32.全国リトル野球予選決勝2

(1回はどっちも0点かぁ)


どちらのピッチャーも立ち上がりは上々のようだった。そして分かったのは相手ピッチャーの加山さんは初回からエンジン全開で投げていることだった。


「司、今日岡野さんは先発じゃ無いんだね」


「莉子、まだ分からないぞ。加山さんは全力で投げている。スタミナが持つとは限らない。そうなると岡野さんが出てくると思うよ」


「うん・・・」


「岡野さんに出てきて欲しかったかい?」


「そうだね。私は女子だから岡野さんが私達と対戦する姿をもう一度見たかったかな。私の理想のピッチングだと思うし」


莉子の言うことも分かった。岡野さんはコントロールのいいピッチャーだ。それに変化球にもキレがある。フィジカルで男子に勝てない分、テクニックに重きを置いたピッチングだと俺は思った。そしてそれは女子のピッチャーの理想でもあるのではないかと思った。


「とりあえず、まずは加山さんを打ち崩さないといけないよ。莉子も準備しておいたほうがいいんじゃない?」


「うん、分かった」


今日の加山さんを打ち崩すのは難しいと思った。宮本先輩の調子にもよるが、1点を争う勝負になるのではないかと俺は考えていた。


■■


 2回の表、仙道リトルの攻撃は4番の伊藤から始まった。千陽リトルのピッチャー加山は伊東に対しての初球、シュートを投げた。伊藤はそれを空振り1ストライク。2球目、またしても加山はシュートを投げた。伊藤も空振り、2球で2ストライクと追い込まれた。そして3球目、決めに来たインコース低めのストレートを何とかバットに当ててファールとした。


(くそ! 加山め! 今日は絶好調なのか! 次はどっちで来る?)


追い込まれた伊藤は考えた結果、シュートを狙うことにした。そして4球目、加山が投げた球はシュートだった。伊藤は狙い球が来たのでバットをフルスイングしたが、バットの芯を外れてピッチャーゴロとなってしまった。


「塚本、今日の加山は調子がいい。シュートも練習試合の時よりも変化してくるぞ!」


「了解」


仙道リトルの5番塚本は伊東からアドバイスを受けて打席に立った。


(シュートのキレがいいなら、狙うはカウントを取りに来たストレートだ!)


塚本はシュートを捨てて、ストレートに狙いを絞った。その初球、加山はストレートを投げた。少し甘く入ったストレートだったため、塚本はそれを上手く弾き返してライト前ヒットで出塁した。


(ちっ! 甘く入ったか。流石にそれを見逃してくれるほど弱くはないか)


加山はセットポジションをして仙道リトルの7番斎藤を迎えた。加山は塚本の足の速さを警戒して牽制球を投げて様子を見た。


(塚本の足なら走るか? いや、走られても次をアウトにすれば問題ないか)


(監督からの指示は機を見て盗塁。2球目ぐらいで走るか・・・)


それぞれの思惑が交錯する中、加山は斎藤に対して初球を投げた。高めのアウトコースに投げたが、これは大きく外れてボールとなった。続く2球目、今度はインコースへのストレートを投げた。それと同時に塚本は盗塁を決行した。2球目の判定はストライク。そしてキャッチャーの田中が二塁へ送球するも判定はセーフとなった。仙道リトルは1アウト二塁というチャンスを迎えた。


(序盤で点は与えたくないな。加山には中盤からって伝えたけど、アレを使うか)


(! 田中め、ビビってんのか? でも序盤で点をやりたくないのは分かる。仕方ないか)


加山は斎藤に対して3球目を投げた。それはストレートだった。斎藤はそれを空振りして1ボール2ストライクとした。


(なるほど、ストレートは確かに走っているな。次はストレートかシュートか。シュートだったらカットして、ストレートを弾き返すか)


斎藤は加山のストレートに狙い球を絞った。そして加山が4球目を投げた。


(この軌道はストレート! しかも甘いコース!)


斎藤はこれ好機とばかりに球をホームランにしようとフルスイングをした。しかし無常にもバットに球は当たらず、斎藤は空振り三振となった。


(い、今の球は!)


キャッチャーミットを見ると、球はストレートの軌道から落ちていた。つまりはフォークボールだった。斎藤は驚きながらもそれを8番の加藤へと伝えた。


「加山、フォークボールを投げるぞ。練習試合と今回の大会では投げていない球だ。気をつけろ!」


「フォーク! 分かった・・・」


仙道リトルは2アウトとなったが、なおも二塁にランナーがいた。チャンスの場面で8番加藤は狙い球をインコースのストレートに絞った。


(初見でフォークを打つのは難しい、ストレートに狙いを絞る!)


加山はロージンバックで滑り止めをした後の初球、シュートを投げてこれがストライク。続く2球目、ストレートがわずかに外れてボールとなり、1ボール1ストライクとする。そして3球目、インコースに甘い球が来た。


(よし! ・・・いや、これは!)


加藤は上体をギリギリ残し、スイングを遅らせた。その理由はストレートではなく、フォークボールが来たからだった。加藤はそれを何とかバットに当てるが、セカンドの正面へと転がり、スリーアウトチェンジとなった。


■■


(さっきの球は!)


「あれはフォークだね」


「村上さん・・・」


加山さんは俺たちに見せたこと無いフォークボールを出してきた。ここまで大会でも投げていないことから、この決勝まで取っておいたのだろう。


「悔しいね。私も投げているから分かるんだけど、私じゃまだあそこまで落ちないよ。これがフィジカルの差かな」


村上さんはあっけらかんと言ったが、拳は強く握りしめられていた。俺は何も言わず、グラウンドの方を見た。


(フォークがあるとなると、厄介だな。変化球が1球種と2球種じゃ、全然攻略の難易度が違う。これはやばいかもな)


その後、二塁まで進めたランナーを返すことができず、今回も無得点に終わった。


■■


 2回の裏、千陽リトルの攻撃は5番の市川から始まった。仙道リトルのピッチャー宮本は初球、アウトコースにストレートを投げるがボールとなる。続く2球目、同じコースにストレートを投げたが、またしてもボールとなる。


(際どいところのコントロールが効かない・・・どうする・・・)


宮本は千陽の加山と違い、コンディションが最高ではなかった。決勝の先発という緊張、練習試合での記憶が全身に力みを生んでいた。


(まずいな、宮本先輩のコントロールが良くない。少し甘めに要求して調子を取り戻してもらうか)


キャッチャーである木部も宮本の調子には気づいていた。そのため、インコース低めの少し甘えのコースにストレートを要求した。宮本は3球目、木部の要求通りにストレートを投げたが、千陽リトルのバッターは甘くなく、市川は投げられた球をバットに当ててレフト前ヒットとした。続く6番田中は送りバントの構えをして、初球バントを決めた。千陽リトルは1アウト二塁というチャンスを作った。奇しくも表の仙道リトルと同じ形となった。キャッチャーの木部はこのピンチにマウンドへ駆け寄った。


「大丈夫、次は下位打線です。打たせて取りましょう!」


「あぁ、分かった」


仙道リトルは7番堀川を迎えた。そしてその初球、ストレートがまたしても甘く入って左中間を割るヒットを打たれた。

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