第27話 雷華流水

 夜明け前は色々なものが入り乱れる


 例えば、魔物。例えば、人


 今回は人だった。まあ、その顔は私には見覚えがなかったので、とりあえず聞いてみることにした


「……どなたですか?」


 その言葉にソレは驚いたような、苦虫を噛み潰したような……そんな感情で私を睨む


「忘れた……とは言わせねぇぞ!……よくも俺の親分を殺してくれやがったな!この剣鬼め!」


「?だからどなたですか?」


 私は少し苛立ったようなその表情に疑問を抱きながら尋ねる


「と、とぼけやがって!…………ええいふざけて……ないのか……?本当に知らないのか!……!」


「ええ、知りませんとも……逆に聞きますが?」


 刀を携えたその姿からおそらく武士のなのだろうとは思うけれど、所詮武士などいくらでもナキリにはいる

 それをいちいち覚えてなどいられないだろうに


 だが、その言葉は彼にとって堪忍袋の緒を切るには十分だったのだろう。


 男は口笛を吹く。その音に合わせて10人程の刀を携えた武士が現れる


 みな鬼のような形相で詩織を睨む。その眼からは尊敬するものを侮辱されたことに対する怒りがこもっていることぐらいは

 鈍感な私にもわかる


 だからこそ、余計に……である。


「そんなに愛された武士など、戦った覚えがありませんね」


 私はやはり誰のことを指しているのか分からなかった。


 ─まあ何でもいいか


 私は籠の中に囚われた鳥のような状態で、のんびりと刀を鞘ごと構える


「てめぇ……挙句には刀すら抜かないというのか!?……もういい!お前は武士の屑だ!……俺達が成敗してくれよう!」


 呆れられたな。と私は思いながら、刀を構える


「へ、格好だけで鞘から剣を抜かないやつなんぞに俺達「一切流」は負けねぇ!……死にさらせ!」


 刀を振りかぶる男。しかしあまりにもその動きには無駄があった


 私は欠伸をしながらその刀を払い除け、そのまま足を薙ぐ


 体勢が崩れたその男の喉仏目掛けて刀を突き刺す


「?!ぐ!……が……」


 そこからはぼとぼとと血が吹き出し、何かを言おうとする男の言葉に風穴を開ける


「お、親分を良くも!」


 私はそのまま刀を空中で回転させて1人目の目に突き刺し、そのまま流れるように反対から来たやつの脳天をかち割る


 鞘に収められているとは言っても、刀はかなりの重さがあるが故に脳天かかち割られた男は倒れる


 そいつの手に持つ刀を弾き飛ばし、後ろで弓を構えていたやつの腹に差し込む


 悲鳴をあげようとしたその喉を私は貫く


 ──「全く、こんな夜更けに騒がれると魔物も村人もよってきてしまいます」


 あまり感情が乗らなかったせいで、残っていた数人を逃げるという選択肢に追い込んでしまった


「……そろそろいいよね?」


 私はそろそろ刀を抜きたくなってきた。いや、これはまだ渇いたわけじゃない。


 だが、目の前に格好の餌が落ちてきた時……それを我慢出来る生物がどこにいるというのか


 私はたまらず、刀を抜く。


 私のその様子を見て、もはや逃げることが叶わないと悟った数名は刀を抜き私に飛びかかる


 だが、そんな素人に毛が生えた程度の剣術が通じるわけがなく


(もちろん、彼らはしっかりと稽古を詰んだ熟練の武士なのだが)


