第30話 水霊鎮魂歌

 水はありとあらゆる負のオーラを集める天然の溜まり場である


 そして水を操る力を持つものはより、その影響を受ける


 地下の水路、それは2年ほど前にコウキが設置したものだ。そしてそこには自然と負のオーラが集まる


 そこには当然、体のない精霊……否、それは精霊と呼ぶには禍々しい。

 まあ、悪霊に近しいそれらがたむろしている


 彼らは落ちてきた餌を皆で分かちあって吸い尽くすヒルのような生態を持つ


 そんな奴らが年々増えていた。それは言ってしまえば世界が終末に近ずいている証拠でもある


 世界を廻す精霊が堕落しているのは、一言で言えば歯車の欠けた機械のようなものだ


 そして、そんなたまり場に水でできた美味しい……疲れ果てた無力な女が落ちてきたならばどうなるのか……それは


 ──まあ、ろくな事がないわけで



 ◇



「───で、こうなったか」


 俺たちは目の前で吹き上がる水の柱とそこから這い出でる化け物を眺める


「……あれはミズカだよな……?なんであんなことに……」


「……あ〜、うん……まあ水の影響を濃く受けたんだろうね」


 水の精霊の使い手はいつもろくな事がない。今回もまた、それに相応しい結末を辿りそうだな、と俺はため息をこぼす


 ◇



「あれ?……苦しいや……なんでだろう……あ〜そういえば、なにかに囁かれたような気がしたなぁ……」


 彼女はいま悪い夢を見ている気分だった。ただの悪い夢、そうだ夢だよ


 誰かにそう言われて私は安心して目を閉じる。

 それにしても案外、ここは心地がいいな


 ジメジメして、寒くて


 その癖に妙に馴染む……ああそうか


「……ここは地獄だったんだな……」


 ◇◇



 幼い時から人付き合いあいが苦手だった私はいつも誰かに助けて貰っていた


 その度こう言われてきた


「─あんたバカなんだから勉強しなさい!」


「─あんたはいつもバカだねぇ」


「─君はバカだな……全く使えないガキだ」


 父も母も叔母さんも誰も私のことを期待なんてしていない。


 その度に私は愛想笑いをうかべる。自分が馬鹿なことぐらい私にもわかる


 だから必死に勉強して、そしてたくさんの本を読んで


 そしたら、誰からも目を向けられなくなった。勉強している私にみんなからの需要はなく


 どんどんと孤立していく。

 それをSNSに不満として書いたら、みんなはわかってくれた


 でも誰も助けてなんてくれない。

 誰もリアルで私を見てくれなかった


 だから私はバカを演じることにした。バカだって言われれば誰からも見てもらえるから


 コウキはそんな私をバカだと言いつつもかわいい、なんて言ってくれた


 メイクを適当にし始めたのはその頃からだっけ?

 母親からあなたはなんでそんな方向に進むの!


 何て言われたけど、それでも私は自分の居場所が無くなるのが怖かったから黙っていた


 コウキはやがて御曹司として、御門家の跡取りとしてたくさんの人に好かれていくのだろう

 でも、そんな彼の視線が私には欲しかった


 クラス1番の存在に愛されれば、自然と私をみんなが見てくれるから


『あんたはソレデイイノ?』


 誰かの言葉が私の脳裏にこびりつく。


 ─うるさい


 私はみんなから例えば馬鹿にされてでも居場所を手に入れたんだ!だから邪魔をするな!


『─でもイマソレを失った』


 私の頭にコウキの言葉が響く


「お前は?」


 私は私だよ!……何て胸を張って言えたら良かったのかな?


 自分の居場所が無くなるのが怖かったから異世界でも彼に付き従ったのに


 別に理一君なんてどうでもよかったし、別に興味なかったから


 だから私は理一君からのあの手紙が来た時、少しだけ嬉しかった


 あ、ちゃんと私に興味を持ってくれてたんだ……って


 だけど、私の愛する人を殺そうとするならば私だって容赦はしない!


 ……はぁ、そんなふうに意気込んだのに結局空回り

 挙句の果てに「お前は誰だ?」呼ばわりされて……

 そして今は私の体は精霊に乗っ取られ中。も〜いいことひとつもないじゃん!


 これも私が過去に囚われすぎたのが原因なのぐらい、私にはわかる。


 せっかくの異世界で、もっと自分に興味を持ってくれる人を探せばよかったかもしれない


 でも、私は面倒くさがった。

 そして今私は全てを失った。


 まあ、失う名誉なんてほとんどないし〜別にもう死んでもいいかなーって思い始めてきたんだけどね


 ◇





 ───「さて、あれをさっさと消し飛ばすとしますか」


 俺は剣を引き抜く。

 今や周囲のものを手当り次第に破壊する水の化身と化してしまった愚かなるクラスメイトを


 絶えず流動しているゲル状の肉体には、多少の斬撃や魔法程度では傷一つ付かない


 故に一撃で消し飛ばしてやるべきなのだが、それにはひとつ面倒なことがある


「……見えるか、あのコアを」


 俺はコアを指さす。あのパーツにはいくつかの周囲の物質が混ざりあっているのだが

 あの中で蠢いているのは、水霊の残滓。


 いくつもの伝説がある水魔たち。それらの生命が精霊へと進化したそれらは言わば天然の爆弾である


 奴らはとりこんだ物質を精製して新たに作り直す性質があるが、それを中断させると当然辺り一面にあの体内の……

 人体を溶かし、消し飛ばすレベルの水が放出される羽目になる


 つまるところあいつは今、天然の爆弾という訳だ



 もしその爆発にてやつが死んでしまったら俺の目的は果たせなくなる


 それは困る。故にやつとこの生命体を分離させねばならぬ


「……参ったな、さすがにあいつを殺さないようにあの精霊を倒せる武器なんて……」


「作ろうか?今から」


「……作れるんすか?」


「まあ時間がかかるけど」


「OK、それならいい……んじゃしばらく足止めするから出来次第よこして」


 俺とメリッサはその会話をした後に飛び出す


「モーガン、上空から爆発を広範囲に拡散させろ!……なるべくコアを狙わないように!」


 上空に箒にまたがるモーガンから連絡が入る


「ボクは問題無いけど……あーでも対空バッチしだね……悪いけどもう1人欲しいかな」


「お任せ下さい、モーガン!……私の光の盾によりありとあらゆる攻撃を無効化できます!」


 ラジエルにより、高防御の障壁を展開し……


「ナイスだラジエル殿、さてそれでは……『遍くは不変なる烈日の如き剣よ即ちそれは太陽なり!太陽剣ガラティーン』!!!」



 5発の光の剣が周囲に落下し、化け物を囲む障壁を展開する


「では私も『裁きの光は罪の都をも滅ぼすだろうソドムの光』」


 ラジエルの手から光の柱が放たれる。当然威力は本来とは比べ物にならないほどに低いが


 それをくらい、化け物の肉体が大きく歪む


「……はいよ!刀、作ったぜ?」


 そのすきにメリッサが仕上げた刀を俺は手に取り、軽く握る


「……では終わらせるとしようか……『流転水霊』!!」

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