彼には書ける秘密・・
和田ひろぴー
第1話
とある応募を目にした晴(はる)は、
「ふーん、作品募集かあ・・。」
と、いつも通り他人事といった感じで、PCに映し出されたサイトの文字をスルーした。翌日、友人とファミレスで待ち合わせていた晴は、昨日目にした応募の話を陞(のぼる)にしてみた。
「あー、それな。よくあるお話の募集だろ。最近はどんな作品が読まれるかって傾向もハッキリしてるから、その対策を立てつつ、みんな応募してるみたいだぜ。」
「へー、そうなんだ。」
「何でも、メジャーな投稿サイトでは、そのジャンルの応募のみ集中しちゃって、一時規制されたぐらいだからな。ま、要は、作品なんて、読まれてナンボだからな。」
友人の言葉は、現実的かつ真理ではあった。大抵の場合、作品を書いて応募するのは、ともすればその作品が受賞して、出版化や収益化に繋がることを目してだろうということは、晴にも解っていた。しかし、それと同時に、彼の中には友人の指摘に対して、得もいえぬ違和感もあった。本当にそれでいいのか。売れる売れないに関わらず、好きなもの、本当に書きたいものを書くのが本筋では無いのかと。すると、
「ところでさ、さっきオマエがいってた応募な、あれの商品、見たか?。」
陞は突然たずねた。
「いや、見てない。」
「閃きへの誘い・・だぜ。」
「何?、それ。」
「さあなあ。オレもよくは解らないけど、どんな作品を書くにせよ、一番重要なのは、閃きだろ?。これっていうアイディアというか世界観というか、そういう感覚的なものが突然降ってきてくれたら、あとは書くだけじゃん。そういうのが商品なんだって。」
「へー。それって、どんなものだろう?。」
晴は友人の言葉に興味を示しつつも、その商品説明に全くの具体性が無かったので、不思議なものという以外、何も思いつかなかった。しかし、そんな商品があれば、ネタを絞り出す苦労は一足飛びに乗り越えられるなと、そう感じた。
「で、オマエ、何か書くのかよ?。」
友人はドリンクのグラスを仰ぎながらたずねた。
「うん。まだちょっと・・。」
「オレなんか、最初は作家に憧れてアレコレ書いてたけど、学校で習う国語に出て来る文章って、時代遅れなのばっかじゃん?。ああいうのを読ませて、一体何を学べっていうのかな。それよりは、手っ取り早く人目に触れて、受けのいい文章を書いた方が儲かるって解ったら、そりゃ誰だって靡くよ。オレだって現にそうだしな。」
晴は、実は数編、書こうとしている作品があった。しかしそれは、友人が時代遅れと指摘した文豪達の世界観を踏襲したものだった。晴はそういうものを真似ようとか、憧れを持ってとか、そういうことでは無く、彼らが綴った作品に込められた、人間の深部に対する洞察のようなものを、自身でも行ってみたいと、そう感じたからだった。そして何より、流行りに敏感で、行動力のある陞に押されて、自分も今書こうとしているとは、口に出来なかった。
「オマエが書こうとしないんなら教えてやるけどさ、今オレが書こうとしてるのは、今の人生をやり直そうと思いつつ、不慮の事故で亡くなったはずが、何かの拍子に蘇って、別の人生を歩み出す。そして、以前とは違った不思議な能力が備わってて・・、」
黙って紅茶を飲む晴に、友人は今最も流行りのジャンルの話を、まるで自分が思いついたかのように語り始めた。確かに、人生とは思うようにならないもの。だからこそ、別の人生で思いっきり、思うように謳歌したいってのは当然の衝動かなと、晴も少しは興味があるといった表情で、陞の話を聞いた。
「じゃ、オレ、バイトがあるから。」
一頻り話し終えると、陞はとっととファミレスを後にした。勝手に呼び出して、勝手に一方的に話されて、そして、勝手に自身の都合で去っていく。まるで時の支配者のような陞を、友人は特に責めるでも無く、こんな自分でも付き合ってくれるのだから、大切な友人だと、晴はそう思っていた。そして、一人になった晴は、窓の外を見つめながら、
「うーん、そんなに閃かない訳じゃ無いんだけどなあ・・。」
