36.全国リトル野球予選決勝6
(松永先輩たちは5番と勝負することにしたのか・・・)
俺はベンチ付近で松永先輩と向こうの4番である奥山さんの戦いを見ていた。奥山さんが特大のファールを打った後、明らかにボール球と思われるものを投げていた。
(4番との勝負を避けたとしても、次クリーナップなのは変わらない。凌げるかな)
松永先輩は5番バッターに対して、全力のストレートを投げていた。そして7球の攻防の末、松永先輩は負けた。打球はライト線ギリギリにところに落ちて、長打となった。
(! 奥山さんがサード回った!)
奥山さんは返球を見て、サードを蹴ってホームへと突入してセーフとなった。ここへ来ての失点に俺達は苦悶の表情をした。
「野神、行けるな!」
「はい!」
「あと、これだけ伝えるぞ! あの白球を支配してこい!」
梶監督の指示によりピッチャー交代が宣言され、俺は梶監督に背中を叩かれながら決勝のマウンドへと上がることになった。
■■
(ここで野神が来るか・・・)
千陽リトルの6番であるキャッチャー田中は少し厳しい表情をした。そしてネクストバッターサークルで投球練習をする野神の球を見ながら素振りをした。
(あいつのストレートは球速よりも早く感じる。手元でかなり伸びているな。それに回転数も多そうだ。一筋縄では行かなそうだな・・・)
田中はそんな事を思いながら打席に入った。
4回裏、仙道リトルはピッチャーが変わってもピンチは続いていた。ノーアウト二塁という場面、打球の行方によっては2-1から更に点差が開くことになるからだ。
(初球、木部先輩はインコースのストレートを要求か。絶対に点は入れさせない!)
野神はセットポジションからキャッチャー木部のリード通りの場所にストレートを投げた。奥山は手が出ず、見逃してストライクとなった。なお、球速は107キロだった。
(マジかよ! 野神のやつ、練習試合より速ぇ。ていうか、本当に107キロか? それ以上に速く感じる。それに・・・やべぇな)
田中は驚いていた。キャッチャーだからこそ分かる、野神の凄さに。通常、ピッチャーはいくらコントロールが良くても、多少はミットからずれる位置に球は行くものだった。それをキャッチャーの技術で補い、無理やりストライクとすることもある。しかし、野神の球はミットの構えたところに寸分の狂いなく投げていた。これは神業と言っても過言ではなかった。
(これが野神の球、本当に同じリトルでよかった!)
木部も野神の凄さには驚きを隠せなかった。宮本とも松永とも、そして永野とも違う球質に。子供とは思えないくらいにスピンがかかり、重いという印象を受ける球だった。
(どうやら今日も絶好調だな。これなら抑えられる!)
野神も確かな手応えを感じていた。そして野神は田中に対して2球目を投げた。アウトコースギリギリのストライクゾーンに決まり、2ストライクと追い込んだ。
(3球目はチェンジアップか、ストレートか。どちらにしてもコースにヤマ張らないと打てんな、俺じゃ)
野神は3球目を投げた。インコース高めのストレートだった。田中は振り遅れて三球三振となった。
「やばいぞ、野神は。打てん。」
「そんなにですか・・・」
田中は打てないと言うことをしか伝えられなかった。それほどすごい物だった。そしてその言葉を受けた7番堀川が打席に立つ。
(こっからは下位打線。でも手を抜くことはない!)
野神はセットポジションからアウトコース低めにストレートを投げる。そのストレートも木部のミットを一切動かさずに入った。
(マジかよ・・・練習試合よりもコントール上がっているんじゃ・・・)
野神は堀川に対して2球目を投げた。インコース低めへと決まり、2ストライクと追い込んだ。そして3球目、インコース高めにストレートを投げて2者連続三球三振に仕留めた。
「野神のストレートはやばいぞ。ヤマ張って仕留めるしかなさそうだ」
「・・・わかった」
千陽リトルはノーアウト二塁から2アウト二塁となり、一気に追い込まれた。そして野神は8番渡辺をわずか2球で追い込んだ。
(確かに打てねぇ。ここはインコースにヤマを張るか!)
渡辺の予想通り、野神はインコースにストレートを投げた。渡辺はストレートを何とかバットに当ててファールとした。
(今のはたまたまか? それともヤマ張ったのがあったのか? どちらにしてもチェンジアップの様子は確認しておくか)
木部は野神にアウトコース低めのチェンジアップを要求した。野神は頷き、セットポジションからストレートと変わらない腕の振りでチェンジアップを投げた。
(ちょっ! おそっ!)
渡辺は完全に意表をつかれ、思いっきり空振りをした。これで野神は三者連続三振で4回裏のピンチを凌いだ。
■■
「すごいですね、やっぱり野神君は・・・」
「そうだな。チェンジアップのキレも神奈川の甲斐谷君と、いやそれ以上かもしれん」
今日の決勝を観客席で見ていた月刊リトルリーグの記者達は驚いていた。千陽リトルのバッターが4年生のストレートに手も足もでないことに。千陽リトルは仙道リトルがいなければ確実に全国クラスのリトルクラブチーム。それを抑えられる4年生は全国探してもいないと思った。
(それに1番すごいのはこの観客の中で臆せずに投げられるメンタルか。年齢詐称しているんじゃないかってくらい落ち着いているな・・・)
月刊リトルリーグの記者は新たなスターを見つけたと思った。
■■
「良くやった! 野神!」
ベンチに俺が帰ると、梶監督が俺の頭に手を当てて褒めてくれた。俺は9番バッターとなるため、急いでネクストバッターサークルへと向かう準備をした。
「野神、狙っていけ。正直ピッチャーにこんな事言うのは違うかもしれないが、お前は打力もある。しっかりバットを振っていけ!」
「はい!」
俺は加藤先輩の打席を見て、ホームランを打つイメージをしながら素振りを始めた。
■■
5回の表、仙道リトルの攻撃は8番加藤から始まった。千陽リトルのピッチャーは引き続き加山がマウンドに上った。加山は加藤に対して初球、アウトコースのストレートを投げた。しかし、これは外れてボールとなった。2球目もストレートを投げたがボールとなり、2ボールとなった。しかし3球目、加藤は甘く入ったストレートだと思った球はフォークであり、空振りをした。そして4球目、シュートを見逃して2ボール2ストライクとなった。
(なんとしても出塁する! そうすればきっと何かをしてくれる!)
加藤は野神に期待をしていた。加藤は一応ピッチャー志望。しかし同学年に永野という存在がいたため、外野手を兼務していた。加藤は野神に永野と同じような期待をしていた。
(俺と違ってあいつらは天才。期待に答えてくれるはずだ!)
加山の5球目のストレートをファールにして粘り、6球目のシュートも何とか当てた。続く加山の7球目のストレートは外れてボールとなった。そして8球目、加山のフォークが抜けてフォアボールで加藤は出塁した。
「9番、ピッチャー、野神君」
仙道リトルの次のバッターがコールされた。球場に緊張が走る。全員が分かっていた。ここで今日の結果が決まると。野神と加山の戦いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます