Wonder Hope 2

龍之世界

第1話 少女と竜

 その日、カルデロの森には季節外れの大雨が降っていた。まるで何かを悲しんでいるようにも思えるそれは雨音に紛れて逃げるのにはうってつけだった。森の中を一人の女性が走っていく。後ろからは背格好も様々な黒い服を着た者たちが追いかけてくる。中にはフードの上から角が出ているようなものもおり、人間だけというわけではなさそうだ。足取りをつかんでいるわけではなさそうだが、何よりもすさまじい数、雨は音を消してはくれるものの足場を悪くして動きを封じる。

「いたぞ!捕まえろ!」ついには数で勝る追手の者たちが女を見つけ、瞬く間にとらえた。

「答えろ!あのガキをどこへやった!」脅しをかける黒服の男。しかし、女性は頑なに口を割らない。頭に血が上った男はそのまま彼女を殺そうとする。しかし、それを彼らのリーダーと思われる男が止める。

「やめろ。そんなやり方じゃそいつは吐かない。あのアウシィの女だ。お前みたいやつじゃいくら声出そうが逆に舐められるだけだぜ」男は女性に向かって

「わかってくれよ、モコ。俺はこの世界をあるべき姿に戻したいだけなんだ。君だってあの子がこれからの苦難に満ちた世界で生きては欲しくないだろ?」

「母親である私に、わが子を捨てて世界の事を願えっていうの?あなたの方こそ、情報の聞き出し方を分かっていないわね」

「ははは、だったらはやく教えてくれよ。教えてくれなきゃ君をもっとつらい目に合わせなくちゃならないからね」

「それは困るわ。じゃあ教えてあげる。答えは“無理”よ。あなたの力ではどれだけ時間をかけても見つからないわ」そう言うと女性は、途端にぐったりとした。

「ちっ毒を飲んでいたか。小賢しい真似を。おい、奴らの家から何に至るまで関連する場所はすべて調べ上げろ。所詮人間だ。隠す場所には限度がある。抵抗する者がいればどうしようとかまわん意地でも探し出せ」

「はっ」男たちは女性をその場に捨て、森を後にした。

(ごめんね、セレス。お父さんもお母さんも一緒にいてあげられなくて。でもこうするしかなかったの。あなたは希望。この世界の、私たちの希望なの)心でそう思いながら、彼女は息を引き取った。

 いくつもの季節が流れ、カルデロの森はマップル収穫の季節を迎えていた。暖かな日の光の中で真っ赤に熟れたマップルを真っ白な竜が一生懸命摘み取っている。今年は飛び切り出来がよく、思わずかじりつきたくなるほどだ。こっそり口に運ぼうとしたところを

「チャロ!マップルつまみ食いしちゃダメでしょ?」と持っていたマップルを取り上げられてしまう。

「ああ!何するんだよセレス!こーんなにたくさんできてるんだよ?ちっちゃな奴一つくらいいいじゃんか!」

「小さなものだっておいしいジャムにするんだから。それに家に帰ればたくさん食べられるでしょう?それまでは我慢して」

「わかってないなあセレスは。こういうのはね、とれたてが一番おいしいんだよ!ほらちょっと一口、一口だけでいいから!」

「そうなの?それじゃあ一口だけってその手には乗らないよ。大人しくかごに入れておいて」

「ばれたか、はーい」返されたマップルを仕方なくかごに入れるチャロ。それからも二人はほかの木々からもマップルを収穫していった。気づけばかご一杯になったそれはセレスだけではとても持ち上げられないほどになっていた。

