第7話 火蓋はそろそろ切られるのだろう

 騎士団長『ローラン』は優しく強い騎士だった。

 故にマフィアに襲われていた冒険者を助けるために疑うことなどせず、突っ込んでしまった

 助けようとした冒険者とマフィアがグルだったことに気がつく事はなく


 気がついた時には彼女はおもちゃにされてしまった。


 それから彼女の地獄の日々は続いた


 ◇


「ギャハハ!こいつの髪飾りすっげえボロボロだな!……」


 冒険者野若い男がそう言って私のことを笑ったが


 ─戯言だ。私からそれを奪った挙句私の目の前で踏みにじったのはどこの誰だったか


「こいつの顔腹立つから使い物にならないようにしてやる!アタシらのことをバカにしてたんだろ?ずっーと!」


 同い年ぐらいの女性がそう叫ぶ


 ─そんなわけが無い。私は一度たりとも民草を、護るべきもの達を蔑んだりしたことは無い


「どーせこいつも王城でしこたま美味い飯でも食ってたんだろ!……俺たちが貧しい、臭い飯を食べてる時にな!」


 やせ細った男が唸るように叫ぶ


 ─アリア様は慈悲深いお方だ。ご飯の類はなるべく民たちに渡るように自分のご飯さえも削る事を厭わなかった。

 自分の仕えるべきお方がそういうことをしている以上、私も同じようにしてきた


「お前は!」「お前のせいで!」「なんで私たちのことを」「お前を使えば」


 様々な用途に私は使われた。それでも決して諦めはしなかった


 どんなに汚いやり口でプライドを汚されようとも


 ──私は信じていた。きっといつかこんな状況を打破してくれる勇者が現れることを


 寒く、薄暗く汚い独房で一人体に受けた鞭の痛みに耐えながら

 震える唇でアリア様に教えてもらった歌を口ずさみながら


「うるせぇ!」


 と頭に缶を投げつけられても、アリア様が生きていてくれるのならばそれで良かった


 ◇◇


「あ〜アリアってあのお嬢様?……あいつなら死んだぞ?……残念だったねぇ」


 その言葉をリエスティナというマフィアのボスから聞かされた時、私は人生で初めて絶望の味を知った


「……しん……だ?……嘘だ!?」


 私の否定を……全力の否定を


「……おーいこっち持ってきな?……ほら見てみな?」


 そいつらは簡単に否定した


 そこにあったのは、体に勇者の剣を差し込まれて、息絶えたアリア様その物だった


「あ、……あぁ……あぁあ……あぁ?!」


 私の全身から血の気が引く。私の体の震えが収まらない


 そのお顔に触ると、まるで先程息絶えたかのように少しだけ暖かく……そしてその感触はあの時触れたアリア様となんら変わりないものだった


 間違いようがない……これは本物だ……


 変だな……?ここってこんなに寒かったっけ?


 ……私はどうして生きているのだろう?






 その様子を眺めて、溜息をつきながらリエスティナは悪魔のような笑みを浮かべた


「あいつも案外約束を守ってくれるタチだったか……それにしても本当にやってくれるとはな」


 ◇◇



 この出来事の2日前のこと


「……ふむ、騎士団長の身柄を持っている奴から手紙が届いた」


 俺は理絵ことリエスティナと今は名乗っているやつからの手紙を王城にいたアリア、レヴィア、そしてその場にいたバハムートとバエルとアザトースと眺める


「……なるほど、あいつの要求としては……」


「……とりあえず、ローランが無事なのは良いことですが……引き換えの要求とは……」


 ─アリアはため息を着く


「なんか悪魔みたいなことを書いてるねー!こいつ頭がおかしいんじゃないの?」


 ─レヴィアはそう言って紅茶とパンケーキを口に入れる


「悪魔はこんな生優しくはありませぬぞ?」


 ─バアルは杖を地面に下ろしてそうつぶやく


「なんじゃ……相変わらず人間は狂っておるのぅ……それもまた味、なのじゃがな」


 ─バハムートは暇そうにそう言うと口から火を吐こうとする


 ─やめなさい?


『アハはァ……こんなつまラないことをスるなんテ……』


 ─アザトースはどうでもいいという風に首をねじ曲げる。


 ─ねじ曲げるな


 俺は改めて手紙の内容に触れる


「……アリアの死体と交換……か?……はぁ……オプションで勇者の剣を添えろ……?」


 俺は青井はそんなことする人間だったか?と思いながらも


「……アリア、一度死体になってみる気はあるか?」


 そう言ってお菓子を差し出す


「……お断りします、いくら何でも死体になるのは王家の恥ですし……あ、クッキーは間に合ってます」


 俺はだよなぁ……とため息を吐き出す。正直、こちらから無理やり乗り込んで奪還してもいいけどそれは俺のポリシーに反するしな……あとそれで騎士団長が死んだら生き返らせられないしな


