第21話 異世界転移
「エイブラム。君がパーセル村で保護したのがアリスで間違いないのか?」
アンドリュー王子が問うとエイブラムさんはかしこまって、視線を私からアンドリュー王子に移した。
「はい、そうです。その時は黒髪だったのでまさか王女様だとは思いもよりませんでした」
エイブラムさんに敬称を付けて呼ばれる度に、どんどんと距離が開いていくのが感じられる。
「何! 髪の色を変えられていたのか! アリスを王女と知ってそんな事をしていたのか!」
国王陛下が憤慨しているが、そもそも私はこの世界で育ったわけじゃないから、その辺りははっきりさせておかないといけないわ。
「あの、国王陛下…」
そう言いかけたところで、国王陛下が目を剥いて私を見つめて来たので慌てて言い換える。
「いえ、お父様。信じられない話かもしれませんが、私はこの世界ではなく、別の世界で暮らしていたんです」
私の告白に誰もがポカンとしたような表情を見せた。
いきなりそんな事を言われても信じられないわよね。
当事者の私でさえ未だにどうしてこうなったのかがわからないもの。
「アリス。別の世界とはどういう事だ? 詳しく聞かせてくれないか」
隣に座るアンドリュー王子、もといお兄様に問われて私は話を進める。
「私はこことは違う世界で暮らしていました。噂話をしていた親戚によると籠に入れられた状態で捨てられていたところを育ての親が拾ってくれたそうです。その時、どんな服を着せられていたとか、詳しい話は聞けずにこちらに転移してしまいましたが…」
私が育った世界では魔法なんて無かった事や、科学という物が発達していた事を告げると皆驚いた顔をしていた。
「魔法が無い世界だと? そんな世界が本当にあるのか?」
ちょっとした事で魔法を使っているこの世界からしたら、魔法の無い世界なんて考えられないのだろう。
「それに着ている服だってこちらとはまるで違う物でした。そのへんはガブリエラさんもご存知だと思いますが…」
チラリとガブリエラさんに目を移すと、ガブリエラさんはキラキラとした目でお父様を見やった。
「そうですわ。アリス様が身に着けておられた下着はとても画期的な物でした。アリス様のお名前で特許権を取って販売したいと思いますので、ぜひ許可をお願いいたします」
ガブリエラさんの勢いにお父様はちょっとたじろいでみせた。
「そ、そうか? 女性の衣服に関しては私は専門外だから、それは侯爵夫人に任せるとしよう。それよりも、どうしてアリスが別の世界に転移したのか…」
そこまで言ったお父様は小声で「まさか…」と呟いた後、押し黙った。
「父上?」
途中で話をやめたお父様にお兄様が怪訝な顔をする。
皆の視線を一身に受けた事に気付いたお父様は、意を決したように話し始める。
「実はかなり昔に封印された禁術に異世界への空間を開く呪文があったはずだ。だが、あまりにも危険な術なので使用は禁止されたはずなのだが…」
「危険な術? 何が危険なのですか?」
お兄様が問うとお父様は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「先ずは、何処の世界に繋がるかわからない事、その空間を通った者が再び戻るとは限らない事、空間を通る際に命の保証が無い事など揚げたらきりがない」
お父様の話を聞いて私はゾッとした。
つまり、私を異世界に飛ばした人物は、私の命がどうなろうと構わなかったに違いない。
それに空間を通った者が元の世界に戻れるとは限らないなんて…。
こうして私が元の世界に戻って来れたのは奇跡に近い事なのだろう。
ダンッ!
隣でお兄様が拳をテーブルに叩きつけた。
「アリスをそんな危険な目に合わせた奴がいるのか! 見つけたら絶対に八つ裂きにしてやる! 父上、その禁術を使った者に心当たりはないのですか?」
お兄様の問い掛けにお父様は虚しく首を振る。
「今は見当もつかんな。だが、アリシアを産んだ女を調べれば、何処かに糸口があるかもしれんな。秘密裏に調査をさせよう」
そんな決意表明を語ると、お父様は私に優しい目を向ける。
「今はただ、こうしてアリスが戻ってくれた喜びを噛み締める事にしよう。そうだ! 侯爵夫人、アリスを連れて来てくれた褒美を取らせるとしよう。何がいいかな?」
それを聞くとガブリエラさんは静かに首を横に振った。
「何もいりませんわ。わたくし自身、クリスの娘が戻ってくれた事がとても嬉しいので…。強いて言うならば、時々は登城してアリス様とお話する機会を設けていただきたいですわ」
ガブリエラさんに言われて私はこのまま王宮に留まる事になるのだと実感した。
「わかった。王妃がおらぬから侯爵夫人が話し相手になってくれると助かる。そなたらはもう下がって良いぞ。今日はご苦労だった」
お父様に言われてエイブラムさん達は立ち上がると暇を告げて部屋を出ていく。
エイブラムさんの後ろ姿に胸がキュンとなる。
これからは安易にエイブラムさんと会うことは出来ないのだろう。
私はエイブラムさんの姿が消えた扉をじっと見つめた。
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