26.相手チームのスタメン

「よ! 公式戦初打席でホームランってすごいな! 高史!」


「・・・お前が言うと嫌味にしか聞こえねーよ。それにお前だったホームランだっただろ」


俺と高史は公式戦初打席で共にホームランを放った。そのことはシンプルに嬉しかった。だが、高史はあまり喜んでいないようだった。


「俺のは多分失投だった。だから運良くホームランになったんだよ。それよりお前だよ! 公式戦初マウンドで完全試合って。どんだけだよ」


俺はこの試合で完全試合をした。とはいっても4回までしか投げていないので、参考記録にしかならないのだが。


「本当だよね! 俺はこの前ノーヒットノーラン未遂で嬉しかったのに、野神は完全試合しても全然喜ばないんだもんな」


「いやー参考記録ですし、まだ喜ぶのは早いかなって」


ロッカールームで高史と話していると永野先輩が話しに加わってきた。俺が完全試合をしても喜んでいないことに不満を持ったのか、俺にちょっかいを出してきた。


「4年生なのに考え方が大人だよねー。実は大人とか! あの漫画みたいに、薬で小さくなったとか!」


「い、いやーそれはないですよ。さすがに・・・」


俺はちょっとだけ焦った。薬は飲んでいないが、転生はした。実質変わらないのではないかと思ったからだ。


「まっいいや! それより、川谷高史君? だよね。莉子ちゃんのお兄さんの」


「えっ? はい、そうですけど」


永野先輩は俺との話を切り上げ、高史と話をしようとしていた。突然話しかけられたことに高史は少々驚いていた。


「単刀直入に聞くけど、川谷君ってどうして野球やっているのかな?」


「そうですね、俺はメジャーの近藤選手にあこがれて野球を始めました。だからポジションもキャッチャーですね」


「そうか! そうか! じゃあもう一つ質問するけど、川谷君は強いチームで野球するのが好き? それとも強いチームと戦う方が好き?」


「・・・そうですね、俺はどちらかと言うと、戦う方が好きですね。もちろん強いチームに入ってポジションを争うのもいいですけど、強いピッチャーと戦うほうが今はいいですね。俺はバッティングが好きなので」


「いいね! いいね! 川谷君! 覚えたよ、じゃあね!」


高史に質問をした永野先輩はそう言うとさっさと行ってしまった。俺と高史は今のは何だったのか気になったが、とりあえず気にせずに球場の外へ出た。


「次の5日後の準決勝だが、先発は永野で行く。もちろん、それ以外のピッチャーも場合によっては投げるから準備をしておけ。じゃあ今日は解散だ!」


監督から次の準決勝の先発が発表された。次の相手は三谷リトル。今日の荒崎リトルよりも少し強いという印象があった。


「なぁ、高史。今日家に行って三谷リトルの3回戦の映像見ていいか? 撮ったんでしょ?」


「あぁ、母さんが撮ってくれた映像がある。莉子と今日見るつもりだったから一緒に見ようぜ」


俺達は自転車で家に帰り、高史の家で三谷リトルの試合の映像を見ることにした。俺達は一度シャワーを浴びて集合し、PCで3回戦の映像を確認した。


「打線は今日の荒崎リトル以上かもしれないな」


「そうだな。今日は司の球が良すぎたから分からなかったけど、本来なら荒崎リトルもこれぐらいの打線だったはずだ。本当にお前はすげぇよ」


三谷リトルは派手なホームランは無いが、繋ぐことを意識した攻撃を行っていた。守備に関してもエラーが無く、よく練習されているという印象を受けた。


「・・・」


「莉子どうした? ・・・やっぱり気になるか、あのセカンド」


「うん、そうだね。司」


三谷リトルは今まで公式戦で戦ったチームとは異なる点があった。チームのスタメンに女子がいたのだ。背番号が二桁なので、正セカンドの代理で出ているのかもしれないが、それを感じさせないくらい安定した守備を見せていた。バッティングも2番に打順を置き、しっかりと送りバントをしていた。


「名前は矢倉夏帆やくらなつほか。三谷リトルはベンチにも余裕があるのに出るってことは相当上手いってことだな」


「そうだな、司。こういう選手をナメてかかると危ないな」


俺達はその後も打線とピッチャーの確認をして、その日を終えた。


■■


「女子でスタメンかぁ・・・」


私はお風呂に入りながら、三谷リトルの矢倉という選手のことを思い出していた。私は今日の試合、いや今までの公式戦で出番がなかった。小松原先輩や平田先輩、由佳だって出番があった。そのため少し焦っていた。


(私はバッティングもダメ。ピッチャーとしても全然ダメ。大丈夫かな、私・・・)


司や高史は今日の試合で結果を出した。あの二人は素直にすごいと思った。だからこそ、自分にとても劣等感を抱いていた。


(ダメダメ! そんな考えしちゃ! 今はとにかく、いつ出番があっても対応できるように準備しないと!)


私はお風呂に上がって、着替えてから再び三谷リトルの映像を見ることにした。


■■


「もう一本お願いします!」


「行くぞ! 矢倉!」


私に向かってボールが転がってくる。私はその打球を見て、正面で取ることは不可能と考え、グラブを逆シングルという向きに変えて取った。そしてすぐにファーストへ送球した。


「よし! いいぞ! 矢倉! 交代だ!」


「はい!」


私はベンチに戻って水分補給をしながら座って休憩をした。正直まだまだノックを受けたい気持ちだったが、我儘をいうわけにもいかなかったので引き下がった。


「矢倉ちゃん! このタオル使っていいよ!」


「いやいや! こっちの方が良いよ! いい洗剤使っているから!」


「お前ら! ここは先輩の俺にまかせておけ!」


「あー、うん。ありがとう。でもタオル持っているから大丈夫だよ」


私は男子から必要以上に話しかけられる。多分私のことが好きなのだろう。私は決してナルシストではないけれども、こうも露骨にアピールされれば嫌でも気がつく。正直辞めてほしかった。私はそんなことにかまけている暇はなかった。


「私素振りしてくるね」


私はバットを持って素振りを始めた。次は準決勝、相手は強豪の仙道リトル。油断できない相手だった。


(映像で見たけど、準々決勝で投げた子。すごかった。ストレートだけで荒崎リトルの打線を封じ込めていた。もしかしたら次登板してくるかもしれない!)


私は負けるつもりはなかった。男子と戦えばいずれフィジカルで勝てなくなるのは明白。だからこそ、私は小学生の内に全国へと行くことを目標としていた。


(それに5年生の私が次出られる保証なんて無い。いっぱい練習しなくちゃ!)


私はバットを振る。負けないために。


「やっぱり矢倉ちゃんって可愛いな・・・」


「確か、芸能界にスカウトされたんだって!」


「マジで! じゃあ将来は女優になるのかな・・・」


しかしそれを邪魔するような男子達の声が聞こえてくる。確かに私は芸能界にスカウトされた。でもそんなものには興味ない。私は女子プロ野球選手を目指していた。


(絶対に負けない!)


私は対仙道リトルをイメージしてバットを振り続けた。

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