第二部 悪魔祓い編

第四章 異質殺し

4-1 神隠し事件の詳細


「最近の調子はどうだ?」と朱音は言った。


 人通りが多い喫茶店の中、せわしい人間の中に落ち着きを紛らせるように、彼女はコーヒーを一口ずつ嗜んでいる。気まずそうに言葉を吐く彼女に対して、俺も何かしらを注文すればよかったのかもしれないけれど、苦いのは苦手だったから別にいいのかもしれない。


 朱音の視線をうかがってみる。彼女の表情は少し曇りつつある、憂いが含まれているような気がした。それは唯一と言っていい姉弟だからなのだろうか、それとも俺がそう感じただけなのかはわからない。


 とりあえず「元気だよ」とだけ返してみる。それだけじゃ足りないかな、とか考えて言葉を付け足してみることにした。


「初めての仕事、……というかバイトでしかないけどさ、なんだかんだやりがいがあるよ。周りの子供たちも馴染んでくれたみたいで、退屈はしないかな」


 気丈に振舞うようにそう声を吐くと、朱音は穏やかに笑みを作っていく。その笑みを心の中に落とし込みながら、久しぶりである姉との会話を楽しむ心構えを意識した。


 朱音と会うのはひと月ぶりになる。


 朱音は悪魔祓いの本拠地であるイギリスのほうで忙しくやっているらしい。こうして帰ってくるペースは今回と同じように一か月に一度という具合なのだが、そんな彼女が日本に長く滞在することは少ない。朱音の表情を覗けば、その節々に無理をしていることを伝えてくるような疲れが見て取れてしまう。


 それに対して、弟としての接し方を考えてみるけれど、正直に言ってよくわからないままでいる。


 半年前、いきなり姉弟であることをつきつけられて、そうして関係性が明白になってもそこから距離が縮むかと言われれば、そういうわけでもない。


 思いついた言葉として「そろそろゆっくり休みなよ」とそれっぽく声をかけるけれど、朱音はそれに対して諦めたように笑う。


「──お前がこっちに来てくれれば話は早いんだけどな」


「──……ははっ」


 ふとした朱音の本音のような言葉。それに心臓を刺されたような感覚をして、一瞬眩暈を覚えてしまう。乾いた笑いだけを浮かべて、誤魔化すように彼女から視線をそらしてしまった。


 朱音はそんな俺の様子を見て、同じく乾いた笑いを浮かべる。


 なんとなく、こういうところが姉弟なんだろうな、と思ってしまった。





「そろそろ考えてはくれないか」


 毎回帰国するたびに発する言葉に、俺は耳をふさぎたくなった。それを表立ってすることはなかったけれど、その言葉に特有の嫌悪感というか、拒絶感情が生まれるのはいつものことでしかなかった。


「日本でどういったニュースが流れているかは知らないけれど、イギリスのほうだと面倒なことが積み重なってるんだよ。ほら、大量の誘拐事件、というか拉致事件についてとか報道されていないか?」


「……誘拐事件?」


 特に記憶に残っていないことなので、彼女の言葉をオウム返しするようにした。俺の言葉で意図が伝わったのか、彼女は頬杖を突きながら窓の外を眺めて、思い出すように語っていく。


「イギリスのほうでな、性別・年齢に関係なく、大量に誘拐されている事件が起こっているんだよ。ふとした普通の時間、何の変哲もない時間に、いきなり消えていく。それを誘拐という言葉で表現するべきなのか、それとも拉致という言葉で表現するべきなのかはわからない。単純に神隠しというべきなのかもしれないし、行方不明と表した方がいいのかもしれない。ともかくとして、イギリスではそんな事件が起こっているんだ」


 彼女の説明に、へぇ、とだけ返した。身近で起こっている事件ではないからこそ、大して興味もそそられず、ただ情報だけが頭の中に刻まれるだけの感覚。


「そしてこの件については、魔法使いが絡んでると見ている」


「……まあ、そうなんだろうね」


 そうじゃなければ、彼女がここで話すということはないだろう。おそらく、朱音が今抱え込んでいる案件としては、その神隠し事件というのが主になっていて、それについて面倒ごとが積み重なっている、という雰囲気だ。


 朱音がここまで疲れた顔で話してくることはそうそうないし、彼女の話を聞いているだけでも、何かしら魔法使いが関連しそうな事件ではある。


 複数人ではなく、一人、二人、というのならば普通の人間でもやりそうなものである。どういった目的があるのかはわからないけれど、例えば身代金を目当てにしたものだったり、もしくは誘拐なり拉致なりをした人間の身内に対する復讐だったりは思い浮かぶ。


 けれど、ここで大事になるのは、大量とされる人数の誘拐、拉致、もしくは神隠しということだ。


 先ほど考えたことを踏まえてみると、大量の人間を誘拐する意味はない。国家規模で脅しをかける、という線ならば唯一ありそうではあるものの、ここまで朱音は犯人についての情報を出してはいないし、何かしらの特定材料もないということなのだろう。


 そして何より、いきなり十数人が世界から消えるようにいなくなる、というのは


 しかも、短時間でなんて、


 この世界でということは、何かということだろう。


 俺は、息を吐いた。ぐるぐると思考を重ねていると、どうにも喉が渇いて仕方がなくなる。ポケットに突っ込んでいる財布を覗き見たい気持ちもあったけれど、喫茶店でオレンジジュースみたいなものを頼むのも格好がつかないからやめておく。


「そこでだ、環」


 ぼうっと下を向いている俺に対して、朱音は躊躇うように声をかけてくる。


 これから続く言葉を俺は知っているし、それに対する答えも決まっている。けれど食い込んで返事をすることは彼女を傷つけることになるだろうし、それはしない。


「一緒に、イギリスに来てくれ」


 予想通りというように、彼女はいつも通りお決まりの台詞をそう吐き出していった。


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