第22話 私の部屋

 エイブラムさん達がいなくなると、お父様は立ち上がり私の側にやってきた。


「アリス、おいで。お前の部屋に案内しよう」


 私の部屋?


 まだこの王宮へ来てそれほど時間が経っているわけではないのに、いつの間に用意していたのかしら?


 差し出された手を取って立ち上がると、反対側の手をお兄様が取って歩き出す。


「こっちだよ。気に入ってくれると嬉しいな。何しろ君が生まれる前から準備していたからね」


 あっさりと言われてちょっと言葉に詰まった。


 確かに母親である王妃が妊娠したのだから部屋が準備されるのは当然だろう。


 だけど、すり替えられて行方不明になったのだから、部屋は残されてもそのまま放置されていたんじゃないのかしら。


 でも私の手を引いて歩く二人を見る限り、そんな事をしそうにはないわね。


 長い廊下を歩いていくつもの扉をやり過ごしてようやく二人は立ち止まった。


「ここがアリスの部屋だよ。ちなみに向かいは僕の部屋だからね」


 お兄様が合図をすると、扉の前に立っていた侍女が扉を開いて恭しく頭を下げる。


 二人に連れられて一歩部屋の中に足を踏み入れれば、そこは気後れするくらい広くて豪華な部屋だった。


 天蓋付きベッドは勿論、椅子やテーブル、ソファーなど、家具や調度品は侯爵家とは比べ物にならないくらいだ。


「季節毎に内装を変えたり、流行が変わるとそれを取り入れたり、いつアリスが戻ってきてもいいようにしておいた。クリスティンに似ているだろうから、その雰囲気に合わせるようにと…。こうして部屋の中にいるアリスを見る事が出来て本当に嬉しいよ」 


 お父様の言葉に胸が熱くなる。


「ドレスも毎年のように仕立てさせておいた。他のご令嬢の平均的なサイズで作らせたが…」


 するとお父様の側に立っていた侍従が何やらお父様に耳打ちをした。


「…そうか。では、午後には登城するように伝えてくれ」


 お父様の返事を聞くと侍従は部屋から出て行った。


 何があったのかしら?


「そのドレスは侯爵夫人が作らせたそうだな。アリスのドレスを作るのならばその仕立て屋を呼んでくれと侯爵夫人から伝言があったそうだ」


 既に私のサイズを知っているから、注文がし易いものね。


 座って話をしようとソファーに移動したが、お父様は一人掛けのソファーには座らずに、私の隣に腰掛けてきた。


 当然、反対側にはお兄様が座っている。


 イケオジとイケメンに挟まれて座るなんて、居心地が悪くって仕方がない。


 おまけに妙に近いし…。


 この距離感って親子じゃ普通なの?


 貴族ってあまり異性に馴れ馴れしくしないんじゃ無かった?


 親子だから大丈夫なのかしら?


 私の心配を他所に二人はニコニコしながら、それぞれ私の手を取ってさすっている。


 どう見ても口説かれているようにしか見えないんですけど!


「アリスは向こうの世界では、貴族だったのか?」


 そんな言葉がお父様から発せられて思わず「は?」と間抜けた声が出た。


「いえ、私が住んでいた国では身分制度なんてありませんでした」


「身分制度がない? それではどうやって国を運営していたんだ?」


「それぞれの地方から選ばれた人が集まって国を動かしていました」 


 この世界に当てはめるならば、議員が貴族という立場になるって事かしらね。


「貴族でないならば、アリスは何をしていたんだ? 既に働いていたんだろう?」


 お兄様の言葉にカルチャーショックを覚える。


 この世界では私の歳ではもう働いているって事かしら?


「私は高校生として学校に通っていました。私の世界では七歳から十五歳まで義務教育として学校に通わなければいけないんです。その後に仕事に就く人も多少はいましたが、ほとんどが高校に通い、更に大学へと進学していました」


 私もこの世界に転移しなければ、大学に通うつもりだった。


 何より私を育ててくれた両親がそのつもりだったのだ。


 捨て子だと知って高校を卒業したら就職するつもりでいたけれど、両親は頑として私を大学へと行かせたがった。


 迷ったが、育ててくれた恩を返すのならば、両親の望みどおりに大学に行くべきだろうと考えた。


 突然私がいなくなって悲しんでいなければいいな。


「勉強はしていたんだね。この世界の文字は読めたりするのかい?」


「文字はガブリエラさんに教えて頂きました。読む事は出来ますが、書くのはまだしていません」 


 お兄様は目を細めて私の頭を撫でてくる。


「そうか。色々と教えなければいけない事がありそうだが、先ずはこの王宮での生活に慣れる事が先かな」


「そうだな。先程のお茶の席でもそれなりにマナーが出来ていたようだ。一週間はゆっくりして過ごせばいい」 


 お兄様に対抗するようにお父様も頭を撫でてくる。


 十七年ぶりで嬉しいのはわかるけれど、どうにも二人の愛が重いように感じるのは気の所為じゃ無いみたい。

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