「死んでしまった者は生き返らせられない……それが運命ですからな」


 バアルの言葉に俺は頷く


 俺は終末世界を制覇し、そのうえでわかったことだが


 ということだ。まぁ厳密には、死者と生き返った奴が本人である確証が持てない、と言うのが理由なのだが。……もし死者を生き返らせたとしても、そいつの中に別人が入っていた時……それはあまり良い結果をもたらすとは限らない


 俺はそれを身をもって昔思い知ったからな。


「ではどうするのですか?」


 アリアが心配そうにこちらを見てくるが、俺は特に気にすることなく


「……まぁ精巧な人形でも送り付けてやればいいかな……あいにくこっちにはプロがわんさか居るもんで……な」


「ほう!我の作りしあの人形をまた作ると言うのですかな?」


 ……お前のあれは人形の中に本物の魂を入れるヤツだから却下


「ならわしの作る造物人形が良いじゃろう……」


「おめーさんのあれは聖遺物になるので論外……なんでわざわざ敵に塩を送らねばならんのだ?」


『』


 あ、きみのは外界と繋がるから絶対無し


「……オーディンにでも頼むか」



 ということで、オーディンを呼び出し、本物そっくりな人形を作る。


「見てくれ!このさわり心地を!……あの子のフニフニな肉体を完全再現し……痛い!やめて!」


「人の顔ぐにぐに触ってたのはそれですか!」


 辞めなさい?と止めるがアリアは出ていってしまう


「……オーディン、お前はやっぱり魔術より先にデリカシーを学ぶべきだったな」



 俺はあの時触った勇者の剣を再現する

 それを心臓に差し込み……(まぁ本人には見せられなかったが)


 それを指定された場所に送り届けることにした。

 ちなみに血もリアルな物だぞ?……アビスの手を借りてアリアの血1滴から全身分の血を再現したんでな



 ◇◇



「……まさか躊躇なく死体を送り届けてくるとは……ね……いいだろう……あいつを連れていく」


「ボス?!本気ですか……あいつはおも……切り札ですよ?!」


 私はじろりと睨む。


「何か文句でもあるか?……それが本物か偽物かさておき相手には交渉する気がある……それだけで私には十分なわけだが」


「……わかりました」


 私はため息を着き、地下に降りていく


「ローランという切り札を失うのはでかいが、そこから何か交渉を繋げることが出来れば……」


 私はそんな風に考えていた。


 私はローランの檻の前に立ち、口を開く


 ◇◇


 ─交換後


「ふむ、君がローランか……おや?何を絶望しているのだ?」


 私は私を連れていくと言っていた男の顔すら見ることが出来ないくらい心が折れかけていた


「……私と、引き換えに……姫を犠牲にしたのか?!」


 私は必死に心を落ち着かせながらそいつにそう聞く


 男は


「そうだが……何か問題が有るのか?」


 そう、いけしゃあしゃあと笑うでもなく、淡々と告げる


 ───ふざけるな!


 私はそのまま殴りに行きたかった。けれど自分のせいでアリア様を失ってしまったことが私から力を奪う


 私を連れたあと、そいつは外に出ると


「まあ今回はリエスティナに会うことは無かったが……せいぜいアイツに伝えといてくれ……とね」


 そう黒服に伝えると、俺は城へと帰還する





 ◇◇



「おーい、まずは回復とそれが終わったらお風呂にぶち込むからなー」


 俺はそう伝えると、ラジエルとマキナとバハムートを呼び出して指示を出す


「うっわ!これは……酷いですね」


「うむむむ……人の所業は悪魔より恐ろしいのですね」


「さっさと治してやるのが良いじゃろう……て」


 惨すぎて放送出来るか怪しかった見た目を何とか治療し、そのままお風呂にダイブさせる


 ◇◇



「……私は……お姫様を……申し訳ないです……アリア様」


 なぜ私は生きて、そして今幸お風呂という至福のものに使っているのだろうか


「……私が……アリア様を殺したんだ……はは……」


「そんなことないわよ?」


 私は後ろから抱きしめられる。


「……?!あ、アリア様!?」


 間違いない、それはアリア様だ。幼い頃から共に風呂に入ってきたので分かる


「……全く!……心配したんだからね!本当に!!!」


 そう言って私の背中を液体がゆっくりと伝う


「……信じられない……ですが……」


 私はまだ信じられなかった。


 それでも─嘘でも─何でも良かった




 ◇◇



「わしもあの間に入るのはダメなのですねはい……」


 百合に混ざる男は殺すぞ?という目で俺はオーディンを見る


「ひとまず、これでいつでもあいつをボコす準備ができた訳だが……まあどんな因縁をつけるか……ワクワクしてきたね……ふふ……」


 俺は少しだけ、ほんの少しだけ楽しそうにそう告げる





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