第26話 烈日に蠢く怪異
ピチョン。
それは何気ない水の音だったのだろう、普通に生活していたら全くと言っていいほどどうでも良い事柄
しかし、俺は目を開けると同時に横に飛び跳ねる
コンマ1秒後、先程まで俺が寝ていた場所に水の槍が刺さっていた
それは織り込み済みだから別にいいが、問題があるとすれば
俺の懸念通りに、その水の槍は蠢いたあと人型に変化する
「終末外装/盾剣」
俺は剣と盾を構えてそいつを切り捨て、そのまま屋外に飛び出す
直後、宿からでかい水柱が立ち上り……それら全てが剣や槍へと変化し、俺目掛けて襲いかかる。
だが、それらが俺の近くに来る前に
「……甘い、その程度子供だましに過ぎない」
モーガンの手で一瞬で撃ち落とされる。
「エイル様、ご無事ですか?……まあ一応聞いとこうと思いまして」
相変わらずの魔法だ。と俺はモーガンを褒めつつ、メリッサを呼ぶ
「はいはいーちょい待ってねぇ!」
遅れたように彼女もまた、地面から……地面から?
飛び上がって出てくる。
「あっぶねぇ……窒息死するとこだったぜ!」
「それは土の中を潜ったからでは?……というかある程度予測できただろうが……」
「いやぁ……疲れた人って案外起きねぇもんだなぁ……はは!……で?どう見る……これは」
俺たちは周りに集まってきた水魔達を眺めて会話を交わす
「……これくらいはどうってことは無いだろ?……」
そう言っていた途端、先程まで後ろに立ち上っていた水柱が再び変化する
「腕か……ちょうどいい……メリッサ、叩き切れ!」
「あたしに任せな!……浅打!」
しかしその水の反応は、間違いなく鉄を切ったような音がしていた
「んなぁ?!……まじか、水って鉄みたいに固くなるのか?」
「ならんよ……普通はな……まあここは異世界だ……それくらい驚くべきでは無いのだろうな」
そう言いつつも、俺もまた懐かしい思い出がふと頭をよぎる
◇
──「水ってさ……貴重だから……ほら、こうやって水のまま保存出来たらサイコーだよね」
懐かしい、確か……そう……あれ?……ああそうだった
彼女の名前は「ピタ」。確か終末世界に対抗するために自ら武装兵士を立ち上げて……それで最後は……
あいつは最後まで水は貴重だ、と訴えていたな……まああの世界に水を必要とする種族が少なかったからほとんど意味はなかったがな
それでも俺にとって飲める安全な水を提供するすべをくれたあいつには感謝している。
◇
─「にしても、この水は腐ってないんだな」
確かにこの水はそれまでの水とは異なり、そこまで腐っている感じがしなかった
だが、それは気のせいだったようで……数秒後には腐った……水道管の中のような匂いが俺たちの鼻に突き刺さる
「……マスク持ってないか?」
俺は無言で防毒マスクをメリッサに渡す
「あ〜生き返る……おや、またしてもお出ましかい……」
見ると、俺たちを見失ったような仕草の腕はすぐに俺たちを見つけ、襲いかかるが
「まあせっかくの機会だ……あたしの自慢の一刀を使ってやるよ……『烈日』!」
直後、懐から太陽が登る。否、それは太陽のごとき刀
その刀身が僅かに開かれたその瞬間、周囲四方1キロの水分が吹き飛ぶ。
「あらら……刀を抜く前に終わっちまったか……はぁこいつを全力で振る機会は訪れるのかなぁ」
うむむ?……あ〜うん。
多分しばらくはないだろうな……。こんな馬鹿みたいな火力の武器は……まあ終末世界なら平常運転だが……
俺たちはそうして1度目の攻撃を撃退したのだが
◇
「うわ……酷いなぁ……これは」
あの時、襲ってきた奴らがいた市場に戻るとその周囲の人はみな溶けてシワシワになりながら死んでいた
おそらく、こいつらの水分……つまりは血液を操って先程の攻撃をしてきたのだろう
「……そら腐ってないわな……新鮮な……採れたての水だからな……」
「あららそうでしょう?でもお!あなたたちをおびき出すためにぃ……必要なぁ犠牲だったの!」
俺はその声の主に、呆れた声を押しつける
「……岩清水……お前か……悲しいな、昔のお前はそこまで腐ってはいなかったと思うがな」
声のあるじ、岩清水 冷華……いやミズカは
「あら……そんなことないわよお!……あたしは人魚姫なの!だからあんなクラスのゴミ達と一緒にしないでくれるう?……特にコウキ様のために……あなたは優しく殺してあげるわァ!」
「おいおい腐ってんなぁ……大丈夫か?冷華?」
「私たちを裏切ったゴミめ!……アタシはミズカ!お前みたいな尻軽とは訳が違う!」
「へぇ?珍しいな……言い返して来るようなたまじゃなかったのに……な」
そう言いながら、近くの水を剣に変化させ襲ってくるミズカ。
しかしその攻撃はあまり強いとは言えない。
メリッサの浅打にすら、普通に破壊されている程度の強度しか残っていなかった
「っ……!不味い、水分量のストックが……ちっ!アンタら逃げんなよ!」
そう言いながら自分が逃げていくのはなにかのギャグか?