と、そう呟きつつ、持って来た鞄の中からラップトップを取り出すと、数日前から書き始めた文章を読み返した。そして、窓の外を歩く母親と小さな子供を見ながら、作品の続きを書き始めた。その内容は、今は小さい我が子が、何でも親のいうことに従って、その期待に応えるべく懸命になる様子を、親もまた微笑ましく見つめている。そんな平和な日々が続いていたが、やがて、親の過度な期待が、次第に子供を追い詰めていき、そして、二人の価値観が大きくズレながらぶつかりあいつつ、歪な冷戦状態が続くという、そういう世界観の作品だった。嫌いでは無かったはずの親。素直で愛おしいと思っていたはずの我が子。その思いを持ちながらも、互いの目に映る相手は、以前とは違う者のように見えてしまう。本当は解り合いながら、その距離を縮めたいのに。
いつもなら、一人自室で黙々と書くことが多い晴だったが、たまに夜中にファミレスやコンビニのイートインのスペースにラップトップを持ち込んで、夜の風景を眺めながら集中力を高めつつ、作品を書くこともあった。しかし、晴は遅筆な方で、影響を受けたであろう文豪のいい回しよろしく、適切な言葉を取捨選択するのに、どうしても時間を要した。しかし、
「うーん、結構書いたなあ・・。」
気がつけば、友人と別れて数時間が経っていた。時折席を立っては、紅茶をおかわりしにいくぐらいで、後はひたすら書いていた。
「やっぱ、あれかな・・。陞の。」
友人の言葉に対する反発が、殊の外、筆を進ませたのかなと、晴はそう思った。流行りのものを追いかけたり、そういう自分が好きならば、彼のように時代に乗り遅れないような生き方は、華やかで楽しいだろう。でも、自分はそうでは無い。みんなと同じように振る舞うのは、何故かいつも違和感があった。そんなズレが何故生じるのかは、晴自身にも解らなかったが、そういうものが、それぞれの個性として存在し、そして、自分が没頭出来る世界というのがあってもいいんじゃないかと、晴はそう考えていた。そして、結構な時間を安い紅茶だけで過ごすのも悪いと思い、晴はこの辺りで作業を終えようと、ラップトップの画面に手を添えた。と、その時、向こうの方から何か視線を感じた。晴はその方に目を遣った。斜め向かいの席に、かつて級友だった爛(らん)が此方を見て会釈した。晴も慌てて会釈を返すと、彼女は自分の席を立って、此方の方に歩いてきた。そして、
「此処、いい?。」
そういいながら、彼女は晴の向かい側に座った。
「さっきから見てたんだけど、随分熱心に何か書いてたわね?。」
晴が知らない間に、彼女は斜め向かいに座っていて、それ以降も、どうやら此方を伺っていたらしかった。
「うん・・。まあ、ね。」
「何書いてたの?。小説?。」
爛は大きな眼で晴を見つめながら、興味津々にたずねた。図星な質問に驚いた晴は、
「え?、どうして解るの?。」
と、不思議そうにたずねた。
「だって、その表情とキーの叩きぶりだもん。作家さんがよくするポーズよ。」
彼女はまるでそんな人を見た経験があるかのように答えた。そして、テーブルに両肘を付きながら、顔を近付けて、
「ね、どんな話?。」
と、おかっぱ頭の真っ直ぐな前髪の下から、大きな目を輝かせて晴を見上げた。晴はドキッとした。彼女、こんな端整な顔立ちだったんだなと。そして、何処となくいい香りがして、晴の心臓は高鳴った。しかし、
「いや、人に見せたこと無いから・・。」
晴は自ら距離を縮めてきた彼女を、訳も無く突き放すようないい方をした。そして、ラップトップを閉じようとしたとき、爛は彼の手にそっと、自身の手を添えた。
「見せてなんていってないわ。どんなお話か、聞きたいの。」
そういいながら、爛はにっこり微笑んだ。これ以上無下に拒絶する理由を失った晴は、今自身が取り掛かっている作品について話し始めた。それを聞き終えた彼女は、暫く真剣な表情をしたまま黙っていた。あまりに沈黙が続いたので、晴の方が気を遣って、
「どう?。」
とたずねてみた。すると、
「ふーん。そういうお話、書いてたのかあ・・。何か題材とか、あったの?。」
