第39話 名前の由来

 無事じゃなかった。


「あーバレちゃったかあ……はぁ……」


 口元から血を吹き出し、震える声でエイルはそうつぶやく


「……いったい何年一緒にいると思ってる?……それくらいすぐにわかるさ」


「……まあ君に嘘を付いて出てきたのにはちゃんと訳があるんだよね……君さ……?」


「?!……何の話だ」


 理解できない、意味がわからないという顔で俺はエイルを見る


 だが、エイルはわかっているよという顔で


「アタシの存在が有るから貴方は魔神王に戦いを挑めていない……違う?」


 俺は押し黙る。


「ほら……図星だ……全く君と50年一緒にいれば嫌でもわかるよ」


「……待て50年だと?……俺は5年だと」


『そうだね……君は少しだけ時の感覚が狂っているからね』


 カオスの一言に俺は動揺する。


「だが君の見た目は変わってなど……まさか」


 エイルは少しだけ微笑み、つぶやく


「悪魔の肉を少しでも食べれば……歳の加速を抑えられるからね……まさかこんなに変わらないとは思わなかったけど」


 歳の加速……?そういえば確かに人類側の奴らはみんな見た目が変わらないヤツらばかりだった。


 考えてみればそうだ。数年で対抗できる組織が作れるわけが無い


「さてと……それじゃああとは任せたよ?」


 突然そういうと仰向けになり、口笛を吹き始める

 彼女は一体何を思っているのだろうか?

 俺は疑問を隠せなかった。


「……ねえリイチ……君は弱虫だ……アタシがいなくなる事を恐れている」


「それは否定しない、だが……」


「だが、も、でも、もないよ……リイチ、貴方は優しい……そして誰よりも強い」


 髪の毛がゆっくりと白く染まり始める。まるで時の歯車が少しずつ動き始めたように


 残酷で救いのない時間、という劣化が彼女を襲い始める


「……君はそんなに強いのに……こんなあたしを守るために戦いを避けていた……そんなこと気が付かないと思ったの?」


 不満そうに、そう言葉を紡ぐ


「ーーーーはぁ……あたしはあなたに守られるのも嬉しかったし、そうやって君と旅するのも楽しかったよ……だから最後に君にお土産を要求します」


 俺はそうだ、ご飯を……と思いご飯を取り出すが


「それはいらない……ただ、貰っていくね……怖くて弱虫で……臆病な君を」


「……何故」


 はにかみながら、まるでイタズラっ子のように


「君は果てしない戦いに身をこれから置くだろう……その中であたしという存在に取られたものを最後まで忘れないでいてくれるように……ね」


 手を伸ばされる。

 震えるような


 シワシワの手で俺の顔を撫でる。


「……でも君から貰ってばかりだ……だから……をあげるよ……その代わり君の名前はあたしのものだ……絶対に渡さないぞ?」


 命のロウソクが少しずつ消えかける。

 その様子は美しく、儚く、脆い


「それじゃあ……さよなら……アタシのただひとりの優しいトモダチ」


 俺は思わずそのからだを抱きしめる。

 こいつに一度もそんな感情を抱いたことなどない

 それでも


「……ッ……!どうしたのさ……強いんだろ?……その涙は」


「……涙?」


 俺はこぼれるそれが涙だとやっと気がついた。

 悪魔を狩りすぎてその身すら悪魔となりかけていた俺に、まだこんな涙を流すと言う機能があったんだな……というかおをしていると


「……今日から君はエイルだね……リイチ……いい名前だ……ムドウ、リイチ……私はその名前を忘れない……」


「……待て、待ってくれ……俺を一人に……しないでくれ……」


 体の芯が冷える。魂が泣いている


「……泣くなよ……勇者だろ?……」


 最後の最期。エイルは……いや、リイチは


 イタズラっ子が見せる最高の微笑みを浮かべ、眠るように


「……おやすみ………………リイチ……」





 そう、囁いた




 ◇








 星々は煌めき、世界は昨日と変わらない停滞を歩む。

 だが、それもこの時までだ。

 拮抗した終局の歯車は破壊される


 亡骸を土に埋めたあと、と名前を変えた男は一人手を合わせる


「……君の物語は……俺が引き継ごう……いや違うな」


 エイルの着ていたマントを羽織り、髪型を変える


 その目にはただひとつの目的を宿し……男は立ち上がる


 もはや怖がるものは無い。


『やる気になってくれたんだね』


 そう喜ぶカオスに俺は


「……力を貸せ、ここからは


 そう言い放つと、剣を構える


 ◇◇◇◇





「ま、魔神王様!?ご報告です……何者か分からない奴が城に侵入し……今四天王が全員やられて……」


「ソロモンを呼べ…………」


「ソロモン様は先程致命傷をおってしまいました……まもなくそいつが……うわぁ!?」




 土煙の中、一人の男が砂埃をはらいながら歩いていく


「……魔神王、バアル……貴様の墓場はここでいいか?」


 その言葉はその場の悪魔を恐怖させるほどにドスの効いた声だった


「……貴様は?……何者だ」


 魔神王バアルは剣を引き抜く。

 この数百年間1度たりとも抜かなかった剣を静かに抜き放つ


「……俺は。……貴様ら終末ラスボスを全て屠る者だ……覚えておけ!!!」



 そう言って駆け出す。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る