29.全国リトル野球予選準決勝3
(雰囲気がやばいな・・・)
2回裏の守備を終えた仙道リトルの先輩たちの足取りは重そうであった。無理もない、滝上先輩という圧倒的な4番打者抜きでこの試合、この大会を勝たなければいけなくなったからだ。
「全員聞け。まだ試合は序盤だろう。なにも諦める必要はない。1点差なら充分勝てる。それともこの点差をひっくり返せる自信はないのか?」
「いやいや梶監督! そんなことはないですよ! エースの俺が滝上の分までホームランを打ちますよ!」
監督の問いにエースである永野先輩が答えた。こういう時、エースの永野先輩が明るいとチームの雰囲気も良くなっていく。他の先輩方も気合を入れた表情をしていた。
「その調子だ! バットをしっかり振っていけ!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
3回の表は7番の斎藤先輩からの始まりなので、斎藤先輩はバッターボックスへと向かって行った。
(俺も一応準備しておいたほうがいいかな・・・)
俺は念のため、ブルペンで投げて登板する準備を進めて良いか監督に相談をした。
「野神、今日は必要ない。代打として出るかもしれないが、ピッチングさせるつもりはない。永野を信じろ」
俺は監督にそう言われたので、ブルペンには行かずにベンチで先輩たちを応援することに決めた。
■■
3回の表、仙道リトルの攻撃は7番の斎藤から始まった。三谷リトルのピッチャーはさいとうに対して、初球インコース高めにストレートを投げた。俺が決まり、1ストライク。2球目、今度はカーブを低めギリギリに投げた。斎藤は体勢を崩しながらもバットの先で当てるが、残念ながらセカンドの矢倉が打球を拾い、1アウトとなってしまった。
(三谷リトルは徹底してセカンドに転がるリードをしているな。あの女子をそれだけ信頼しているのか)
8番加藤はこれまでの相手のピッチングを思い出していた。そしてある仮説を立てる。今までのキャッチャーのリードは全て内野ゴロに打ち取るために組み立てられている。しかもできるだけセカンドに飛ぶようにしていた。
(逆に言えば、セカンド以外を狙えばヒットになる確率は高い。ここは長打を捨てるか)
加藤は冷静だった。バットを短く持ち、長打を捨てて出塁することだけを考えた。バッテリーもそのことに気づき、先程と同じように低めにカーブを投げた。加藤はそれを見逃し、1ボールとなった。続く2球目、アウトコースに来たストレートを無理やり引っ張って打った。打球は勢い無く上がったが、運良くショートとレフトの間にポテンと落ちてヒットとなった。これで1アウト一塁となった。
(送りバントの指示はなし。これは俺が決めろってことかな!)
打席には9番バッターにしてエースの永野が入った。そして永野は狙っていた。逆転の一打を。
(仙道のエースは送りバントの様子はない。セーフティーか? いや、この感じ狙っているかもな)
三谷リトルのキャッチャーは送りバントはなさそうだと思ったが、セーフティーバントで送る可能性も頭にちらついた。そして様子を見るためにアウトコース低めにストレートを要求した。これで相手の出方を伺おうと考えていた。しかしそのボールはミットへは届かず、永野のバットに当たった。打球は大きく上がり、追っていったライトの頭を越えてホームランとなった。これでスコアは逆転し、2-1となった。
■■
「永野先輩ってバッティングもいいのかよ!」
「今のはアウトコースに来る感じがしたからな。あのキャッチャーはバントの可能性を捨てきれずに中途半端なストライクを要求した。だから打たれたんだ」
高史の解説に俺も納得する。確かに様子を見るだけならボール球を要求すればいい。下手に欲が出て、ストライクを欲しがったのだろう。キャッチャーのリードも重要だなと俺は思った。
「いやー! 山を張って良かったよ。これで滝上に怒られなくて済むな!」
フィールドを一周してベンチに戻ってきた永野先輩が嬉しそうに言った。山を張っていたとはいえ、ホームランにできるのはそれだけバットを振っていた証拠だろう。この人は案外真面目かもしれないと思った。
「・・・大丈夫だよ、野神。この後は全部俺が抑えるから」
「頑張ってください!」
俺は永野先輩も野球の才能がある人物だと思った。永野先輩のホームランの後、1番の井上先輩と2番の戸塚先輩が凡打に終わり、スリーアウトチェンジとなった。
■■
3回の裏、三谷リトルの攻撃は2番セカンドの矢倉から始まった。仙道リトルのピッチャー永野は1点リードで迎えたマウンドで躍動した。初球、矢倉にインコースのストレートを投げた。その球は球速103キロだった。矢倉はそのボールを見逃し、1ストライクとなった。
(永野ってピッチャーの球、初回よりも勢いがある。これは難しいかもしれない・・・)
その後も矢倉は3球粘り、1ボール2ストライクとなった。そして永野は矢倉に対して縦スラを投げ、空振り三振とした。続く3番バッターもストレートと縦スラを用いて、4球で空振り三振にした。
「気をつけろ。初回よりも変化球のキレが増している。ストレート狙いに切り替えた方がいいかもしれないぞ」
三谷リトルの3番は自分達の主砲に永野の様子を伝えた。三谷リトルの4番は頷き、狙い球をストレートへと変えて打席に立った。そして迎えた初球、永野が投げたのはカーブだった。思いっきりタイミングを外され、空振りとなる。2球目はストレートをインハイギリギリに決まり、2ストライクと追い込まれる。そして勝負の3球目、来た球は縦スラだった。その縦スラも初回より落ちたため、空振りとなり、三球三振となった。ここに来て三者凡退で3回裏を終わらせた。
4回の表、仙道リトルの攻撃は永野のピッチングに呼応するように繋がった。3番の伊藤先輩が粘ってフォワボールで出塁すると、今大会キャッチャーでは初の打席となった木部先輩がレフト前ヒットを放った。ここで三谷リトルのピッチャーは交代となったが、その後は5番の塚本が手堅く送りバントをして1アウト二塁三塁のチャンスを作った。そして6番糸川がファースト線ギリギリフェアになる打球を放ち、1点を追加した。3-1となり、なお1アウト一塁三塁となった。しかし7番斎藤が二遊間を抜ける当たりを放ったかと思ったが、セカンドの矢倉に阻まれてスリーアウトチェンジとなった。
■■
「あー1点止まりかぁ・・・」
「安心していいよ、野神。俺がもう1点も与えないから! 野神は3日後の決勝のことだけ考えていなよ!」
そう言うと永野先輩は4回の裏、三者凡退にして三谷リトルの反撃を許さなかった。そのまま5回表、俺達も1アウトで満塁のチャンスを作ったが、矢倉さんの好守備に阻まれてダブルプレーとなり、0点で終わった。
(すげぇな、永野先輩・・・)
永野先輩は5回裏も三者凡退のピッチングをした。6回の表の俺たちの攻撃も同じく三者凡退になったが、永野先輩は6回裏のマウンドには上がらず、松永先輩がマウンドに上った。松永先輩もしっかりと3人で三谷リトルの打線を抑えて、俺達は3-1で決勝に駒を進める事になった。
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