と、爛は彼の話にかなり興味があるようだった。
「いや、特には。ネットの話題とかを拾い読みしながら、自分なりに想像してみたんだ。」
「じゃあ、アナタのお家が、別に教育に厳しいとかって訳では?。」
「無いよ。だって、卒業して職に就かずに、こんな風にしてても何もいわないぐらいだからね。」
と、晴は自身の今の境遇について話した。すると、
「アタシはその逆。アナタの話を聞いて、まるでアタシのこと書いてるのかなって、そう思っちゃった。」
爛もまた、自身の境遇について話し始めた。そして、その話は、まるで晴がこれから書こうと思っていた世界観のような、いや、それ以上の過酷な状況だった。そんな打ち明け話を聞いて、晴は次第に真剣な表情になっていった。自分は今、想像上のことを書こうとしている。そして何より、自身は、作品の中に出て来る人物のような苦しみは味わってはいない。全て想像だった。しかし、彼女はそうでは無い。これまでにも親の期待に応えようとしつつ、それに応えられない自身を傷つけ、爆発して親にも当たり、互いの関係が殺伐としたものになっていった、晴の想像を絶する人生。果たして、自身が綴る作品が、そんな彼女の抱えてきた重みに並ぶことが出来るのかと、そういう思いが次第に芽生えてきたのだった。ところが、
「どう?。アタシの話、何か参考になった?。」
と、まるで自身を題材にしながら小説を書くことを勧めているかのような口ぶりだった。あまりに正直に半生を語る彼女に、晴も自身の感慨をストレートに伝えない訳にはいかないと、そう思った。
自身の作品と、彼女の実人生の重みの差。そのことについて告白した晴に、爛の返事は予想外なものだった。
「いいじゃん、別に。だって、戦記物を書く人が、全て戦争体験者って訳でも無いでしょ?。寧ろ、その方が少ないと思うし。」
「まあ、そりゃそうだけど・・。」
「アタシはアナタの作品はまだ読んで無いから、自分の人生とどう違うかは解らない。でも、空想だからって、非現実的って訳じゃ無いわ。そんな話に感動したり、勇気づけられたりって、自分の生活や人生に影響を受けることだってあるんだし。」
そんな風に、自身の話を参考にしながら創作を続けるように話す爛を、晴は何故こんなに前向きでいられるのだろうかと、さらに興味を抱いた。そして、
「で、キミはその後、どうなったの?。」
晴は思わずたずねた。
「アタシ?。アタシは、母の望む大学に入るべく、必死に勉強したというか、させられた。そして、合格して、入学したその日に、」
「その日に?。」
「大学を辞めた。」
「え!。」
彼女はあまりにもな出来事を、あっけらかんと話した。
「・・・な、何で?。」
晴はその理由を知りたかった。ひょっとしたらという思いはあった。
「母の落胆する顔を見たかったから。」
「・・でも、キミの人生だろ?。」
「そんなの、アタシの人生じゃ無いわ。決められた路線に乗って、何も考えずにそこに向かうなんて、まるで機械。それでも、母が望むなら、それを叶えてやろうと思った。そして仕返しに、そんな人生から飛び降りることで、母を見返してやりたい。その一心で、そうした。」
淡々と話し続ける彼女とは逆に、重苦しい空気を彼女の背後に感じながら、それでも晴は、彼女の心を、本心を聞きたかった。
「それで・・、その後、どうなったの?。」
爛の目を真っ直ぐに見つめながら、晴はたずねた。すると、あれだけ毅然としていた彼女は、急に正気に戻ったかのように、
「アタシは間違い無く、母に仕返しをした。そして、母を傷つけた。それは、アタシの心を汲み取ってくれなかったことへの代償。それで何の問題も無いと、そう思ってた。でも、現実は違ってた・・。」
彼女はテーブルに目を落としながら、さっきとは違って、ゆっくりと話しだした。
「アタシの成功が、母自身の希望でもあった。それを、アタシがこの手で壊してしまった。その日以来、母は少しずつ精神を病んでいった。アタシはようやく、母の呪縛から解放されて、これでやっと思い通りの、自分の人生を歩めると、そう思おうとしたけど、それも何か違ってた。」
