久しぶりに田舎に帰ったらじいちゃんが村おこしのためにウチの村を因習村にしようとしていた話
岡崎マサムネ
久しぶりに田舎に帰ったらじいちゃんが村おこしのためにウチの村を因習村にしようとしていた話
「たかし、よう帰ってきたな」
「じいちゃん」
夏休み、久しぶりに父方の田舎に帰省した俺は、話があるとかでじいちゃんに呼び出されていた。
最後に会ったのは高校生の時だから、もう2年ぶりくらいだろうか。
受験やら初めての一人暮らしやら大学生活やらで忙しくて帰っていなかったが、じいちゃんももういい年だ。いつお迎えがきたっておかしくない。
これからはもうちょっと、マメに顔を出したいところだ。
ドアを半分閉めて、机を挟んで向かいに座る。
「何だよ、話って」
「それがのう。すっかりこの村も過疎化が進んどるじゃろ」
じいちゃんの言葉に頷く。
この村だけでなく、田舎はどこもそんな感じだろう。
父ちゃんが通っていた中学校も合併でなくなってしまったと聞いた。少子高齢化の波は確実にやってきている。
「だから、何か村おこしをしたいと思ってのう。若い衆と相談して考えたんじゃ」
じいちゃんが声を少し落とすと、やたらと真面目そうに言う。
「因習村ってやつを始めてみようかと思ってな」
「何て?????」
聞き返してからもう一度、じいちゃんの言葉の意味を考えてみる。
でも一向に、音声だけが右耳から左耳に抜けていくばかりで、言葉の意味までたどり着けなかった。
インシュウムラ?
漢字変換しようとすると「因習村」しか思いつかないけど、さすがにそんな。じいちゃんもう80近いんだから。
じいちゃんは「知らんのか」とでも言いたげな顔で俺を見る。
「都会で流行っとるんじゃろう、因習村」
「そういうのじゃない」
トゥンカロンみたいなテンションで言わないで欲しい。
流行っているというかもうほとんどネットミームみたいなもので、少なくとも村おこしと結びつく類のものではないのは確かだ。
「怖いもの見たさとPV目当ての大学生Y◯uTuberなんかを集めてガッポガッポじゃ」
「とんでもねぇ因習村だ」
「有名になったらそのうちヒ◯キンとかも来るかもしれんぞ」
「ヒカ◯ンはそういうのやらないよ」
じいちゃん、そういう情報一体どこから仕入れてきているんだ。
若い衆って言ったってみんな父ちゃんくらいの年齢だったはず。いや、父ちゃんもヒカキ◯くらい知ってるか。
しかも微妙にズレている気がする。
もしかして因習村もテーマパークかなんかと勘違いしてる? とか?
「まずは村八分にされておる呪われた家というのを準備しようと思って、みんなで村はずれの空き家を改装したんじゃ」
「移住者向けのおしゃれな古民家とかに改装しろよ」
ガッツリ俺の知ってる因習村だった。
何だよ村民がお金出し合って改装した呪われた家って。
仮にそこに人が住んでたら相当愛されてるよ。
呪われるどころか祝福されてるよ。
「ほら、これじゃ」
じいちゃんが釣りベストのポケットからスマホを取り出して、俺に画像を見せてくれた。
お年寄り向けのらくらくスマホとかじゃなくて最新のGo◯gle pixelだった。何を高画質で撮ってるんだよ。
スマホの画面を覗き込む。
そこに写っているのは……異質な出で立ちの一軒家だった。
周囲の自然とまったく溶け込まない異常さは、確かに恐ろしい。
恐ろしいが……なんか、絶対に違う、と思った。
呪われた家、鮮やかな赤と白のボーダーだった。
何だこれ。すごく目に痛い。
異質で異常で異様だが、何と言ったらいいか、とにかく違う。
因習村に求められてるのは絶対にそういう奇抜さじゃない。
「こんな家に住むのは楳図◯ずおかウォーリーだけだって!!」
「そりゃそうじゃ、呪われとるんじゃから」
「楳図か◯おとウォーリーに謝れ!」
どっちも呪われてないわ。
自分の意思で住んでるわ。
「そんで次は祀られとる神様的なものを準備しようと思ってな」
「令和生まれの神様は誰も求めてないって」
「『ンヌポヮファ様』じゃ」
「ンヌポヮファ様!!??」
ンヌポヮファ様!!??
