第70話 知らぬが暗仏

 逃げることが出来た。それに思わずガッツポーズをしようとして


 腕が半分壊死していることに私は気がついた。慌てて回復魔法を生み出そうとするが、何故か頭がズキズキと痛む

 この痛みはなんのことは無い、そう思っていた私だったが

 しばらくすると最早何か考えることすら不可能な程度の状態に陥っていた


「ッァ、……ぐうゥ……い、痛いっ!」


 それだけでは無い。先程から魔力を引き出そうと体に力を入れる度に体の隅々から悲痛な叫びがこだまするようになってしまった


 私は思わず服を脱ぎ捨てる。そして体のあちこちに生まれていた無数の『鎖のような模様』にきがつく


「?……な、なんだこれはァ!……ッ……?!」


 それは私の目の前でゆっくりと回転し、そこから周囲をどんどんと締め付けてゆく


 その鎖が擦れる度に、痛みが増している気がする。

 まずいなと私は考えて即座に薬を打つ。


 それは痛み止めではあるが、あくまでも仮のものだ

 ブロンザバが作った薬を使うことに不快感はあったが、四の五の言っている場合ではない


「……はぁ、はァ……っぅ……これは、まさか呪いの類なのか?……あぁ……」


 足を引きずりながらその場から離れる。

 その姿は普段の彼を知っているものならば間違いなく止めるであろうレベルの状態


 しかしそれでも無知なるグリムビルはわかっていた

 今、足を止めれば……待っているものが壮絶な結末である事を


「はぁ……はぁ……回復魔法……回復魔法……回復魔法……」


 頭痛は少しずつ良くなっているように思えたが、そう思った途端、再び痛みが襲ってくるという理不尽な状態


 理不尽だ。それに尽きるかもしれないが


「……あぁ……回復魔法回復魔法回復魔法回復魔法」


 彼は気がついていなかった。


 彼には既に魔力がなくなっていることを


 ◇◇


「……だが、一旦自分の部屋に戻れば。幾ばくが回復するアイテムも持ち合わせているから」


 そう言いながら、足を引きずる。引きずった足はいつの間にか擦り切れ、しっかりと跡を残していた


 そうして、たどり着いたのは。思わず安堵するグリムビル

 助かった。これでなんとか立て直しが


『いやいや面白いですなぁ……さっきから同じ場所をぐるぐると……』


「悪趣味にも程があるよ?オーディン様」


 部屋には既に先客がいたようだ。おかしなこともあるもんだ

 私の部屋には人など来ないと言うのに


「?……どちら様ですか?」


 私は不思議な相手に話しかける。なんでか分からない、頭からその名前がすっぽりと抜け落ちていく

 確か……あれ?


『私はオーディン、まぁしがない旅人です』


「同じく旅人のモーガンだよ……しっかしここはいい天気だね」


 いい天気、何を。あぁそうだったここはいい天気だったなぁ


「そうですね……星が瞬いて、こんなにも綺麗なんでした」


 あれ?なんで忘れていたんだろうか。

 いけないな、最近またしても頭から色々と抜け落ちてしまっているようだ


「そうだ、お茶をお出ししましょうか?……あぁでも今はお茶っ葉が無いんでした」


『おやおやお構いなく、あぁそう言えばお茶っ葉でしたらあなたの手の横にありますよ?』


 あれ?本当だ。不思議だな……?さっきまで無かったのに


「教えて下さりありがとうございます、親切な方……」


 そう言って私は腕をもぐ。


 流れる血をティーカップに流し込み、そうして紅茶を入れる


『お構いなく、私たちの分は必要ありませんからな……ささどうぞ?』


「ああありがとうございます、それにしてもこのお茶はとても美味しいですね……誰かが持ってきてくれたのですか?」


「……見てられないよ、オーディン様私は外に行ってくる」


『ご自由に、あぁそうでした……そう言えば


 お菓子?あぁお菓子か。いいですね、お菓子。お菓子。

 美味しくて、甘くて……少し鉄の味がして、生臭くって


 ……あれ?


 あれれ?あれ?あれ?あれ?……おかしいな、おかしい。おかしいおかしいな?れ?れれ?


『まぁそろそろベールを外して差し上げましょうかな、可哀想な者よ』


 ◇◇



 ベールは剥ぎ取られる。そこにはひとつの瀕死の肉塊がひとつあった


 いやもう既に肉体はとっくに消え失せ、残っていたのは脳みそだけだ


 その脳みそも、少しずつ崩壊し始めて……そうして


「あれ?……そういえば、私の肉体はどこに」


『不思議だよね、人って脳みそだけでも生きれるんだな……まぁこれは魔法の為せる技だがね』


 魔法?……脳みそ?


 あれ?私は誰だ。誰……待った、私


 そこまで言った途端無知なるグリムビルは崩れ落ちる


 精神が、ついに限界に到達したのだろう


 その様子を冷静に眺め、オーディンは満足そうに頷く


『うむうむ、これにて一件落着ですな』


 ◇◇◇◇


 幻覚魔法『欠落の花園ロスタイム・ガーデン


 その領域ないの存在は、この魔法の効果により……自分を自分で殺す。

 勝手に勘違いを起こして、勝手に自滅してゆく


 ここでは誰もが平等に。

 そして欠落した花園では、誰もが世界の一ピースに。


「……全く恐ろしい魔法だよ、これは」


 モーガンはため息を吐き出す。かつてこの魔法で円卓の騎士を何人も失った過去をふと、思い出していた


 オーディン。それは魔法の王にして神


 そして人に近しい神であり、人に最もかけ離れた神でもある


 その精神性は『愉悦』で構成されており、そして


「……相変わらず、相手が苦しむ様を見るのが好きなんだよね……はぁ……」




 無知なるグリムビル。


 死因……自爆。

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