 まあ彼女から見るとほぼ全ての人間は未熟な剣士に見えるはずだ


「遅いですね死になさい」


 九つに微塵切られて1人目が息絶える。

 返しの刀で2人目もまた九つに切り裂かれる

 残りはその光景を見て刀を落とす。


 しかし彼女が1度刀を抜いてしまえば敵には……もはや死ぬ以外には選択肢がほぼない。


 真紅にに稲光が閃き、その場にいた残りの残党を処断する


「……はぁ……つまらないですね」


 そう言って刀の血肉を落とすことなく鞘にしまう


 月はもうすぐ落ちてしまう。ならば切りかかる獲物が……否、私とやり合える代物が動くのを待ってから


 影の中、女はにっこりと寒空の月のような笑顔で次の戦場へとかけていく



 ◇◇




 おや?と私は立ち止まる。


「珍しいですね、久しぶりです……ミズカ」


 その女はビクッとしたようにこちらを見たあと


「や、やあ……何の用だ……アタシは忙しくて」


 だがいい切る前に私は


「ええ、知っています……ところであなたは強いのですか?」


 固まる。急激に焦り始めたミズカを眺め、わたしは


「何故そんなに慌てているのですか?……ああ、安心してください別にあなたを切るつもりは今のところありませんよ」


 安堵した様子のミズカ。


「……焦ったよ……ならなんでさ?」


 私は何食わぬ顔で


「……あの人……えぇ、理一。彼と戦って生きているのでしょう?ならばあなたは強いはずだ……違いますか」


 はあ?という顔で詩織を眺めるミズカ


「あいつ雑魚だって龍樹が言ってたよ!……まあ私の奇襲は通じなかったけどね……まーこっちも舐め腐りすぎたかなぁ……」


「ふむ、おかしいですね……あの人は私とやり合えるはずですが……ああ、そういうことですか」


 私はミズカにあなたは龍樹に騙されていますね。とだけ伝えるとその場を去る


「……え?……いやいや……龍樹が私を騙す?……なんでさ……」


「理由など知りませんよ……まあ彼のことですし何か企んでいるのでしょう、私に興味がありませんが」


 私はそう言うと、月夜を駆け抜ける



 ──「この世界で私と対等な存在たり得るのは……理一、あなただけなのでしょう……ああ楽しみです……いつかあなたと斬り結べることが」




 ◇◇




「……龍樹、あんたどういうことさ!」


「落ち着け、まあ……あれだ……敵を騙すにはまずは味方から……って言うだろ?……」



 確かに、と私は納得する。



「(こいつ本当にバカだな)」


 何か言われた気がするが、気のせいだと思う。


「……しかし不味いことになったな……このままだとこちらが逆にあいつらに殺されちまうぜ?……ならばもう奥の手を使うしか無いだろ?……違うか」


 アタシは奥の手だけはやめた方がいい。そう言ったのだが


「よく考えろよ!……お前その奥の手を使わなければコウキに見て貰えないんだぞ?……今のお前なら間違いなく勝てない……でもコウキには見てもらいたい……欲を言えば愛して欲しいんだろ?……ならやるしかないだろ!」


「……確かに……奥の手を出さない訳には行かないわよね……私やってみる!ああコウキ様、私に力をお貸しください!」


 私は自分の隠し洞窟をより強固に要塞化すべく、貯めていた水を全部集める。


 待っててね、コウキ様!




 その様子を傍から眺める龍樹は


「(本当にちょろいな。こいつは、まあこいつ程度見捨ててもどうとでもなるが、まあそれでもこいつの利用価値が無くなるまでは……せいぜい楽しませてくれよ?)」



 ◇◇


「……なあエイル、ひとついいか?」


「……ああ、俺も思ってたことがあるんだが……」


「……多分考えてることは同じだよな?」


「「……どう見てもここが本拠地だよね?」」


 もはや探知魔法とか、いらない。そんなレベルでバレバレである


 俺達が見ていたのは、湖……忘れ去られた湖と呼ばれた場所。


 そこには、でっかく文字が書いてあった。



『ここは怪しくないよ!ただの引きこもり少女の家だよ!怖くないよ!怖くないよ!Byミズカ』



「……多分逆にあれ罠だよね……帰るか」


「だな」




 ◇



「……おかしい……あの作戦をすれば間違いなく来るはずなのに!!……クソ!なんで来ないんだよ!?」


 龍樹は


「(逆にこれに引っかかるのってこいつより馬鹿なやつだよな?……うーん……)」


 本当に呆れていた。


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