4-5 モノクローム
■
予定された日になって赴いた遊園地は、やはりというべきか、ひと気が多くて眩暈をしてしまいそうな感覚になった。
週末と言えば、家族がいる者ならば家族と、もしくは友人と過ごしたい者ならば友人と、さらに発展させて言えば、恋人がいる者ならば恋人と過ごすものだろう。私はそう解釈している。
周りを見れば、そんな人々が解釈通りに遊園地の中を徘徊している。私はそれを見ながら、これから過ごす時間が苦しくはないだろうか、ということを考えずにはいられない。
唯一、私に残されている肉親である父は、外国のほうで魔法の研究に励んでいる。友人というものは私が持てる間柄の中には存在せず、そんな性質から恋人という関係性も紡ぐことはできていない。
だから、いつもと同じように独りぼっち。
そのせいで、目の前にある人だかりをみるだけでも眩暈を感じてしまいそうになってしまう。きっと、面倒くささがそういった演出を繰り返しているのではないか、という実感も確かにあった。
「……明楽くんは遅刻かな」
立花先生は呆れるようにしながらつぶやいた。
事前から集合場所は遊園地の入場ゲートだと聞かされている。目印になるように置かれているマスコットキャラクターの大きいオブジェクトの周りに、魔法教室の面々が集まっている。集合時刻は十時と設定されており、私が到着した段階では、雪冬くんと金治先輩、そして立花先生がいた。また、私が到着してから数分もたたないうちに水月先輩が慌てながらやってきて、あとは先生の言葉通りに明楽くんを待つのみ、という感じ。
「──ちゃん、葵ちゃん!」
──そんな風に状況を頭の中で整理していると、私に対して声がかけられていたことに気がついた。
声のほうへと視線を向けると、そこにはいつもとは違って、落ち着いた服装を着こなしている木下 水月先輩がいる。
髪型、というか髪色がどことなく違う。以前までは金髪とまではいかないものの、目立つ赤っぽい茶髪をしていて、くるくるとしたようなパーマが目立っていた。良い表現が思いつかないから、言い方が悪くなるけれど、やはり彼女は俗っぽいギャルのような風貌をしている人間だった。
けれど、今目の前にいる先輩の姿はどこか大人びている。きちんと黒髪っぽいスタンス、短髪でまとめていて、特に癖があるような髪質を見せることはない。これから控えている大学生活に向けての格好なのか、そんな服装を彼女は着こなしていて、なるほど、きちんとすれば先輩もそれらしい格好になるのか、と一人で感心していた。
「めっちゃ久しぶりだね? 元気にしてた?」
……まあ、そんな大人びた雰囲気はあったとしても、根幹の性質であるような馴れ馴れしい雰囲気は変わっていない。そんなところを見て、改めて水月先輩が来たんだなぁ、と思うと安心感を思い出す。私からは人に踏み込む気がないからこそ、彼女のような存在が私に踏み込んでくれることは、少しばかりうれしかった。
「ぼちぼち、だと思います」
とりあえずの返答。元気、といえば元気かもしれないけれど、この場合の元気は体調面なのか、精神的な面なのか、それともテンション的な部分を言われているのかわからないから、無難な返事だけをする。
「……イメチェン?」
ただ、私がそう返答すると、水月先輩は訝し気に私のことを見つめながら、そう聞いてくる。
彼女の言っていることがよくわからなくて、首をかしげてみるけれど、そんな私に慣れたような様子で先輩は近づいてきて、そうして頭を撫でていく。
嫌いじゃない。
そんな彼女のことを先輩というよりも、どこか私の姉のように感じてしまう自分がいた。
「ま、そういうこともあるのかな?」と水月先輩は私の顔を覗きながら、一人で納得するような表情を浮かべた。そのすぐ後にようやく明楽くんが集合場所へとやってきた。
ここに歩いてくるまでの様子で、どこか疲弊している様子の彼の顔を見ていたけれど、私の近く、きっと水月先輩のほうへと視線を向けた瞬間に、一気に溌溂とした様子へと切り替わっていく。そんな明楽くんに早速絡みに行こうとする水月先輩を見て、やはり彼女は明楽くんで遊ぶんだろうな、とあきれるような息を吐くけれど、魔法教室でも同じようなものだったから、今更気にすることでもないな、と思った。
明楽くんは、魔法教室の面々に平謝りを繰り返しながら、そうした後は水月先輩に輝いている瞳を見せつけるように、しきりに彼女へと話しかけていた。水月先輩はそれにこたえるように、うんうん、と頷きながら、わざとらしく彼の腕に絡みついていく。
「よし! 全員そろったことだし、みんなで入場しようじゃないか!」
彼らの様子を確認した立花先生は、意気揚々という具合でそんな言葉を宣言する。私たちはそれを合図にしたように、ただ遊園地で遊ぶだけの校外学習を始めることにした。
■
違和感。
心の中に違和感がある。
別に気にしなくてもいいことなのに。
ちらついてしまう何かが私の中にある。
水月先輩の言葉が気になってしまっている。
なぜ水月先輩は、私の顔を見つめたのか。
私が彼女の後輩だからなのだろうか。
それにしては違和感を持つような。
そんな表情をしていたのだろう?
わからない、わからない。
なにか、違和感がある。
違和感があるのだ。
■
そんな違和感を無視することにしても、彼らを交えた風景を見るたびに、その違和感は大きくなるような感覚を覚えた。
けれど、それを考えるたびに脳漿をかきむしりたくなる衝動に駆られる。
こんなことを考えてしまうのは、どうしてだろう。
私が、彼らの中に混じることができないような、彩のない灰色だからなのだろうか。モノクロだからなのだろうか。
魔法教室の面々は、相応に彩があるような振る舞いをしている。個性というべきものを発揮して、それぞれが楽しそうに遊園地の中を過ごそうとしている。
「やっぱ遊園地の醍醐味ってジェットコースターだよねぇ!」
「……僕はちょっとそのへんで休憩していますね」
「おい! 俺だって苦手なのに雪冬だけ逃げてんじゃねぇ!」
「えぇ~? 明楽くんジェットコースター苦手なのぉ~? 私意外だなぁ~」
「い、いや違いますよ! 今のは雪冬を慰めるために言っただけで……」
「僕を言い訳に使わないでください……」
「フン、軟弱者が!」
「まあ、こういうのは得手不得手あるから! 気ままに楽しんでいこうじゃないか君たち!」
……そのどれもが、私には取り込むことのできない色彩を孕んでいそうで、私は私である、ということを肯定することができないままでいる。
自分とはなにか。それを考えたところで、結局私は私でしかない、というものに落ち着く。それ以上の言葉は思いつかない。
どこまでも不透明で、濁りでしかないすべて。
その思考感覚が、捉える風景が嫌でしょうがない。
考えたくもない事柄がちらつくような頭が許せない。
そんなときに、ふと頭に過る言葉。
『世界は、何色だと思う?』
いつか聞いた、誰かの言葉。見知らぬ誰かの声。
だから、誰かの言葉としか言えない言葉。
灰色の髪をしていた、彼のそんな言葉を。
どうして、こんな時に思い出してしまうのだろうか。
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