4-20 ──殺すよ


「え……? いいの……?」


 思わぬ朱音の返答に対して、俺は気の抜けた声を返してしまう。


 何かしら怒られる、もしくは殺されるものに近いリアクションを期待、というか予測をしていただけに、落ち着いて俺の言葉を受け止める彼女の姿に、俺は驚きを隠すことができなかった。


「お前が生半可な気持ちでそういうことを言うとは思わんし、そこまで啖呵が切れるならいいよ」


 朱音は落ち着いた様子を続けながら、そう言葉をつぶやく。


 ……まあ、生半可に語っていたのならば、それこそ朱音を怒らせる結果にはつながっていただろうし、生半可な気持ちでこんなことをするわけはない。


 目標が達成できるかどうかなんてわからない。けれど、俺の立場としては、兎にも角にも挑んで戦わなければいけないのだ。そうしなければ道が切り開けないのだから、やはり行動を選択するしかないのだ。


 過去に戻ることなんてできやしない。すべては地続きにあって、歩いた足跡を数えながら生きていくしかない。それが責任と呼ばれるものであり、俺がこの先も抱えていかなければいけないものだ。


 俺が受容した対極も、そして葵のことも。すべてがすべて。


「それはそれとして」と朱音は口頭に置いてから言葉を続ける。


「もし、もしだぞ。お前と葵ちゃんの関係性がバレてしまったとき、お前はどうするんだ? 禁忌の関係が営まれる以上、そういったリスクを無視することはできない。


 お前が教会のトップに上り詰めて、その禁忌とやらを破壊、……この場合は破戒か。ともかく、破戒するのはわかるけれども、そのように上手くいくかはわからない。その道中で関係性が教会の連中に割れるかもしれない。その場合、お前が対峙することになるのは絶対に教会だ。その時、お前はどうするんだよ」


「……」


 朱音の言葉を咀嚼する。


 そのような最悪な状況はもちろん想定している。そうならないために、と俺は頭の中でいろいろと考えてみた。


 そうならないために必要なことは頭の中にある。それは単純にイギリスに行って抑止するということくらいだけれど、ここでの問いは、そうなってしまった場合の対処法だ。


 朱音の視線を見つめ返す。


 彼女の表情はいつでも真剣だ。そして、今その瞳は心を刺し殺すかのように尖っている。彼女がそのような視線を俺に向けているのは、俺たちの間で考えたくない可能性があるからだ。


 その可能性とは、単純に俺と朱音が対峙する可能性。


 教会がどのような雰囲気で、どのような取り組みをもってして存続しているのかはまだ知らない。けれど、もし俺と葵の関係がバレてしまったのならば、その禁忌を犯している俺たちを対処するのは、確実に朱音なのだろう。


 運がよければ、朱音じゃない悪魔祓いがこちらの方へと向かってくるかもしれない。けれど、その幸運に期待するほど、俺も甘ったれているわけじゃない。最悪の場合を想定したうえで、すべてを平等に取り扱う。最悪の場合を想定したうえで、自分が為せる行為を、実の姉であっても平等に行う精神性が必要なのだ。


「私は」


 朱音は息を孕ませながら、言葉を続ける。


「……私は、環と敵対することになっても、実の弟であるお前と敵対することになっても容赦はしない。悪魔どもと同じような扱いでお前を殺すし、葵ちゃんを殺す。それが私の覚悟であり、義務だ。実の弟が禁忌を犯している、というのならば、教会に属する私は、きちんとその姉として向き合わなければいけない。それが私の覚悟なんだよ。それで、お前はどうなんだ。私はずっとお前の覚悟について聞いてるんだよ」


 どうなんだよ、と朱音は俺を睨みつける。


 腹の底から敵意を混じらせる言葉。でも、その言葉の胃は捉えずとも、最初から自分自身で理解していたこと。


 だからこそ、答えは一つでしかない。それを口にするのは憚られるのかもしれない、けれど。


「──殺すよ。その時は朱音でも、容赦なくね」


 教会のやつらが敵対しようとも、朱音が俺と葵を殺しにかかろうとも。


 もし、世界という単位で敵が俺たちのもとへと向かってきたとしても。


 その時は確実に、的確に、平等に、絶対に殺す。


 それが、俺の覚悟として示すものだろうから。





「……言うようになったな」


 ふん、と朱音は不貞腐れたような声音でそう言った後、深く呼吸をするようにした。そうしたかと思えば「ははっ」といきなり弾けるように笑いだし「ま! 恋人を守るっていうんなら、それくらいの覚悟はしておかねえと話にならんわな!!」と明朗に話す。


「……恋人じゃないけどな。今も、昔も」


 俺が皮肉めいた言葉を吐くと、朱音は手拍子を二回して、にっこりとした表情で俺の顔を見つめてくる。


「いいよ。気に入った。その心意気やよしってやつだな!」


 うんうん、と彼女は頷きながら立ち上がっていく。話は終わりであることを示すように、先ほどまでわだかまっていた憂鬱な空気を振り払っている。場の雰囲気をかき消すような彼女のふるまいに、少し申し訳なさを抱いてしまう自分もいるが──。


「──それじゃあ、思い立ったら吉日ってことで、今からイギリスに行くか!」


「──」


 ──唐突過ぎる彼女の提案に言葉は呑み込まれてしまった。


 えっ、今からですか?!


 せめてそんな言葉を彼女に吐きたくなったけれど、それを紡ぐ暇もなく、俺は彼女に首根っこを掴まれる形で、結局喫茶店から連れ出されることになってしまった。



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