4-18 ──おごっ?!
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彼の言葉には納得できる材料はあるし、納得ができない材料もある。矛盾をつついてしまえば、止め処なく不信感というものは溢れてしまうけれど、私はそうすることを選択はしなかった。私の裏側にある感情が、それに対して納得をすることができる容量を持っていたからだ。
彼の言っている言葉は無茶苦茶だ。支離滅裂でしかないし、話すべきところを話していないし、それで納得をしろ、と強要している。そんな言葉になっとくなんてできるわけがないのに、それでも彼の言葉には嘘がないような気がした。
私には、彼と一緒に過ごした記憶も過去もない。それでも彼は私のことを幼馴染だといった。私のことを赤色だと表現した。そんな荒唐無稽な発言を、どうしてか私は信じることができてしまう。ほぼ初対面でしかないはずなのに、それこそ幼馴染のような信頼関係を彼に対して抱いているような、そんな感覚。
彼の中に隠し事はあるのだろう。彼は嘘こそはついていないものの、それでも話していない部分は大きくある。でも、彼はその上で離せることは話している。だから、彼が話していないことはどうしたって話せないことでしかないのだろう。
きっと、私のこの記憶についても、この感情についてもそうなのだ。
それを納得しろ、と言われても、きっとほかの人であったのならば、……人間であったのならば許容することは難しいのだろう。
けれど、私は日常に生きる人間じゃない。非現実を常としている魔法使いなのだ。
だからこそ、納得はできないけれど、納得をする。理解はできないけれど、理解はする。裏で何かしらの事情が働いていることを理解してしまう。
それならば、私は彼の言葉を受け容れなければいけないのだろう。
なんとなく、そう感じてしまうのだ。
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『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』
◇
思い立ったら吉日、という言葉がある。その言葉に突き動かされたわけではないけれど、それでも彼女に声をかけたのが今日であり、さらに発展した行動を起こそうとしているのも今日だった。
「葵ってまだ携帯持ってなかったよね」
もうほぼ夜の時間帯になっている。彼女には魔法教室という深夜の習い事があるわけだけれども、そのうえで葵に了承を取って、俺たちはデパートのある方へと足を運んでいく。そんな道中、俺は彼女の境遇を思い出しながら、葵にそう呟いた。
彼女は未だに制服のままで、学生鞄を片手にぶら下げながら、夜の中の道を歩いていく。時間については定かではないけれど、それでも夜に溶け込むように歩く彼女の姿は非行少女のように見えてしまうのかもしれない。……それにしては身なりもすべて落ち着いているけれど。
「……まあ、そうですね」
一瞬、彼女は訝し気な態度をとったけれど、何かにハッとしたようにした後は、僕の言葉に慎重に答える。
確か彼女は片親で、いつも父親は海外出張で不在だったはずだ。そんな話を数年前くらいに聞いたことがある。だからこそ、片親同士である俺たちは仲が良くなり、そうして一緒に過ごしていたわけだけれど、それ故にというべきか、俺たちは文明の利器なる電子機器を何一つ持ち得ていなかった。
「それじゃあ買いに行くしかないね」
「……はい?」
俺の言葉に、彼女は戸惑ったように足を止める。その声音の中には戸惑いと一緒に、怒りというか、不満そうな声が確かに含まれている。
「……そんなお金持ってないです」
「うん、知ってる」
幼馴染だから、と付け足しそうになったけれど、その言葉を飲み込んだ。
「……だったら、どうするんですか」
「──俺が奢るのです」
「──おごっ?!」
──俺の手元には、半年間働いていた孤児院での給料がある。
孤児院では生活費を引いた給料が渡される。それで残る給料についてはおおよそ十万ほど。
高校生という年代には、なかなか重すぎるもの。というか、高校生が学業ではなく就業に励めば、確かにこれくらいの金額をもらうことはできるのだろうけれど。
ともかくとして、もともと無趣味ということもあって、今まで金を使うこともなく、そうして貯めに貯めることになった金が俺の手元にはたくさんある。
正直、他人の携帯をおごるのも容易いほどに。
そして今後も悪魔祓いとして活動していけば、更に給料は増えていくのだから、もうこれは彼女に対して携帯をおごらなければいけないのだ。
「……いや!! 流石にそれは駄目ですって! それは、ええと、なんていうか……」
彼女は後ろめたいように表情を曇らせて、視線を地面に落としていく。
彼女の後ろめたさについては理解がある。以前、彼女からイベントごとがある際に、何かしらのプレゼントをもらっていたときのような、そんな俺の感覚に近いのだろう。
だからこそ、俺は彼女に何かしら恩返しがしたい。
今の葵にそんな記憶は残っていないのは百も承知だけれど、それでも恩返しができるときに恩返しをしたい、という俺の気持ちは間違っていないはずだ。
……あと、俺がイギリスに渡った後、彼女と連絡ができない、というのは心細く感じてしまうから。正直、ここが彼女に携帯を奢る理由としては一番強いかもしれない。
困惑し続けている葵を俺はニヤニヤと笑いながら、とりあえずと言わんばかりに彼女の手を引いて、一緒にデパートの中にあるだろう携帯ショップへと足を向けていく。
まあ、たまにはこういうイベントがあってもいいだろう。
これが、俺たちの新しい関係性なのだと、心の中で信じながら。
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