窓の外は、すっかり夜景に変わっていた。
晴はこれ以上、話をきいてもいいのだろうかという、複雑な気持ちに苛まれていた。
「もう少し、聞いていい?。」
晴は優しくたずねた。
「うん。」
爛は頷きながら、話を続けた。
「結局アタシは、母に抵抗する人生と、そんな母を憎む人生しか知らずに育ってきた。だから、入学したその日に学校を辞めても、何も変わることは無かった。後悔というのとは、少し違うかな。アタシが望んでやったことだから。でも、それって、ただの破壊よね。母を傷つけ、母の心を壊し、アタシ自身のいき場を無くして・・。」
晴は言葉を失った。いや、彼女にかけるべき言葉、人生経験が、自分の中には無いことをハッキリと自覚した。それでも晴は、
「生意気ないい方だったらゴメンだけど、そうまでなってみないと、始められない何かってのも、あるのかも。ボクが聞いたキミの苦悩というか、そういうのを簡単に語ったり理解したりは出来ない。でも、胸が潰されるような、そんな衝撃を受けたのも本当だよ。」
晴はそういうと、爛の顔を見つめた。自身の言葉がどう伝わったのかを、知りたかった。すると、
「で、どう?。アタシの話で、続きが書ける?。」
と、彼女は気を取り直したように、以前の顔で晴にたずねた。
「うーん、そりゃ、キミの話をそのまま書くだけでも、相当なインパクトにはなるとは思うけど、ドキュメンタリーじゃ無いし、困難というか、そういう大変な状況から、どう巻き返すか、這い上がっていくかってのを書こうとはしてるんだけど・・。」
やはり、彼女の話の重みに、晴はそれを題材にすることへの罪悪感のようなものを拭えなかった。そして、
「で、今は、キミはどうしてるの?。何をやってるの?。」
と、今の爛についてたずねた。
「うん。今は、音楽活動の手伝いみたいなこと、やってる。」
「音楽が好きだから?。」
「まあね。それ以外に思いつくものがなかったから。そして何より、そこが今は、自分にとってゆっくりとした、自分を取り戻すことが出来そうな、そんな場所かなって思ってね。」
そして、彼女は晴の目を見つめた。
「何でだろう・・。今までこんなこと、誰にも話したこと無かったのに。」
と、不思議そうに晴の目を見つめながら、彼女はそういった。
「ボクも、そんな話、人から聞いた事なんて一度も無かったよ。ましてや、キミから・・。」
二人は互いに見つめ合った後、不意に笑い合った。
「アナタがあまりに真剣に何かを創ろうとしてたから、アタシも話そうと思ったのかな。」
爛はそういうと、晴を見つめた。
「ねえ、アナタ、どんな作品が好き?。」
「うーん、結構昔の文豪が書いたのとか、かな。」
「太宰とか?。」
「うん。まあ。」
爛は晴の持つ、少し古風な世界観に興味を示した。
「あの人ってさ、メロスはハッピーエンドだけど、それ以外のお話って、何か最期は絶望ばっかじゃん?。なのに、何で人々の共感を呼ぶんだろう・・。」
彼女は、晴自身も常日頃から抱いている想いと同じことを口にした。
「多分だけど、人って、なかなか上手く生きられないから、そういう思いに寄り添ってくれるのが、彼の絶望的かつ退廃的な世界観じゃないのかな。」
晴の言葉に、爛は頬杖を突きながら、
「なるほどねー。何もかも上手くいかずに辛い時って、明るい音楽で心機一転って人もいれば、寧ろ暗いまんまで、その世界に浸るって人もいるしなー。」
そういって、晴を見つめた。
「で、アナタは後者?。」
「まあね。キミは?。」
「うーん、アタシは前者・・と思ってたけどね。最初は。むしゃくしゃした時は、派手な音楽を聴いて、パーッと気分転換をってやってたけど、例の母の一件以降、何かを忘れるって風にはしなくなったかな・・。」
彼女の意味ありげな話に、晴は興味を抱いた。
「じゃあ、今はどんな風に?。」
「うん。どんなに嫌でも、辛くっても、それが自分なのかなって。其処から始めなきゃ、何も変わらないような、そんな気がして。」
その言葉に、晴は何か思い立ったように、
「そうなんだよ。それで変われるかどうかは解らない。でも、其処から見つめて、其処から始めないとって、何故かそればかりを思うんだ。」
「へー。アナタも?。」
「うん。そういうことを何気に教えてくれる作品が、ボクにとっては昔のものだったみたい。」
話していくうちに、二人は目には見えないが、何か互いの壁のようなものが壊れて、打ち解け合っているような、そんな感覚に包まれていた。そして、
「アタシね、母のことは嫌いじゃ無かった、というか、大好きだったの。でも、それがいつの間にか憎しみの対象みたいになって。そして、その二つが心の中で同居しちゃってて、自分でも訳が分からなくなってたの。でも、例の、母を深く傷つけた件で、やっぱりアタシ、母のことが好きだったんだって、あらためて気付いたって感じかな。」
そういいながら、爛は今までに無い表情を見せた。
「人間って、矛盾を抱えてるから人間なのよね。そして、そのことに気付くまでに、随分と時間が掛かる。そういう生き物かなって。何でそんな風になってるんだろう?。」
「そりゃ、神様に聞かなきゃ解らないよ。」
爛の壮大な疑問に、晴もそう答えるしかなかった。
「ハハ。そうね。でも、そのこととが少し解ったことで、やっぱり大事なのは、人を許すことかなって、そう思うようになって来たの。」
優しい眼差しで、爛は中空を見つめながら、そう答えた。その姿に、晴は当初感じていた旨の高まりとは違う、何か体の芯が温かくなるような、そんなものが心の奥底から湧き上がってきた。そして、
「キミの話は、どんな物語よりも凄いというか、とっても奥深いというか、そういうのを、慈愛に満ちた・・っていうのかな。」
と、晴もまた優しい眼差しで、爛を見つめた。すると、
「じゃあ、アタシの話、アナタの作品に盛り込めるんじゃ無い?。」
と、彼女は楽しそうに晴にいった。
「うん。そうだね。でも、キミの話をボクがちゃんと受け止めて、頭の中で自分の言葉に置き換えるには、もう少し熟成が必要かもなあ・・。」
晴は、自身があらためて作品を書くということの意義のようなものを、自問自答してみた。そして、今、彼女から聞いたような出来事も、そして、それを交えて自身の想像を織りなしつつ作品を綴ることの決意のようなものを、心の中で感じていた。
「さて、そろそろいかなきゃ。」
爛はそういうと、にこやかに立ち上がりながら、晴に別れの挨拶を告げた。
「じゃあ、ボクもぼちぼち・・。」
彼女が去った後、晴はレジで支払いを済ませて、ファミレスを後にした。そして、夜空を眺めながら、
「人を許す・・かあ。」
そういいつ、一人夜道を歩いていった。とある一組の親子が繰り広げた、期待と葛藤と絶望。そして、其処で立ち止まった二人が、再び少しずつ歩み始める、そのようなストーリーを頭の中に思い浮かべつつ、時折星を眺めながら、晴は構想を練っていった。そして、家に帰って夕食を取ると、彼は自室に籠もって、ラップトップのキーを打ち続けた。今日の出来事を忘れないうちにと、彼は真剣に画面に向かって作品を綴り続けた。それは、一つ一つを丁寧にでも無く、陞への対抗心のように我武者羅にでも無く、正に自然体で、思い浮かぶがままに名無しを紡いでいった。
数週間後、晴は例のファミレスで再び陞と会った。
「いよいよ明日、発表だな。オマエも書いたんだろ?。」
「うん。まあ。」
「オレ、今度の作品、自身あるんだー。今のトレンド、徹底的に調べて、誰もが読むであろう世界観とストーリーを集めるだけ集めて、で、一気に書き上げたんだ。」
「へー。相変わらず、アグレッシブだね。」
そりゃそうさ。オレ達は、若さが特権さ。若いうちは活力にも触れてるし、何だってやろうと思えば、即挑める。でも、才能は公平には与えられてはいない。だから、いつもいつも面白い作品を書ける訳じゃ無い。だからこそ、何時でも閃くことの出来るアイテムみたいなのがあれば、ずっと流行る作品を書き続けられる。だろ?。」
上気した様子で、陞は飲み物を飲むのも忘れて晴に語った。すると、
「おっと。こうしちゃいられない。オレ、バイトの時間だから。じゃあな。」