何その掴みどころのないケセランパサランみたいな名前。
そんでよく一回で復唱できたな、俺。自分を褒めてあげたい。
この記憶力、大学の試験で発揮したかった。
「他の固有名詞と被らない方がエゴサしやすいと若い衆が言っていての」
「嫌だよそんな令和にフィットした神様は」
絶対エゴサより先にもっと考えなくちゃならないことがあったよ。
枝葉末節の例文として四字熟語辞典に載せてもいいレベルだよ。
「何でよりによってンから始めちゃうんだよ、呼びにくいよ」
「流行っとるじゃろ、アイヌとか、そういう系」
「何で変に流行に敏感なんだよ」
もっと正しい方向に敏感であってほしい。
SDGsとか。サスティナブルとか。
「名前を口にすると呪われるという設定じゃ」
「初見では呼べないから安心だよ」
何故か俺はスッと呼べちゃったけども。
安心させちゃダメだろ、こういう系の神様は。
「ンヌポヮファ様の治めるこの村では、夜に口笛を吹いてはいけないのじゃ」
「割とよく聞く話だけど」
「深夜の騒音はご近所トラブルになるからの」
「因習どこ行ったんだよ」
「あとゴミの日は守らなければならん」
「都会でもそうだよ」
「猪が来るからのぉ」
「理由は田舎ならではだけども」
因習どこ行ったんだよ。
世の中ではそれを常識と呼ぶんだよ。
もっと田舎の、古い習慣が今なお根付いている村ならではの独特な風習とかをくれよ。
「この村では毎年年頃の娘を集めて、その年の巫女を決めるのじゃ」
「あ、何かそれっぽいな」
「その娘は一年間、ミス因習みかんとして」
「もしかして温州みかんの話してる?」
「村で採れたみかんのおいしさをPRさせられるのじゃ」
「真っ当な仕事」
そっちが本命の村おこしじゃねーか。
もうPRって出てきた時点でダメだよ。アルファベットは馴染まないんだよ、因習村には。
「普通巫女が酷い目に遭うやつだろ、生贄とかさ」
「仕事中に友達とかに見られるとちょっと恥ずかしいぞい」
「やさしさが溢れてるのよ」
田舎ならではのデリカシーのなさすら失われている。
だとしたらただの住み良い村だよ、じゃあ、ここは。
お願いだから住みやすさで村おこしをしてほしい。
「ちなみにこれが今年のミス因習みかんのヱツ子さんじゃ」
「高齢化の波」
妙齢の女性がキャンペーンガール風の衣装を着ている画像を見せられた。
やたら高画質な上にあきらかに背景に映り込んだ他の人間が消されている。消しゴムマジックを使いこなすな。
「巫女って、神様は若い娘がいいって言うだろ、何か、こういうのって」
「大丈夫じゃ。神様から見たらみんな大して変わらん」
じいちゃんが笑いながら手を振った。
いや確かに長生きの神様からしたら人間の年齢なんて大したことはないのかもしれないけど。
「ンヌポヮファ様はまだ1歳じゃから巫女はみんな年上のお姉さんじゃ」
「ンヌポヮファ様の新しい扉開こうとするのやめろよ」
ンヌポヮファ様におねショタ属性を追加しようとするな。
令和生まれの神様に何ちゅう業を背負わせようとしてるんだ。
「それでたかし、ものは相談なんじゃが」
じいちゃんが言葉を切って、スマホを机に置く。
そして一段と神妙な顔をして言った。
「Y◯uTubeで『因習村に潜入してみた! 』みたいのやってくれんかの」
「絶対嫌ですけど!?」
孫に何させようとしてるんだこのジジイ。
デジタルタトゥーをなんだと心得る。
俺はリテラシー意識の高い最近の若者なのでそういったアレは一律NGである。
「頼む、たかし。万バズしたいんじゃあ」
「手段が目的になってる」
「ちゃんとTikT◯kでウケそうな因習村ダンスも考えたんじゃ。ショート動画にうってつけの」
「因習村とTikT◯kは同じ文脈にはいられないのよ」
じいちゃんがどこまでも現代に馴染んでいる。
もう因習村とか置いといて令和おじいチャンネルみたいの作って自分で配信したらいいんじゃないか。
俺のことを無視して、じいちゃんが机の上のスマホを操作する。
カメラロールを開いて、どうやら因習村ダンスを再生しようとしているらしい。
ダメだろ、因習村で踊ったら。
いや、でも怖い民謡みたいなのならアリ、なのか?
