38.全国リトル野球予選決勝8

(おいおいマジかよ! ホームラン・・・やっぱり野神君は天才だったか)


「先輩! 野神君がホームランを打ちましたよ!」


月刊リトルリーグの記者たちは、いや記者以外の観客たちも仙道リトルの逆転劇に驚いていた。加山からホームランを打った野神は間違いなく、今後のスター選手になると観客は思った。


「今日の試合、決まりましたかね?」


「いや、野球は9回裏2アウトまで何が起こるか分からないからな。1点差は充分に逆転できる点差だ」


男性記者のいうことは正しかった。千陽リトルは裏の攻撃、サヨナラ勝ちも考えられるからだ。


(しかも打順は9番の加山君からだ。加山君はピッチャーでありながら、バッティングもできる選手。この好打順、野神君は抑えられるのかな?)


仙道リトルがスリーアウトチェンジとなり、5回裏の攻撃が始まろうとしていた。


■■


「加山、ナイスピッチだ」


「嫌味ですか? 監督」


「違う、打たれてからも気持ちを切らさずに投げきったからだ。お前をエースにしてよかったと思うよ。試合はまだ終わっていない! 借りを返してこい!」


千陽リトルの監督は代打を出さずに加山に打席を任せた。千陽リトルは仙道リトル同様に代打で送れるバッターがいなかった。仙道と千陽はリトルクラブチームでは珍しく、隣通しのチームとなる。そのため、入団者がちょうど別れてしまっていた。それに代打で出た5年生が打てるとも思わなかった。ここはバッティングも上手い加山に任せる決断をした。


「・・・すまんな、岡野」


「謝らないでください。これが現実です」


千陽リトルの監督は岡野に謝った。岡野は本当にエースを目指して男子に負けないくらいに練習をしていた。監督も大会ギリギリまでエース番号を悩んでいたほどだった。しかし監督は男子である加山にエースナンバーを託した。最後の最後で踏ん張れるのは男子だと思ったからであった。それは見事に当たっていた。


「私ならホームランを打たれた直後、もしかしたら調子を崩したかもしれません。判断は間違っていないと思います」


岡野はもう自分が投げることは無いかもしれないと思った。ここでピッチャーを交代したらチームの士気が下がってしまう恐れがあったからだ。今は加山の失点をチーム全体で取り戻そうとする動きがある。それに水を差すことは出来ないと判断した。


(最後の大会、投げたかったなぁ・・・)


岡野は帽子を深く被り、人知れず涙を流した。


■■


 5回の裏、千陽リトルの攻撃は9番ピッチャー加山から始まった。仙道リトルのピッチャーは前の回に引き続き、野神がマウンドに立つ。


(来い! 野神! 必ず打ち返す!)


加山は打席に立って集中した。自分の失点は自分で返すと言わんばかりの気合が入っていた。そんな中、野神は初球にインコース低めギリギリいっぱいのストレートを投げた。


(マジかよ・・・これが4年生の投げる球かよ!)


加山は驚いていた。ピッチャーだからこそ分かるその凄さに。ここまでのストレートを投げられるまで加山は小学生の時間をフルに使った。それでもなお、もしかしたら野神の方が上だと考えていた。


(いるんだよなぁ。こういう天才が。同じ世代じゃなくてよかったかもな)


そんな事を思いながら迎えた2球目、野神は先程投げた対角にストレートを投げた。加山はそれに手が出ず、2ストライクと追い込まれた。


(次はチェンジアップか? どちらにしても粘らないと次はない!)


野神は3球目、加山の予想通りにチェンジアップを投げた。加山は上体をギリギリ残してバットに当てた。ファールとなり、カウントは変わらず2ストライクとなる。そして4球目、ボールはアウトコースギリギリ外れてボールとなった。


(! 木部先輩・・・本気ですか?)


(野神、俺を信じてくれ! 必ず捕る!)


野神は木部のサインに頷いた。そして5球目、野神はストレートを投げるようなフォームで球を投げた。


(はぁ? 消えた・・・)


加山は一瞬野神の投げた球が消えたと錯覚した。しかし野神の投げた球は右バッターの加山に当たると思われる軌道を描いて、そのまま低めギリギリいっぱいのゾーンに目掛けて垂直に落ちてきた。そしてそれを木部は捕球した。


「ス、ストライク!」


主審も一瞬驚いたが、すぐにストライクコールをした。加山は野神の投げた球をただ見送ることしか出来なかった。


(今の球はドロップカーブか! こんなの隠し持っていたのかよ!)


練習試合でも見せなかった変化球に加山は驚いてしばらく動けなかった。加山は見逃し三振をしてしまい、ベンチへと戻っていった。


「最後俺に投げてきたのはドロップカーブだ。練習試合でも見せていないやつだ。多分あれが野神の決め球だろう」


「ド、ドロップカーブかよ・・・」


加山は1番井ノ原にドロップカーブの事を教えた。その情報を踏まえて井ノ原は打席に立った。そしてその井ノ原に対して初球、野神はドロップカーブを投げた。井ノ原も一瞬消えたと思い、気づいたら目の前に球が来て、見逃しストライクとなった。


(ま、マジかよ・・・こんなの打てねぇ)


何度も打席で見たならまだしも、初見でカーブを打つのは無理だと井ノ原は思ってしまった。その後の2球目はカーブのことが引っかかり、ストレートに反応できずに見逃した。これでカウントは2ストライク。追い込まれた井ノ原はストレートに狙いを絞っていたが、そのストレートが来ても振り遅れて三振となってしまった。続く2番安藤も野神の前で三球三振をして5回の裏の攻撃は終了した。


■■


「す、すごいですね。あのカーブ・・・」


「あぁ、本当に4年生か?」


月刊リトルリーグの記者はまたしても驚いていた。野神の投げたカーブは全国でも見たこと無いくらいにキレと変化量のある球だった。あれを初見で打つのは難しいと記者でも分かった。


(これは決まったな・・・)


男性記者は仙道リトルの勝ちを確信した。


■■


6回の表、仙道リトルの攻撃は4番の伊東から始まった。千陽リトルの最後のマウンドに上ったのは加山だった。加山は最後に目一杯の投球をして伊藤を三球三振に仕留めた。続く5番塚本も初球、フォークボールで引っ掛けさせて、セカンドゴロに仕留めた。あっという間に2アウトとした。そして6番糸川にもストレート、シュート、フォークを使って三球三振とした。


「おっしゃー!」


加山はマウンドで吠えて、その場を後にした。


■■


(結局岡野さんは投げなかったか)


「司! 最後の回だ。勝って勝利投手になってこい!」


仙道リトルの攻撃が三者凡退に終わったため、俺は最終回のマウンドに上がろうとしていた。すると高史から激励の言葉を貰った。


「あぁ! 任せろ! 必ず勝つ!」


俺はそう言ってマウンドへと向かった。


■■


 6回の裏、千陽リトルの攻撃は3番木村から始まる打順だった。木村はバッターボックスで気合を入れた。野神はそんな木村に対してストレートを3球投げて三球三振にした。なおこのときの最速は110キロを記録した。続く4番奥山には初球、チェンジアップでタイミングを外した後、2球ストレートでこちらも三球三振とした。そして2アウトで迎えた5番市川、野神は加山と同じように全ての持ち球を使い、三振に仕留めた。この瞬間に仙道リトルが全国への出場を決めた。

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