俺はため息をついて水に溶けて言ったミズカの後処理を始める
「……いいのか?追わなくて」
「メリッサ、あいつがどこに逃げるか想像できるか?……まあ間違いなく自らの城だ」
俺はメリッサに説明する。
「わざわざ相手のテリトリーに侵入するのはいささか分が悪い……俺は今まで2度テリトリーに侵入していたが、今回は特に相手の能力……まあおそらく水を操る能力者の元に行くと危ないのでな」
「あんたは別に問題ないでしょうが……?」
「いや、匂い。だ……さすがに消臭魔法とかはストックがある訳では無い……まあそんなものを作る気もしないがな」
俺のその言葉になるほど。と頷いたあと、メリッサは
「……なあひとついいか、あいつはアタシが倒しても……」
「別に構わんが?……トドメだけは俺がする……別に俺は自分の手でクラスメイトをいたぶる趣味は無いしな」
「……ありがと、どうにもあいつはほかの女子をバカにしすぎてる……あれは拗れてるからそろそろ夢から覚ましてやらないと……と思ってなぁ」
そうか。と俺は返し、改めてあいつがめんどくさいやつだということを思い出す
「……あいつ確かコウキに惚れて……あ〜なるほど、俺に攻撃してきたのはコウキに見てもらうためか……」
「大正解さ!いやぁ……君たちはさすが、俺を楽しませてくれるねぇ!」
突然木が変質し、人になる
「……お前は確か 畑山か?」
「正解!おっと待ちな!……俺は別に今からなにかしようとしてるわけじゃねぇ……そう、あいつの住処を教えてあげようと思ってな!……なぁにただの気まぐれさ」
「嘘だな?……お前はそんな良い奴じゃない……それくらいアタシにもわかるぜ?」
メリッサの言葉は最もだ。まるで一切油断のない姿勢に、敵対心の欠けらも無いその仕草
極めつけは、瞳の奥に見える愉悦の表情。
それら全てがこいつが良い奴では無いことを物語っている。
「……帰りな?……というかお前はミズカと手を組んでいるのか?……住処を知っている……ということは」
ニヤニヤ笑っていた口角が、最高潮に釣り上がる。
「正解!まーあいつがどうなろうが俺には知らないけど、俺を楽しませてくれるなら……力を貸してやるだけだ……ま、あんたらから見れば微々たるもんだけど兵士を貸しててね……おっとこれ以上は危なさそうだ、退散させてもらうぜ!」
そう言いながら、木は徐々に輪郭を戻し、本来の木へと戻っていく
「……なるほど、こうしてあいつは戦力の見定めをしていたわけか…………全く異世界に来ても厄介さは変わりないな」
◇
「ぷはーあぶねぇ……いやまじであれは切るつもりだったな……」
俺は額に伝う汗を拭う。もし自分がアイツらと敵対した時、間違いなく今のままでは死ぬ
それくらいは立ち振る舞いでわかった。そのうえであいつを倒す算段を見つけなくては
俺は城の中にいる武士達を眺めて唸る。
「まああいつらでは太刀打ちできないし……まあ可能性があるなら……九門ぐらいか?」
龍樹が想像したのは、九門 詩織
彼女ならばあの二人を打ち破れるのではないか?そう思ったが……
「ま、無理か……いくらあいつでもせいぜい腕一本取れれば御の字かな?」
そう言うと今回わかったことをしっかりとメモに書き留める。
「……能力発動の口上は……」
◇
人ならざる瘴気が里山を覆う。
幽鬼が織り成す足音は死への呼び声だ
腰に刀をぶら下げた1人の女性は日が昇る前の闇夜に浮かぶ月を眺め、そのままゆっくりと後ろに潜む魔物を見る
「ああ、そんなに私を見るのではありませんよ……」
そう言って刀を鞘から引き抜く。
別に片手でも、鞘ごと殴っても倒せるであろう。
だが、この刀の渇きが誘うのです
「……九門一刀流...一ノ門」
9つの雷鳴が即座に魔物を切り倒す。
悲鳴は甘美なる装飾のように。ただ、哀れなり
散った血飛沫を払うことなく刀をさやに収める
「……足りない、足りない……のです」
彼女を一言で言うならば、刀に狂わされた憐れな女性だろう
幽谷の彼方、明日への道を閉ざした剣鬼は、静かに戦いを求めて歩く
「……私を、呼ぶのは……あなたなのですか?…………」
その声は彼方にほどけて沈んでいく
綻ぶは運命。切り結ぶは宿命
渇きに苛まれる1人の剣鬼が水に誘われるのは……言ってしまえば、必然なのだろうか
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