34.全国リトル野球予選決勝4
「よっしゃー! 同点打!」
俺はベンチで木部先輩が同点となるツーベースヒットを打ったことに喜んだ。もちろん俺だけじゃなく、ベンチメンバー全員が喜んでいた。
(これで同点! しかもフォークを打てたのはでかい!)
ベンチから見ていると加山さんは抜けた球を投げていた。恐らくフォークボールだと俺は思った。やはり小学生がフォークを扱うのは難しいのだろう。これで向こうのバッテリーはフォークを投げづらくなったと俺は思った。
(あと1点を追加してくれれば、俺なら抑えられる!)
自然と拳に力が入った。しかしその願いは叶わず、4番の伊藤先輩が三振に倒れてスリーアウトチェンジとなった。
■■
「あーくそ! 打たれた!」
「すまん加山、フォークを連投させた俺のミスだ・・・」
「気にするな、田中。そもそも安定した球種だとは言えなかったやつだ。不運だと思うことにしよう」
加山はベンチに座りながら、悔しさを露わにしていた。別にキャッチャーの田中のリードに不満はなかった。むしろ、仙道リトルの目が慣れていないフォークを中心に組み立てたのは良かったと思っている。
(やっぱり、フォークは中学に上がるまで投げるべきじゃなかったか・・・)
加山は一応決勝のこの舞台で仙道リトルと当たる場合は投げようと考えていた。しかし万が一、それ以外のクラブチームが来たら投げないつもりだった。3番の木部に打たれたように何球かに1回はスっぽ抜けた球にフォークボールはなる。しかも連投しているとその確率は高くなる。賭けに負けたということだった。
「全員聞け! まだ同点になったばかりだ! 試合はここからだぞ!」
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」
千陽リトルの選手たちは気合を入れた。
「岡野、一応準備しておけ」
「! はい!」
千陽リトルの監督に言われ、ベンチに座っていた岡野が準備を始めた。そして3回裏の攻撃、仙道リトルはピッチャーを宮本から松永に変えてきた。
■■
3回の裏、千陽リトルの攻撃は打順が一巡して1番井ノ原から始まった。仙道リトルのピッチャーは宮本から松永に変わった初球、インコースにストレートを投げてストライクを取った。
(なるほど、先発の宮本よりも状態は良さそうだな・・・)
今日の松永の球は走っていた。その理由は気合の違い、松永は6年生だったがなかなかピッチャーとして登板する機会がなかった。1個下の永野を始め、2個下の野神が頭角を現してきたからだ。現在の仙道リトル6年生は不作の年と言われていた。特に飛び抜けて上手かった選手がいなかったからだ。それでも練習を積み重ねてきた自分に対して期待と自信を持っていた。
(宮本・・・お前の悔しさは俺が晴らしてやるぜ!)
バッター井ノ原に対して2球目、出し惜しみ無しでチェンジアップを投げた。井ノ原は意外な球種にタイミングを外され、空振りとなり2ストライクと追い込まれた。そして3球目、インコースへのストレートを引っ掛けてショートゴロとなった。
「先発より良いストレート投げるぞ。気をつけろ!」
「了解」
千陽リトルの2番安藤は井ノ原からピッチャー松永の調子を聞き、打席へと入った。
(確か、松永の球種はストレートとチェンジアップ。チェンジアップに的を絞るか・・・)
松永は安藤に対して初球、アウトコースへのストレートを投げた。これがギリギリに決まって、ストライクとなる。続く2球目、インコース高めへのストレートはボールとなる。そして3球目、アウトコース高めのストレートを安藤はバットに当ててファールとした。これで1ボール2ストライクとなった。
(確かに井ノ原の言う通り、ストレートに力がある。残りの回のことを考えていないのか?)
安藤は疑問に思っていた。ストレートは確かに力がある。しかし、これが最後まで持つとは思わなかったからだ。松永にかなりのスタミナがあるという情報はない。それはつまり・・・。
(野神との継投を考えているってわけか)
安藤はそう思っていた。そしてそれは当たっていた。
(俺は宮本よりも劣るピッチャーだ。多分この調子じゃ、6回まで持たない。でも、全力で投げてお前らを0点に収める事はできる!)
4球目、松永は渾身のストレートをインコース低めに投げた。それはギリギリのゾーンに決まり、安藤を見逃し三振に沈めた。これで2アウトとした。
「全て全力のストレートだった。チェンジアップを狙うより、球数を投げさせた方が攻略速いかもしれん」
安藤は3番の木村に攻略の糸口を伝えた。木村は頷き、打席へと立った。松永は木村に対しての初球、チェンジアップを投げた。初級からのチェンジアップに木村は対応出来ず、空振りをする。続く2球目、木村は驚いた。連続してチェンジアップを松永は投げてきた。これを木村は引っ掛けて、ファールとした。
(くっ! 今のでも空振らないか!)
木部は強気なリードをした。チェンジアップ連続というのは少々リスキーであったが、木村はバットを短く持っていたため、ストレート狙いだと判断した。しかし流石は千陽リトルのバッター、対応をしてきたことに少しだけ動揺した。
(相手の狙いは恐らく松永先輩の球数。ストレートは全てカットしてくる気だな。アウトコースにはずしてみるか)
木部はアウトコースにストレートのボール球を要求した。松永もそれに頷き、全力のストレートを投げた。木村はストレートを見逃し、1ボール2ストライクとなった。3球目、4球目はファールとボールになり、2ボール2ストライク。続く5球目、チェンジアップを投げた。
(! チェンジアップ!)
木村は松永のチェンジアップをフルスイングで捉えた。しかし、フェンスは越えたがギリギリファールとなった。
(やっぱりチェンジアップは危険か。でもこれ以上松永先輩に全力のストレートを投げさせると4回からきつくなるか。ここはあえてチェンジアップを!)
木部はチェンジアップのサインをしたが、松永は首を振った。そして全力のストレートをインコースに投げた。木村はそれをバットに当てるが、ライトフライに倒れてスリーアウトチェンジとなった。3回が終わり、ともに1-1の同点のまま後半戦に突入した。
■■
「松永先輩、大丈夫ですか?」
「野神か、大丈夫だ! 悪いが、出番はないぜ!」
松永先輩は笑顔で俺に大丈夫だと伝えた。しかし、松永先輩はたった1回を投げたとは思えない量の汗をかいていた。ベンチから見ている限り、松永先輩のストレートは全て全身全霊の力を持って投げている物だった。松永先輩は俺よりも線が細い。そんな人物が10球近く全力投球したら、疲れるのは必然だった。
「松永・・・」
「宮本、俺達はこの大会が終わったらリトルの公式大会には参加できない。悔いが残らないように全力でやるさ!」
宮本先輩が松永先輩を心配そうに見ていた。小学6年生はこの予選の結果次第ではリトルリーグの公式戦に出られなくなる。秋にある東京大会は5年生や4年生が主軸となるからだ。
(これが公式戦! 負けられないな!)
俺の闘志は燃えていた。
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