第20話 出生

 謁見室から移動して別の部屋へと案内される。


 私の手を取って喜々として歩く国王陛下に連れられて部屋に入ると、正面に飾られている肖像画が真っ先に目に飛び込んできた。


 えっ、私?


 一瞬、そう思ったがどこか印象が違うので別人だと察した。


 もしかしてこの肖像画の女性が私の母親だというクリスティン王妃だろうか?


 髪の毛は私と同じ紫がかったシルバーブロンドだが、瞳の色がアンドリュー王子と同じ金色だ。


 私の茶色い瞳は国王陛下譲りなのだろう。


「アリス。これが母親のクリスティンだ。…クリスティン、ようやくアリスが戻ってきてくれたよ」 


 しんみりした国王陛下の声に場の空気が少し重くなる。


 主賓席に国王陛下が座り、その右側に私とアンドリュー王子、左側にエイブラムさんとガブリエラさん、ジェンクス侯爵が座った。


 侍従と侍女によってお茶が入れられたあと、彼らは退室を促された。


 私達六人だけになると、国王陛下はお茶を一口飲んでおもむろに話し始める。


「何処から話せばいいだろうか? クリスティンは私と婚姻する前から市井に下りては庶民の生活に寄り添っていた。勿論、王妃という身分は隠してね。とりわけ、妊婦の事には力を入れていたよ」


 アンドリュー王子が生まれた後、なかなか次の子に恵まれなかったため、余計に妊婦の支援に力を注いでいたそうだ。


「アンドリューが九歳になる頃にようやくアリスがお腹にいる事がわかってね。私もアンドリューも、そしてジェンクス侯爵夫人とエイブラムも大変喜んだものだ」


 ガブリエラさんとクリスティン王妃は幼馴染で仲が良く、アンドリュー王子とエイブラムさんも同い年のため交流が深かったそうだ。


「アンドリューの時と同じく市井にある保養所で出産する事になった。今思えば、どうしてそれを許可してしまったのか…」


 勿論、医者には彼女が王妃である事は告げられていた。


 護衛も付けられていたが、妊婦の為の保養所だったので、男性の護衛を大っぴらに付けるわけにはいかなかったそうだ。


 クリスティン王妃の側に侍女と女性の護衛騎士、保養所の出入り口に男性の護衛騎士を配置していた。


「クリスティンが産気づいた時と同時に別の妊婦もお産が始まった。真夜中だったため、人手も少なく医者は一人で二人のお産を見なければならなかった」


 看護師の女性もいたが、流石に手が回るわけがない。


 そこで保養所の出入り口にいた護衛騎士が、他の医者や看護師を呼びに行くために持ち場を離れた。


「最初にクリスティンがアリスを産んだが、もう一人の女性は栄誉状態が悪かったせいかなかなか出産までに至らなかった」


 後産のため、医者がクリスティン王妃に付いていたが、クリスティン王妃がもう一人の女性の所に行っていいと進言したそうだ。


「もう一人の女性が出産している最中にクリスティンの後産が始まったが、誰も対処出来る者がいなかった。ようやく医者が駆け付けた時にはクリスティンは大量出血によって瀕死の状態だった」


 胎盤が剥がれる際に出血するそうだが、場合によっては輸血をしなければいけないくらいの出血もあると聞く。


 だけど、この世界に輸血なんて処置があるんだろうか?


「…輸血はしなかったんてすか?」


 恐る恐る聞くと国王陛下や皆は怪訝な顔をする。


「『ゆけつ』? 何だ、それは。医者がヒールをかけたがそれでもクリスティンの出血は止まらなかった。私とアンドリューとジェンクス侯爵夫人が駆け付けた時には既にクリスティンの息はなかった…」


 保養所に着いた国王陛下は生まれたばかりの私を抱いて、うなじに紋章があるのを確認していた。


 王家の血を引く者は皆、うなじに紋章が刻まれているそうだ。


「クリスティンを王宮に連れて帰る際にアリスを侍女が抱き上げたが、その際に『王女様じゃありません!』と叫んだ。確かに髪の色が違ったし、うなじに紋章もなかった。慌てて保養所の中を探したが、他に赤ん坊はおらず、もう一人の女性も姿を消していた」 


 それじゃ、私ともう一人の赤ん坊をすり替えたのはその女性って事?


 一体何の為にその女性は自分が産んだ子供と私を入れ替えたりしたの?


 私の疑問がわかったのかガブリエラさんが重い口を開く。


「わたくしはクリスを見舞いに行った際にその女性を見かけた事があります。あまり食べる物がなかったのか、ガリガリに痩せていたのを覚えています。おそらくクリスが自分より裕福だと思い、自分の子供とアリス様を入れ替えたのでしょう」


 ガブリエラさんの言葉に多少は納得が行ったけれど、それでも釈然としない。


 お金が無くて育てられないのなら、誰かに頼る事は出来なかったのかしら?


 それよりも、私とすり替えられた赤ちゃんはそれからどうなったの?


「あの… その赤ちゃんは、どうなったのですか?」


「孤児院に預けても良かったが、せめてアリスが見つかるまでは育ててあげようという事になった。赤ん坊に罪はないしな。そもそも栄誉状態が悪く健康状態も悪かったんだ」 


 アリシアと名付けて育てていたが、結局一歳になる前に亡くなってしまった。


「アリシアは可愛い子だったよ。本当の妹ではなかったけれど、アリシアのお陰で母上が亡くなった寂しさを紛らわす事が出来た。それなのに…」


 アンドリュー王子が涙混じりの声で呟く。


 私とすり替えられたから一歳まで生きられたのかな?


 だとしたらアリシアの母親がやった事は無駄じゃなかったのかもしれない。


 だけど、すり替えられた私はどうして異世界転移しちゃったんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る