4-6 代償行為
◇
遊園地に行くという経験を今までにしたことがない。母につれていってもらった記憶も、葵と一緒にいった記憶もない。
きっと、去年の今頃であったのならば葵と行くこともできたのだろうけれど、そんな妄想を考えても仕方がない。
わかりきっていることなのに、それでも無意識で考えてしまうことは止められないのだけれど。
「入場料って結構するんだな……」
俺は手元で遊園地のチケットをびらびらと遊ばせながら、ため息をついてそう言った。俺の言葉に天音は静かにうなずいて、遠くの方を眺めるようにしている。
高校生という身分であれば学割が仕えたらしいのだけれど、今の俺たちは高校生ではない。
天音についてはもともと教会に務めていた身だし、俺については記憶消去の関連で高校を中退することになってしまったから、どうしようもない。中途退学の上で学生手帳や学生証についても返還したので、俺たちの入場料金はそこらの大人と何一つ変わらなかった。
入場口をくぐれば、遊園地のモチーフとなっているキャラクターのイラストが描かれた看板が目に入る。その横には園内の地図を指し示すものがあり、俺たちはとりあえずと言わんばかりにそこに移動した。
遠目で見た時の看板には事細かに詳細が書かれているようにも見えたが、実際に近くで目の当たりにすると、どうしても経年劣化のせいか、かすれていたり錆びついていたりする部分が気になってしまう。
唯一、わかりやすく目についたのは、遊園地の目玉となっているジェットコースターだったが、そのアトラクションについては正直あまり乗りたくない。
だが、天音のほうに視線を向ければ、興味を惹かれるようにジェットコースター一直線である。
「……おもしろそう」
「……マジすか」
「まじです」
「さいですか……」
俺はため息を吐いた。吐くことしかできなかった。俺のそんな様子を見て、彼女は揶揄うようにクスクスと笑っている。
──きっと、葵と一緒にいれば、ここで天音と同じような反応があったのかもしれない。
思考の片隅に過るのはそんなことばかり。もう考えないようにと意識を繰り返しているはずなのに、それでも思考は止まらない。
俺は天音のうきうきとしている様子に微笑みながら、仕方ないと言わんばかりにジェットコースターを目指すことにした。
いつの間にか彼女に手を引っ張られて、強引に手をつながれてしまう。重なる手の温もりに、俺は何も考えないように意識をした。
◇
遊園地の目玉のアトラクションとなっているだけあって、ジェットコースターまでの道は相応に混んでいる。家族連れや友人連れ、もしくは恋人を連れているような、そんな関係性を紡いでいる人ばかりが目立ってしまう。
そのどれもが楽しそうな表情を浮かべている。心の奥底にあるだろう憂いを見せることはなく、ただただ笑顔を浮かべている。それを見ているだけでも、心に幸福が分け与えられるような、そんな感覚があった。
隣にいる天音の顔を俺は覗いてみる。
彼女の視線は、レールの上を走るジェットコースターに注がれていて、前に人が進むたびに今か今かと待ち望んでいるのが良く伝わってくる。そんな風に楽しそうな彼女を見て、俺は安心感を覚えた。
きっと、今の俺たちのこの光景を誰かが看たのなら、もしかしたら恋人だと思うのかもしれない。
半年という期間は、確かにそれを思わせる関係の紡ぎ方をしたのかもしれない。それほどまでに一緒に過ごしていたし、時間としては十分なほどなのだろう。
だが、俺は天音に対してそういったベクトルの感情は生まれていない。
彼女が俺のことをどう思っているのか、なんとなく察することができそうなものだけれど、それが自意識過剰だと恥ずかしいから、何も思わないようにする。
もし、彼女が俺に何かしらの感情を抱いていたとしても、俺はその気持ちに応えることはできない。天音に対して申し訳ない、と思うからこそ、俺は彼女の気持ちを想像しない。
そうでなければ、天音に対して失礼でしかないからだ。
俺が孤独だと感じてしまうのは、隣に葵がいないこと。その虚無を埋めるための行動は代償行為でしかなく、天音にそれを抱えてしまうのは罪としか思えない。
天音は、葵ではないのだから。
天音は確かに俺の幼馴染だ。
対極で受容した記憶がそう言っている。
対極がそれを思い出させてくる。
でも、幼馴染だからと言って、彼女が葵になれるわけじゃない。
こんな時でも、頭に過ってしまう葵のことが、どうしようもないほどに虚しさを加速させる。
考えてはいけない。考えてはいけない。
葵だったらなんて、そんなない可能性を考えても仕方がない。ここにいるのが天音ではなく葵だったのならば、なんてそんなことを考えるのは不義理すぎる。そんな自分も情けなくて気持ちが悪い。
列の波に背中を押される。列の波に押し込まれている。その流れに逆らうことはなく、徐々に俺たちは足を前へと運ばせていく。
この瞬間だけでも、……いや、この瞬間以外でもそんなことを反芻してはいけない。考えてはいけない。
隣にいるのは天音なのだから、天音のことだけを考えるべきなのだ。
「楽しみだね」
天音は俺にそう言葉を吐いた。
俺はそれに返事をした。適当な返事だ。自分が何を言っているのかも記憶に残らないほど、適当な返事だけを彼女にした。
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