37.全国リトル野球予選決勝7

(加藤先輩が出てくれた!)


ネクストバッターサークルで俺は素振りをしながら加山さんの球を見ていた。そうしていると加藤先輩がフォワボールを選び、ノーアウト一塁となった。


「野神、思いっきり振っていけ!」


「はい!」


梶監督からの激励を受けて俺は打席に立った。そして俺は感じていた。この打席が勝負の分かれ目になると。俺がバットを構えたところで主審からプレイの再開が宣言された。


■■


「勝負はこの打席ですね」


「あぁ、野神君はピッチャーだが、なにかやってくれる雰囲気がある。逆に加山君が抑えたその時点で勝負は決まるな」


月刊リトルリーグの記者は両チームのエースの激突を見守っていた。加山は今年の9月に開催されるワールドチャンピオンシップのU-12に選ばれる可能性が高い選手。傍から見れば加山が4年生に打たれることなど考えられないだろう。しかし、野神は明らかな野球の天才。それが予想をしづらくしていた。


(さて、どうなるかな・・・)


月刊リトルリーグの記者を含め、多くの観客が固唾を飲んで見守っていた。


■■


 5回の表、仙道リトルの攻撃はノーアウトで8番の加藤が出塁して、9番の野神を迎えていた。


(ここで野神かよ。ピッチャーだけど俺からホームラン打ったからな。警戒しないとまずいな)


加山は練習試合の事を思い出す。野神は加山からホームランを放っていた。当時加山は4年生ということもあり、野神をナメていたところがあった。しかしそれをホームランという形で覆された。それ故、野神を他の打者以上に警戒をしていた。


(こいつは加山からホームランを放っている。歩かせるか?)


キャッチャーの田中は判断に迷っていた。野神を歩かせればノーアウト一塁二塁となり、ピンチを招くことになる。しかし野神で勝負するよりも次のバッターを仕留めるほうが良いのではないかと思っていた。そして田中は敬遠のサインを加山に送った。しかし、加山は首を振った。


(ここで敬遠はねぇよ。6年生が4年生に逃げたって思われると嫌だからな)


加山は野神との勝負を選んだ。田中も加山の気持ちを汲み取り、野神との勝負を選んだ。その初球、加山はインコースギリギリいっぱいに渾身のストレートを投げた。球速は108キロだった。そして主審はストライクのコールをする。


(加山さん、渾身のストレートを投げてきたな。やっぱりここを勝負どころだと思ったのかな)


野神は一度タイムを取り、精神集中をした。バットを握り、加山のストレートを頭の中で何度もイメージし、打席に戻った。


(次はフォークだ。できるだけ、ギリギリに決まるように!)


(了解!)


加山バッテリーはサインを決めて、フォークボールを投げた。


(この感じ、ストレートじゃない! フォークか! コースは多分ボール!)


野神は投げられたボールからフォークを予想した。そしてベンチから見ていた軌道を思い出し、このコースはボールになると判断した。その結果、判定はボールとなった。


(ちっ! 入らなかったか!)


(焦るな加山。今のは良いフォークだ。きっと手が出なかったんだろ)


田中は加山に返球した。そしてその返球だけで会話をしているようにも思えた。カウントは1ボール1ストライク。まだまだピッチャー有利な物だった。


(次は何が来る! ストレートかシュートか・・・。いや、ストレートに狙いを絞ろう)


野神はストレートに狙いを絞った。ここでフォークはないと判断したからだった。そんな中、加山は3球目を投げた。3球目はシュートだった。しかしこれは外れてボールとなった。続く4球目、加山バッテリーが選んだのはフォークだった。


(っ! ここでフォークか!)


野神はまさかのフォークにつられてしまい、バットを振ってしまった。これで2ボール2ストライクと野神が追い込まれた。


(さて、追い込んだぞ。どう仕留める。フォークか? いや連続して投げると、抜ける可能性が高い。シュートかな?)


田中は加山にシュートの要求をした。しかし加山はすぐに首を振った。


(田中、ここはストレートで行かせてくれ! ここで完全に仙道リトルの勢いを止める!)


(・・・わかった)


加山バッテリーは渾身のストレートを投げる判断をした。加山はロージンバックで準備を整えた後、セットポジションをしてランナーを確認した。走る様子は無いと判断し、加山は全力でアウトコース低めにストレートを投げた。


■■


(! 来た!)


俺はストレートを待っていた。理由は加山さんなら、いやエースならここでストレートを投げて俺達の息の根を止めに来ると思ったからだ。コースは外側、俺は目一杯腕を伸ばしてストレートをバットに当てた。そのまま身体の軸がブレないように回転し、アッパースイングをしてストレートを弾き返した。弾き返された打球は高く跳ね上がり、ライトの頭を越えてリトルのホームランと言われるフェンスをも越えてホームランとなった。


「よっしゃー!!!」


俺は自然と右手を上げてダイヤモンドを回っていた。ベンチも良くやってくれたと言わんばかりに盛り上がっていた。これでスコアは2-3、逆転に成功した。


「良くやったぞ! 野神!」


「司! やったな!」


俺は梶監督も含め、みんなから祝福された。この瞬間に雌雄は決していた。


■■


「加山・・・」


「すまん、打たれた・・・」


加山はマウンドで手を膝の上に付けてうなだれていた。内野陣も集まり、加山をフォローしていた。


「素直にフォークかシュートで仕留めるべきだった。俺の欲が招いた結果だ、みんなすまん」


「謝るな! まだ試合は決まったわけじゃない。それに次の打席はお前からだろ? やり返せばいい!」


キャッチャーの田中の激励に加山は顔を上げた。再び気合を入れ直し、加山は次の仙道リトル1番バッターと対戦した。そしてさすが千陽リトルのエースと言わんばかりのピッチングをして、1番の井上を三球三振。続く2番戸塚を5球でセンターフライにした。


(ホームランを打たれてもなおこんなピッチングができるのか!)


仙道リトルの3番、木部は驚いていた。5回の表で逆転されてもまだ気持ちの入ったストレートや変化球が投げられることを。


(もし俺が逆の立場だったら投げられるだろうか・・・)


そんな事を思いながら加山と対峙して、木部は2球でショートゴロに倒れた。仙道リトルはスリーアウトチェンジとなったが、逆転という結果を残して仙道リトルは守備についた。


■■


「すげぇな、加山さんって」


「どうした? 司?」


「高史、あれがエースってことなんだな」


俺は加山さんをすごいと思った。俺が逆転のホームランを打っても、続く井上先輩に対して力のこもったストレートを投げていることに。逆転されてもなお、その球には強い意志があると思った。


(これがエース、そしてこれが野球。本当に始めて良かった!)


俺は野球を心の底から楽しいと考えていた。3番の木部先輩がショートゴロに倒れたので、スリーアウトチェンジとなった。


(決めた! 俺は日本のエースになる!)


新たな決意を胸に5回裏の守備に俺達はついた。

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