35.全国リトル野球予選決勝5

 4回の表、仙道リトルの攻撃は5番の塚本から攻撃が始まった。千陽リトルのピッチャー加山は初球、インコースのストレートから入った。塚本はそれを見逃して1ストライクとなる。


(加山のやつ、4回でまたギア上げたか、球速が100キロを越えてきた)


塚本の言う通り、加山はギアを上げていた。理由は2つあった。1つはもうこれ以上、点を与えるわけにはいかないからだ。仙道リトルのピッチャー松永はそれほど長くは持たないと考えていた。そうなると次出てくるのは間違いなく、野神。練習試合の結果から野神攻略は難しいと千陽リトルのベンチは考えていた。そしてもう一つの理由が、岡野の存在。


(全く、女子のくせにあそこまで投げられたら大したもんだよ。おかげで俺が倒れてもマウンドを任せられる!)


加山は口には出さないが、岡野の事を信頼していた。正直加山は最初、岡野の事は眼中になかった。しかし誰よりも努力する姿にライバル心を抱き、加山が成長する助けになったのは事実であった。


(ったく! 告白なんかしなきゃ良かったぜ!)


ちなみに加山は6年生になる前に岡野に告白し、玉砕していた。そんな事を思いながら塚本に2球目のストレートを投げて2ストライクと追い込んだ。


(加山はここまでストレートを連続して投げている。シュートで決めに来るか?)


塚本はシュートを狙い球とした。フォーク無いと踏み、ストレートはカットしようと考えていた。そして加山は3球目を投げる。ストレートだったので、塚本はそれをファールとした。続く4球目は外れてボールとなり、1ボール2ストライクとなった。


(難しいな。バッターは恐らくシュートを狙っている。ストレートは全部カットするつもりだ。加山に球数は投げさせたくない。フォーク行くか?)


キャッチャーの田中は加山にフォークの指示を出した。加山はそのサインに頷き、5球目はフォークを投げた。バッターの塚本は予想外のフォークに空振り三振をした。


「フォーク、投げてくるぞ。でも、多用はしてこない。狙うんならストレートだな」


「了解です」


塚本から情報を得て、6番の糸川が打席に立つ。加山は初球、シュートを投げた。しかしそれは外れてボールとなる。続くストレートを糸川はカットしてファールとした。3球目、ストレートがわずかに外れて2ボール1ストライクとなった。


(加山のやつ、段々とストレートのコントロールが悪くなっているな。ここは1球待ってみるか・・・)


糸川は待つという選択肢をした。そして加山が投げた4球目はボールとなり、3ボール1ストライクとなった。続く5球目、加山はフォークボールを投げたが抜け球となり、フォワボールになった。仙道リトルは1アウト一塁となった。すかさずキャッチャー田中はタイムをとった。


「どうした? まさかスタミナ切れか?」


「いや、そうじゃない。フォークが上手く挟めなかっただけだ。問題ない」


田中は加山のスタミナ切れを心配したが、まだまだ大丈夫なようだった。田中はポジションに戻り、斎藤を迎えた。加山はストレートやシュートを使って攻め、斎藤も粘り強く持ちこたえた。カウントは3ボール2ストライク、フルカウントだった。そして7球目、千陽リトルの選んだ球はフォークだった。斎藤はここでフォークが来ると思わず、バットの先に球を当ててしまった。その結果、ピッチャー前に転がってダブルプレーとなり、4回表の攻撃を終える事となった。仙道リトルはまたしても無得点だった。


■■


「松永、行けるか?」


「はい! 行けます!」


松永先輩は大きい声で返事をした。4回の裏は松永先輩に任せるようだった。


「司、ピッチング練習するぞ」


「おう!」


俺は高史に誘われて再びブルペンへと向かった。俺の予想だと松永先輩はこの回で恐らく降板。次は俺が投げると思ったからだ。


「どうなると思う、この試合」


「延長に入るとまずいのはこっちだ。司が出てしまえば残っているピッチャーはライトの加藤先輩か村上さん、莉子になる。投球制限があるし、梶監督は無理させない方針がある。司が延長まで投げるとは思えない。延長になったら恐らく俺達の負けだ」


高史の意見に俺も同意した。この試合、加山さんは絶好調といっても過言ではないだろう。投球数も4回表が終わって41球。この次の試合も無いことからフル投球の85球を投げてくるだろう。


「それに向こうはまだ岡野さんがいる」


そう、仮に加山さんが85球を投げなかったとしてもまだ岡野さんがいる。岡野さんは66球ルールに引っかかっていないため、この試合も投げられる。そうなるとこっちは非情にまずかった。


「だから司、1点もやるな! そして打て!」


「そんな無茶な・・・いやでもそれしかなさそうだな!」


俺達は気合を入れてピッチング練習を始めた。


■■


 4回の裏、千陽リトルの攻撃は4番の奥山から始まる打順だった。仙道リトルのピッチャー松永は奥山に対して、全力のストレートを投げた。奥山はそれをファールとする。松永は2球目、3球目と全力のストレートを投げたが、ボールとなった。これでカウントは2ボール1ストライク。4球目、キャッチャーの木部はチェンジアップの指示を出した。松永はそれに頷き、チェンジアップを投げた。奥山はそれを特大のファールにした。


(ちょっとスイングが早すぎたかな)


(くそ! 松永先輩のチェンジアップじゃダメか!)


仙道バッテリーはここで決断した。5球目6球目をボールにしてフォワボールにすることを。これで千陽リトルはノーアウト一塁になった。


(奥山の一発は怖い。ここで5番と勝負するほうがいい)


木部は5番との勝負を選んだ。松永もそれを了承していた。千陽リトルの4番は仙道リトルの滝上よりは怖くないが、それでも強打者なのは間違いなかった。


(ちっ! 俺との勝負を選んだのかよ)


5番の市川は目の前で奥山をわざとフォワボールにされたことに対して、イラッとしていた。この場面で4番に打たせたくない気持ちは分かる。しかし、自分なら打ち取ることができると判断されたことは遺憾だった。


(松永先輩、ここは全球全力ストレートで仕留めましょう!)


木部のサインに松永は頷いた。そして市川に対しての初球、全力ストレートがインコースに決まり、ストライク。続く2球目はファール。3球目はボールとなり、1ボール2ストライクとピッチャー有利のカウントとなった。


(松永、次は何投げてくる? チェンジアップか? いや、この様子だと全球ストレートか)


市川は一度打席を外し、呼吸を整えた。松永は市川に対して4球目、全力のストレートを投げた。市川はそれを捉えてファールとした。5球目はボール、6球目はファールとなり、7球目を迎えた。お互い引かない勝負、松永はセットポジションからストレートを投げた。


(! まずい!)


木部は勝負を焦るあまり、見落としていた。松永の疲れを。松永のストレートは要求したインコースより内側に入ってしまった。それを市川は見逃さず、バットに当てた。打球はライトのファール線ギリギリのところに落ちて、フェアとなった。ボールはフェンスまで転がり、ライトの加藤が拾って投げた。しかし奥山はその送球を見て、サードを蹴ってホームに突入した。ショートの塚本が中継に入ってボームに投げたが、主審の判定はセーフだった。2-1、千陽リトルがついに追い越した。


「主審! ピッチャー交代だ!」


仙道リトルの梶監督が主審に伝え、4回裏ノーアウト二塁の場面で野神が登板した。

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