そういうと、陞は相変わらず、晴を呼び出しておきながら、また自身の都合で一方的に席を立った。晴は座ったまま彼を見送ると、ゆっくりと紅茶を楽しんだ。そして、窓の景色を眺めていると、
「あ。」
おかっぱ頭の女の子がこっちに向かって手を振っているのが見えた。爛だった。彼女は晴の姿を見つけると、そのまま店内に入ってきた。
「ヤッホー。しばらく。」
「やあ。」
少し息を切らせながら、爛は晴の向かいに座った。
「どう?、あれから書けた?。」
彼女は晴がその後、作品を完成させたかどうか、期待している様子だった。
「うん。一応書いた。応募もした。」
「へー。どんな作品になった?。」
「それは見てのお楽しみさ。」
「賞とか、獲れそう?。」
彼女は目を輝かせながら、晴を見つめた。しかし、
「うーん、どうかな。それは解らない。でも逆に、ちょっと解ったというか、そんな気持ちにはなったかな。」
「気持ちって?。」
晴の言葉に、爛は少し身を乗り出してたずねた。
「書くということが、どういうことかって。」
「今までは、解らなかったってこと?。」
「うん。ただ頭の中に浮かぶことだけを、何となく書いてたって感じ。でも、キミの話を聞いて、それがたまたま、ボクが書こうとしてた世界観と一致してたことで、自分の人や物事に対する捉え方が浅いというか、足りないなって。そう感じたんだ。」
「そっかー。何か、悪いことしちゃったね。」
少し悩んだ顔をした晴に、爛は詫びようとした。しかし、
「ううん。その逆さ。キミからの話を聞かされたとき、最初はとてもじゃ無いけど、こりゃ書けないなって、そう思った。でも、その後、キミがどんな風に自身の境遇を過ごしてきたのかってのを、ずーっと考えてみて。そしたら、不思議と書き始めることが出来たって感じかな。」
晴はそういいながら、紅茶のカップを仰いだ。
「じゃあ、その間、ずーっとアタシのことを考えてたってこと?。」
爛は少し悪戯っぽい眼差しで、頬杖をつきながら、晴を見上げた。
「え、うん・・。そういうことになるかな・・。」
彼女に指摘されて、晴は照れくさそうに、さらにカップを仰いだ。
「そっかー。でも、何か、嬉しい。アナタの話って、どうすれば読めるの?。」
爛は座り直すと、晴を真っ直ぐ見てたずねた。
「一応、投稿サイトには応募してあるから、入賞すれば発表されるかな。」
「じゃあ、もし入賞しなかったら、読めないまま?。」
「ううん。同じサイトに登録したら、公開されてる場合は読めるよ。」
「じゃあ、公開されてなかったら?。」
爛は質問しながら、また前のめりの姿勢になっていった。
「ボクだけの秘密。」
「ずるーい。」
彼女はそういいながら席を立つと、自分も紅茶をカップに入れて持って来た。自分にとって大切な身の上話をしてくれた彼女に、自身の作品を見せないのも、何となく申し訳無いなと思った晴は、
「あの、もしよかったら、読む?。」
と、横に置いてあった鞄からラップトップを取り出そうとした。すると、彼女はそれを止めた。
「入省すれば、読めるんでしょ?。」
「うん。それはそうだけど・・、」
「じゃあ、いい。その時に読むから。」
そういうと、彼女は大きな目で晴を見つめて笑った。そして、カップに口を付けると、慈しむように温かい紅茶を口に含んだ。それを見た晴は、彼女に是非とも、自身の書いた作品を読んでもらいたい、出来れば個人的にでは無く、発表された後にと、そう思った。それ以上、二人は互いの近況を少しずつ話したが、作品のことを語ることは無かった。
後日、晴は既に新たな作品に取り組んでいた。例の応募の発表は成されたが、何と大賞賞品は受け取られないままであった。そして爛は、自身の事が描かれた作品に触れる事が出来て、とても楽しそうにおかっぱを揺らしながら、今日も晴とファミレスで語り合っていた。
彼には書ける秘密・・ 和田ひろぴー @wadahiroaki
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