30.永野と木部

(負けちゃったか・・・)


私の所属する三谷リトルは3-1で仙道リトルに破れてしまった。序盤までは何とか食らいつき、先制点も取ることができた。しかし、途中から向こうの先発ピッチャーが調子を上げてしまい、打つことはできなかった。


(私が男の子だったら、打てたのかなぁ。・・・ダメ! そんなこと考えちゃ! 秋の大会ではリベンジする!)


私は仙道リトルにリベンジを誓ってグランドを後にした。


■■


「結果だけ見ると3-1で仙道リトルの勝利・・・でも勝利以上に失った者が大きいですね」


「そうだな。怪我の具合がどうであれ、3日後の決勝には出さないだろうな」


月刊リトルリーグの記者は決勝の仙道リトルのスタメンに滝上は出ないと判断していた。理由は昨今の流れ。一昔前なら根性論で出ることも考えられたが、今はそんなことをすればネットで叩かれる。特に滝上はプロに、そして日本を代表する選手になる可能性が高い子供。こんなところで潰すわけにはいかなかった。


(決勝は大方の予想通り、千陽リトル対仙道リトルになったか。練習試合では引き分けだったが、どうなることか)


月刊リトルリーグの記者はそんなことを思いながら観客席から立ち上がり、会社に戻ろうとした。3日後の決勝を楽しみにしながら。


■■


「全員集合! 滝上の検査結果だが、骨折はしていない。手首の打撲で済んだ。だが、次の決勝に滝上は出さん。各自肝に命じておくように!」


三谷リトルとの戦いから次の日、俺たちがグラウンドで練習を開始しようとすると、監督から集合をかけられて、滝上先輩の診断を伝えられた。俺は骨折じゃなくてよかったと思ったが、周りの空気は重かった。正直に言うと、ピンチであった。今の仙道リトルは滝上先輩が主軸となった打線である。その滝上先輩がいないのは戦力が半減するのと同義であった。


「高史、次の千陽リトルとの決勝は勝てると思うか?」


「・・・すまん、分からない」


俺と高史は軽くチャッチボールをしながら次の対戦相手、千陽リトルのことを話していた。前回の練習試合では引き分けに終わった。しかもその時点を取ったのは俺と滝上先輩だった。このことから非情に厳しい戦いを設けられることは目に見えていた。


「司、お前先発だと思うか?」


「・・・」


俺は高史からの質問に答えられなかった。正直先発の可能性はあった。前回の練習試合の結果から考えると、俺をバッターに置く可能性はある。それに俺は投球制限にも引っかかっていない。それに見せていないカーブという変化球もある。勝算はあった。


「どっちにしても千陽リトルの先発はあの加山さんだろ? 俺が先発云々より、点を取れるかどうかじゃないか?」


「それもそうだな」


俺たち仙道リトルが勝つためにはエースである加山さんを打ち崩す必要がある。練習試合では途中登板であり、全力ではない感じがした。それに向こうには岡野さんもいる。俺達は岡野さんにいいように封じられていた。この二人のピッチャーを攻略しない限り、俺達に勝ちはなかった。


(先発は俺か、宮本先輩か。どっちにしても俺も投げそうだな・・・)


「ごめん! 高史! ちょっと外していいか!」


「おう! 俺は素振りしているわ」


高史にここを離れることを告げて、俺はグラウンドでバッティング練習をしている木部先輩の元に行った。


「木部先輩、俺の球を受けてもらえますか?」


「・・・いいよ」


木部先輩の練習を邪魔して申し訳ないとは思ったが、どうしてもやっておきたかった。木部先輩はバットをしまった後、キャッチャーの防具をつけて、ブルペンへ俺と一緒に向かった。


「俺がジュニアの時に取れなかったから心配になるのも分かる。お前は先発でもそうでないにしても確実に投げるからな。でも、20球までだ。それ以内に取れるようになる」


「すみません・・・」


俺の心配事は木部先輩が俺の球を取れるかどうかだった。特に変化球のドロップカーブを。あのカーブを投げたことがあるのは高史と滝上先輩のみ。それに木部先輩は俺の球をジュニアの時に取れなかった過去がある。木部先輩も心配していたことの一つだった。


「木部先輩! 今日は全部カーブを投げます!」


「よし! 来い!」


■■


(なんだ! このカーブは!)


20球という制限のついた投球練習。俺は野神とブルペンに入って、野神の投げるドロップカーブを捕球する練習をした。しかし、初球のカーブを俺は取りそこねてしまった。


(打者の視界から一瞬消えるような軌道で、垂直に鋭く落ちてくるドロップカーブ。これはリトルどころか中学の硬式、いや高校生まで通じるんじゃないか!)


俺は野神にもう一度カーブを投げるように指示を出した。野神はストレートと変わらない腕の振りで、再びカーブを投げた。


(腕の振りもストレートと変わらない。投げる直前までどちらか分からないし、野神は腕の振りが遅めだ。判断した頃には完全にタイミングを外されている!)


俺は2球目も捕球出来ず、後ろに逸してしまった。その後もカーブばかりを投げたが、俺は1球もまともに捕球できなかった。


「木部先輩、カーブを封印しましょう。当日はチェンジアップで抑えましょう」


「・・・ごめん、野神。俺が不甲斐ないせいで」


「いえいえ! そんなことは! 俺のカーブの変化が大きすぎるせいですよ!」


(野神、それはフォローになっていないけど・・・)


野神はバッティング練習をすると言ってブルペンを後にした。俺はしばらくその場から動けなかった。自分が不甲斐なさ過ぎて。


「野神の球を取れなかったのがショックだったかい?」


「大輝か・・・」


野神と入れ違いでエースがブルペンへと来た。俺と永野大輝は幼馴染、いつか最強のバッテリーになると約束した仲だった。


「正広、俺との約束忘れちゃったのかい?」


「そんなわけ無いだろ! ただ、俺は凡人。滝上みたいにはできない・・・」


俺達のチーム、いや世代には滝上剛という絶対的なキャッチャーがいる。凡人と天才、嫉妬すら湧かないほど実力が離れていた。


「俺にも最強になるためには越えないと行けないやつ、甲斐谷がいる。こんなところで躓いている暇ないぜ?」


「・・・そうだね。ここを越えないとキャッチャーをやっている意味がない!」


実際キャッチャーを諦めて、たまにやる内野手や外野手に専念する道もあった。しかし俺はキャッチャーを諦める気はなかった。必ず野神の球を取ることを誓った。


■■


「梶監督、先発どうしますか?」


俺は長内コーチと電話で明日の千陽リトル戦のスタメンを決めていた。野手までは決めることができたが、先発ピッチャーをどうするか悩んでいた。


「宮本はこの前の練習試合で打たれています。私は野神を推します」


長内コーチの言っていることは分かる。宮本はいい投手だが、野神と比べると見劣りしてしまう部分がある。それに前の練習試合で手の内を見せている、懸念点は多かった。


(かと言って、4年生の野神にこの大舞台を任せるのか? 今まで頑張ってきた宮本の気持ちはどうなる・・・)


試合は勝ってこそだが、それはプロの世界での話。教育者としてどちらを選ぶべきか悩んでいた。


「長内コーチ。先発は宮本で行く」


考えた末、俺は宮本の先発を決めた。これが幸なのか不幸になるのかは明日にならないと分からなかった。

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