25.VS荒崎リトル
石山リトルの3回戦から5日後、仙道リトルのメンバーは準々決勝当日を迎えた。対戦チームは荒崎リトル。荒崎リトルは毎年3回戦、もしくは準々決勝までいく中堅のリトルチームであった。その荒崎リトルは困惑していた。今日の対戦ピッチャーについて。
「野神? 誰だ?」
「聞いたこと無いから、4年生じゃないか?」
「ナメているな、向こうは! ボコボコにしてやろうぜ!」
荒崎リトルのメンバーは気合を入れ直した。向こうがナメてかかってくるのならこちらは王者であろうが、ボコボコにしようと考えていた。しかし仙道リトルは決してそのような考えではなかった。もはや2番手ピッチャーと言って差し支えない野神を先発にしたのは、荒崎リトルを警戒してのことだった。
「今日の先発は野神君ですか。楽しみですね。未来の怪物がどのようなピッチングをするのか!」
「そうだな。小4で145cmぐらいの身長。球速も105キロで変化球のチェンジアップは一級品。来年にはU-12の日本代表に選抜されてもおかしくない逸材だからな」
月刊リトルリーグの男女二組の記者も今回の準々決勝の様子を見に来ていた。もちろんメインは滝上のバッティングの視察だが、野神のピッチングも視察に来ていた。
(U-12に入る可能性があるとはいっても野神君は公式戦初登板。緊張していつものピッチングが出来ない可能性もある。それなのに1番重要な全国予選で登板させるのは期待されている証拠か)
男性記者はそのようなことを考えながら、観客席に座って試合が始まるのを待っていた。
■■
「ふぅー」
「野神、緊張しているのか?」
「いえ! 大丈夫です! 梶監督」
俺はブルペンでの投球練習を終えて、ベンチに座り、息を吐いた。別に緊張していたからではない。ワクワクしていた。初の公式戦、負けたら終わりの一発トーナメント戦。普通の子供なら緊張して自分のピッチングが出来ないだろう。しかし俺は中身が大人、そのおかげで少しは落ち着いていられた。
「野神、いいか?」
「滝上先輩、どうしたんですか?」
「今日は変化球全球解禁だ。カーブとチェンジアップを使って勝ちに行くぞ」
「! はい!」
俺は笑顔で頷いた。ようやく自分の力をすべて使い、勝負ができる。そのことが俺は嬉しかった。そんなことを話している内に荒崎リトルのグラウンド練習が終わり、主審から集合の号令がかけられた。俺達は全員グラウンドに集合し、整列して挨拶をした。いよいよ準々決勝の試合が始まった。ちなみにコイントスの結果、俺達仙道リトルは裏の攻撃となったので、俺は早速マウンドに立った。内野手達はボール回しをして準備をし、俺はマウンドで投球練習を始めた。
(さぁ! 始めようか!)
主審がプレイボールを宣言し、試合が始まった。
■■
(意外と球が速いな・・・)
荒崎リトルの1番は野神の投球練習を見て、そう思っていた。野神の体格は大きいが小4であり、そこまでの球を投げるとは思っていなかった。しかし荒崎リトルは仙道リトルのエース、永野を想定した練習をしていたため、速球を打つ練習はしていた。
(4年生だろうが、遠慮なく行かせてもらうぞ! 悪く思うなよ)
そう思いながら、荒崎リトルの1番バッターは打席に入った。主審からプレイボールが宣言され、野神が振りかぶって球を投げた。
バシーン!!!
「ストライク!」
(!!)
野神のストレートはアウトコース低めギリギリに決まり、1ストライクとなった。しかしそれよりも1番バッターは驚いたことがあった。球のスピードが球速よりも早く感じられたのだった。
(あいつの身体が柔らかいのせいか、腕がギリギリまで見えない。これはやばいかもしれない)
続く野神の2球目、同じくアウトコースに低めにストレートを投げた。しかし荒崎リトルの1番バッターはバットに当てられず、空振り。3球目はインコース低めのストレートが来たが、荒崎リトルの1番はまたしても空振りし、三球三振となった。
「意外とあのあいつのストレート伸びがあるし、投げるギリギリまでボールが見づらい。舐めてかからないほうがいいぞ」
「了解」
1番バッターから野神の球筋を聞いた2番バッターは打席に立った。しかしそれを聞いてもなお、2番バッターは野神のストレートを打てなかった。野神は四隅に投げ分けるピッチングで三球三振に取り、続く3番バッターも野神のストレートに全く対応出来ずに三球三振となった。野神は1回の表、全打者3人を全て三球三振に仕留めた。
1回の裏、仙道リトルの攻撃は1番井上がセンター前ヒットをした後、盗塁をしてノーアウト二塁の場面を作った。2番戸塚もライト方向にヒットを打った。ノーアウト一塁三塁の場面で3番の伊藤が左中間を割るツーベースヒットを放ち、0-1とノーアウトで先制点を獲得した。そして迎えた4番滝上が初球を3ランホームランにしてあっという間に0-4とした。その後も5番塚本はフォワボールを、6番糸川にはヒットを打たれ、荒崎リトルピッチャーは交代となった。変わったピッチャーは7番の斎藤をダブルプレーにして2アウトにするも、8番加藤をフォワボールにしてしまい、2アウト一塁三塁としてしまう。
(ストレートも変化球も大したことない。打てるな)
そして9番野神の打席、ピッチャーは野神をナメていたのか、甘いストレートを投げてしまった。それを野神が見逃すはずも無く、野神はバットの芯に当てて3ランホームランにした。スコアはこれで0-7となった。打者一巡し、1番井上を迎えたが、なんとかゴロに沈め、スリーアウトチェンジとした。
2回の表、荒崎リトルの攻撃は4番から始まる好打順だったが、野神はストレートでお仕切り、またしても全打者ストレートで三球三振に仕留めた。そして迎えた2回の裏、仙道リトルの攻撃は2番の戸塚がまたしてもヒットを打ち、3番伊藤がフォワボールで出塁した。そして4番の滝上がまたしても3ランホームランを放った。2回の裏で0-10となった。その後荒崎リトルは3人目のピッチャーを出し、2点の追加を許したが、スリーアウトチェンジとした。スコアは0-12となり、もうすでに勝負は決していた。
3回の表、荒崎リトルの攻撃だが、その攻撃にはすでにやる気は感じなく、全て見逃し三振でスリーアウトチェンジとなった。3回の裏、仙道リトルの攻撃だったが、仙道リトルはここで控えの選手を打席に立たせた。小松原先輩や平田先輩も出場してヒットを放った。そして何より高史がこの試合で初のホームランを放った。その結果、控え選手達だけで5点を獲得することが出来た。スコアは0-17となった。
4回表の荒崎リトルの攻撃も全て野神の球を捉えることが出来ず、見逃し三振で終わり、コールドゲームとなった。野神は投球数4回を投げて投球数36球、四死球0、被安打・被本塁打0というバーフェクトピッチングを成し遂げた。
■■
「本物ですね、彼は」
「そうだな。荒崎リトルも悪いチームじゃない。そのチーム相手にヒットの一本すら出さないのはすごいな」
(それにこの試合で一度も変化球投げていなかったし、まだまだそこは見えないな)
月刊リトルリーグの記者は新たなる天才を目撃して球場を後にした。
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