾を後にしてさらに森の奥へと進んでいった。進んでいくと周りにちらほら札のかかった朽ちた木が見え始める。
「ええとうちの良薬草のある木は、あそこね」ミナモの言っていた猫耳のマークの札がかかっている古い木のうろを見つけた。随分古い、もう朽ちてこそいるが、今生きていれば樹齢はどれくらいなのだろうか。木の年輪というのは季節ごとにその木の成長速度が変化することで生まれるものだ。一年での成長はほんのわずかでも、それが何年も何年も積み重なって太い幹になるのだ。もっとも中身が空洞では、年輪を数えることもできないのだが。ひとまずセレスは洞の中にある良薬草を半分ほど摘み取った。
「よし、それじゃ帰ろっか」セレスが戻ってくると何やらチャロが警戒している。そちらのほうを向くと
「なっ何なのチャロ、その変なもや」チャロの前には空中に浮かぶ不気味な靄。
「気を付けてセレス。何かあったら僕がやっつけるから」チャロが言うと、さっそく靄の中からさらに不気味な手が伸びてきた。
「やっぱり何か出てきた!この!」チャロは火をはいて応戦する。不気味な手は苦しそうに悶え、火を振り払って消した。
「今だ!」その隙に手にかみつくチャロ。やっとの思いで火を消したと思った途端に追撃を受ける不気味な手。しかし、あちらもあちらでやられてばかりではない。
「うわ!」チャロの嚙みつきが緩んだ一瞬の隙をついて手のほうがチャロの体を掴みかかったのだ。
「はっ離せよ!ぐぅっ」不気味な手はそのままチャロを靄の中に連れ去ろうとする。
「チャロを離して!」すかさずセレスが持っていた杖で不気味な手をたたき、チャロを助ける。
「ごめん、セレスあんまり戦えないのに」
「ううん、私だって戦うよ。チャロだけに大変な思いさせない!」
「セレスを守るのが僕の役目なのに、」
「くるよ!チャロ!」再び手を伸ばしてくる不気味な手。チャロが再び火を吐いて応戦する。攻撃されたことで今度は靄の中へと消えていった。そのまま靄も消えていく。
「もう倒したの?」
「いいや、まだだよ。まだあいつの気配は消えていない。気を付けて」すると二人の背後から再び靄が現れた。今度はセレスを狙って手を伸ばしてきた。
「セレス後ろだ!」チャロのおかげでぎりぎりのところで気が付いたセレス。何とか杖で滅多打ちにして応戦する。めちゃくちゃながらその必死の攻撃に不気味な手も攻撃できない。その隙にチャロがもう一度火を吐いて攻撃する。二人の協力の前に不気味な手はたまらず引いていった。
「もういない?」セレスが不安そうに尋ねる。
「多分ね、もうさっきの気配はないよ。何だったんだろう、さっきの」
「わからない。とにかく帰ろう」
「うん」いつさっきの不気味な手がやってくるともしれないことを恐れ、二人は急いで森を抜け、村へと帰ってきた。
帰ってきた二人は、今日森で出くわした不気味な手のことをミナモに話した。これまで良薬草をとるのはミナモが行っていたのだが、彼女もこれまでそんなものは見たことがないという。
「あれはいったい何だったんだろう」するとミナモが
「セレス、本当に明日行くのかい?今日も危ない目に合ったんでしょ?また今度にしたほうが、」と心配したように言う。しかし
「大丈夫!セレスの事は僕が守るから!」自信満々な様子のチャロ。実際、セレスにとってチャロは村の外に出るときには決してなくてはならない存在だった。杖こそ持ってはいるがセレスはいまだに魔法が使えない。いや、厳密には回復などの白魔法は使えるのだが、今までどれだけ練習してもどういうわけか黒魔法が使えないのだ。そのため、何か起きた時にはチャロが戦い、セレスが援護するというのが基本的なやり方だ。といっても二人は魔物なんかと戦ったことはなく、せいぜい森で出会った危ない動物を追っ払う程度だった。
「けど、そんなことしてたら、マップルが売れなくなっちゃう。それに今のミナモさんじゃ山の上にある大修道院まで行くのは無理だよ」人間と比べてもはるかに長い寿命を持つ獣人ではあるものの、ミナモはすでに高齢の部類だ。セレスとチャロじゃおぶってでも行かせてあげるなんてこともできない。セレスが子供のころはそうでもなかったのだが、ここ最近で急に具合が悪くなってしまっていた。これという原因もわからないため、今は村を歩くぐらいが精いっぱいなのだ。
「そうかい?覚えてると思うけど、村を出てしばらくすれば大修道院へと続く参道に出る。そこからは舗装されてるし、モンスターもあまり出ないはずだけど、念のため注意はしておくんだよ?」
「はーい」三人は昨日と同じように夕食を囲み、片付けなどを済ませてからベッドに入った。しかし、昼間の事もあってなかなか寝付けないセレス。寝れずにしばらくじっとしていると突然チャロがベッドの中に入ってきた。
「キャッどうしたのチャロ?」
「セレスだってどうしたの?いつもならもう寝てる時間なのに、やっぱりあの不気味な手のこと、怖い?」
「うん」
「大丈夫、セレスには僕がついてるから、セレスが危ない時は僕が助けるよ」
「うん、ありがとうチャロ。おやすみなさい」
「おやすみ」
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