ぽちりとじいちゃんが再生ボタンを押した。
画面に出ているのは「因習かぞえうた」というタイトルだ。
かぞえうた、これは意味深で何か、いいんじゃないか。見立て殺人とか起きそうな感じのタイト
「イイイン♪ イイイン♪ 因習〜♪ イイイン♪ イイイン♪ 因習〜♪」
「キャッチーが過ぎる!!!!!」
思わず机をぶったたいた。
因習そっちのけで完全にTikT◯kウケに全振りしている。違うだろ、フォーカスする方が。
この歌に見立てられたら死んでも死にきれないわ。
あとサビっぽいのに何も数えてない。
数えろ、せめて。かぞえうたなら。
「怖がらせたいの!? 親しみ持ってほしいの!? どっち!?」
「万バズしたいんじゃあ」
「見失うなよ、目的を!!」
「たかしもぜひ聴いてくれ。因習かぞえうた、Sp◯tifyでも配信中じゃ」
「サブスクで聴ける因習かぞえうたは嫌過ぎるって」
何だよプレイリスト因習村って。
ミッド◯マーのサントラでも入ってんのかよ。
「たかし〜! おじいちゃん! ごはん!」
呆れ果てたところで、母さんの声がする。
これ以上付き合ってられるかと立ち上がる。Y◯uTube Y◯uTubeと追い縋るじいちゃんを「ほら、飯だって」と追い立てた。ドアを半分閉めて、母屋へと戻る。
やれやれ、田舎者っていうのは何でこう、変な流行りもんに飛びついちゃうんだろうな。
◯ ◯ ◯
「って感じで。じいちゃんスマホガンガン使いこなしてるし、ガチでびっくりしたわ」
「すげーな、たかしのじいちゃん」
田舎から戻って、友達の家でたこ焼きパーティーを開催していた。
完全に他人事らしく、家主の渡辺がけらけら笑う。
それを見た亮太が、ふと真面目な顔になって言った。
「でも結構多いらしいぞ、そういうお年寄り。ウチのばあちゃんもこの前『インスタで見たお店に行きたい』とか言ってきたし」
「やば。デジタルおばあちゃんじゃん」
渡辺がまた笑っていた。
デジタルおばあちゃん、確かに語感がジワる。
そこで、渡辺が「あ」と言った。
そして立ち上がると、俺の背後の引き戸をピシャリと閉める。
「おい、たかし。ちゃんとドア閉めろよな。冷房逃げんだろ」
「あ、悪い」
いかん、またうっかりしていた。
田舎から帰ってすぐはどうしても癖が抜けないので困る。
「田舎だとほら。『ただらぎ』出るから閉めちゃダメって言われるだろ」
「……え?」
『え?』って、何だよ。
もしかして、知らないのか?
これだから都会育ちは、とため息をつく。きっと夜中のウシガエルの合唱で眠れなくなるタイプだろ。
田舎にはどこにでもいるのにな、『ただらぎ』。
END
久しぶりに田舎に帰ったらじいちゃんが村おこしのためにウチの村を因習村にしようとしていた話 岡崎マサムネ @zaki_masa
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