「チャロ、そっちのほう持ってくれる?」

「オッケー。いつでもいけるよ」

「それじゃあ行くよ。1,2の3!」小さな翼を羽ばたかせて持ち上げるチャロ。

「は、はやいよセレス、もうちょっとペース落として」

「持ち上げるのが大変なだけで、できちゃえば一人で大丈夫!」

「こんな大きなかごも持てるようになったなんて、昔と比べてセレスは大きくなったねえ」しみじみというチャロに

「ふふ、チャロは全然大きくならないけどね」

「知らないの?竜は大器晩成!大きくなる時はどーんと大きくなるのさ!今はまだその時じゃないだけ」

「チャロが大きくなったらもう家の中では一緒に住めないね」

「うぅ、そうかも。それはこまるな、冬とか寒いし、」

「でもまだまだそんなことにはならないでしょ?さて、村に帰るよ」

「あ!マップル落ちそうになってる!」なにせ収まりきらないほどの量だ。チャロがすんでのところで拾ってかごの中に戻す。

「ありがとう。小さくてもチャロにはチャロのできることがあるね」

「へへっ、こぼれそうになった奴は僕が拾うね!」

「それじゃ今度こそ帰ろっか」

「うん!」

 レンビエナ地方の中央、べゼロ山の麓にあるゴド村が二人の住んでいる場所だ。この村は、メルキスに近いため、一年を通じて涼しく。冷涼な気候を好むマップルにとっては絶好の生育地なのだ。もちろん村の名産品もマップル。セレスも子供の頃から食べており、今も変わらない大好物だ。カルデロの森を抜けると藁ぶきの屋根に石を積み上げてできた家が数軒見えてきた。目の前の小川にかかった橋を渡ればそこはもうゴド村だ。

「あら、セレスちゃんにチャロちゃん、おかえりなさい」

「ただいま!モントおばさん!」チャロが元気に返事をした。

「今年も随分と立派なマップルだね。それにこんな沢山。やっぱりミナモさんのところは昔からいいマップルが取れる」

「モントおばさんも食べる?おいしいよ!」さっきセレスに言われたことをもう忘れてしまったのだろうか。

「はっはっは!あたしはジャムでいいよ。今丸かじりなんてしたら。あとわずかな歯もなくなっちまう。また今度買いに行かせてもらうよ」

「わかりました。ミナモさんにもそう伝えておきますね」

「またね!バイバーイ!」チャロが頑張って手を振る。腕の可動域は小さいもののそこは誠意でカバーしていた。二人は、村の一番奥にある二人の家。ミナモの家に帰ってきた。

「「ただいま!」」2人が玄関で帰りを告げると、広い家の奥の部屋から小さな声で

「おかえりなさい。二人とも」という声とともにネコ型の獣人が出てきた。もうずいぶんと高齢で体こそ小さくなってしまったが。ひげや灰色の毛艶はセレスの一番古い記憶の中の彼女と変わらない。

「今日もこんなにたくさん。ありがとうね」

「大丈夫、昔から手伝ってきたもの。これくらい慣れたよ」

「ねえねえ!今日のご飯は何?僕もうおなかペコペコだよ、」

「今日は月の街でとれた鮭を使ったムニエルよ」

「ほんと?やったー!あれ大好き!ミナモさんの作った料理の中でも一番好きかも」

「ふふ、もう少しでできるからね」

「私も手伝う!」セレスもすぐに支度を済ませ、ミナモとともに晩ご飯作りに取り掛かった。チャロは三人の囲むテーブルの片づけや、食器を運んだりと手伝った。30分もたたずにご飯の準備は終わり、3人はいつもと変わらぬ食卓を囲んだ。

「いただきます」いつもは話しながら食べる二人もムニエルの日だけはしゃべるのも忘れて食べ進んでしまう。あっという間に食べ終わった二人はゆっくりと食べるミナモが食べ終わるのを待った。そして三人一緒に

「ごちそうさま」を言う。これもいつもと変わらぬこの家の景色だ。食後にセレスは今日のことをミナモに話した。

「そうかい。それじゃ小屋のほうからジャムもとってこなくちゃね。それに、とってきた中でいいものは大修道院に売りに行かなきゃ。

「それ、私が行くよ」

「本当かい?」

「セレスが行くなら僕も行く!」

「そうだ。それなら旅の準備として、森の奥にある良薬草をとってきておくれ。もしもの時の備えでね」

「それじゃあ、明日は薬草を取りに行って、出発は明日だね」こうして二人は、大修道院へ行く準備に良薬草を取りに行くことにした。

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