23.甲斐谷幸輔

「見たか、あのピッチャー」


「あぁ、あれ誰だ?」


「野神、聞いたこと無いな。4年か」


今日の仙道リトル対千陽リトルの練習試合はたくさんのリトルのチームが偵察に来ていた。同じ西東京地区のリトルはもちろん、関東圏のリトルも見に来ていた。理由は簡単、必ずどちらかが全国に上がると考えているからだ。そのため、戦力の把握にライバルチームは努めていた。


「あの野神って投手、神奈川の甲斐谷幸輔かいたにこうすけレベルじゃないか・・・」


「いや、越えているかもしれないぞ!」


偵察に来ていたのは何もリトルのチームだけではなかった。この練習試合を嗅ぎつけ、野球雑誌の記者達も見学していた。記者達のお目当ては滝上だったが、それと同レベルの逸材を発見して、すぐに特集を組もうという動きもあった。


(俺と同レベルねぇ・・・)


そんな会話をしている記者たちの近くで、深く帽子を被ってこの試合を見学していた甲斐谷幸輔はうずいていた。


(あの野神ってやつ、小4だろ。だとしたら俺以上かもしれないな。まぁ仙道リトルが上がれば戦うかもしれないな。久々にいいものを見た)


甲斐谷はそんなことを思いながら、この場を後にして神奈川へと帰るために歩き始めた。


(だが、今のままだと本命は千陽リトルか。仙道リトルは滝上以外のバッターがそれほどでもないな)


■■


「ねぇ! 野神君!」


「はい? ! 岡野さん!」


俺は帰る支度をしていた。その時に岡野さんから声をかけられた。俺はベンチから出て、岡野さんと向かい合う。


「今度は予選で投げ合おう! 絶対に負けないから!」


「・・・絶対に負けませんよ!」


後ろから視線を感じたが、気にせずに俺と岡野さんはその場で握手をした。彼女の左手は女子の手じゃなく、ピッチャーの手をしていた。そして握手をした後、俺達は今日、この場で解散となり、それぞれオフを過ごすことになった。


「高史、莉子、この後どうする?」


「・・・俺は公園でバット振るよ」


「わ、私は投げ込みしたいな!」


「よし! じゃあ行くか!」


俺達はいつもの公園で高史はバットを素振りして、俺は莉子の投げ込みに付き合った。ちなみに俺は今日投げたので、莉子のキャッチャー役に徹底した。


■■


「え!? 取材ですか?」


「そうだ。少年野球を特集している雑誌から学校に依頼があってな、野神がいいなら学校からは許可を出す。どうだ?」


「断ります」


俺の迷わず答えた。理由は取材を受けるメリットが無いからだ。俺が目立つのを嫌いだからという理由もあるが、わざわざ情報を出す必要もないと思ったからだ。


「そうか、分かった。このことは俺から伝えておくから教室戻っていいぞ!」


俺は職寝室を出て、昼休みの教室へと戻った。そして高史は俺が呼び出された理由を聞いてきた。


「取材!? そんで断ったのかよ・・・」


「あぁ、別に受けるメリット無いだろ」


「ちなみにどこ?」


「月刊リトルリーグって名前だったかな?」


「・・・マジかよ」


高史曰く、月間リトルリーグは野球少年にとって週刊連載の漫画並みに読むものらしい。俺は一度も呼んだこと無いが。さすがこの世界はベースボールがワールドスポーツになっているだけあると思った。


「ていうか、読めよ。今度貸してやるから。いろいろと書いてあるし、参考になるぞ」


「サンキュー!」


俺は学校から帰宅後、高史から今月の月刊リトルリーグを貸してもらい、リトルの練習に出かけるまでの間に読んだ。


(今月の特集は注目のリトル選手たちか。主にU-12(アンダー12)に選ばれる可能性のある子供たちね・・・)


特集されていたのは主に小6の選手達だった。全員名のあるリトルチーム出身の選手で、中学の硬式野球でも活躍が見込まれている人達だった。


(6年生ばかり選出されていると思ったけど、5年生から二人も特集されているのか)


一人は我がチームの不動の4番、滝上先輩だった。圧倒的な右打者としてすでに全国に名を知らしめていた。貫禄のある雰囲気の写真が掲載されていた。


(もう一人が甲斐谷幸輔。左投げの投手で最速は100キロだけど、すでにチェンジアップとスクリュー、カーブと緩急を使ったピッチングで打者を翻弄か・・・)


小5で3球種投げられるピッチャーはそういない。しかも打者に通じる変化球を投げられるピッチャーはもっと少ない。俺は甲斐谷というピッチャーも滝上先輩と同じような怪物の類に入ると思った。しかもイケメンなので、人気間違いないと思った。


(そろそろ出る時間だな。これは明日返すか)


俺は雑誌を机に置いて、リトルの練習へと向かった。


■■


「今日、甲斐谷のやつ、気合入っていますね」


甲斐谷の所属する横一よこいちリトルのコーチが監督に甲斐谷の様子を監督に話していた。監督もそれに同意をした。


「なんでもこの前仙道リトル対千陽リトルの練習試合を見て、刺激を受けたって言っていたぞ」


「仙道リトルと言ったら滝上ですか。あれは確かに怪物ですからね」


「いや、刺激を受けたのはピッチャーらしい」


「ピッチャーですか! そんな選手いましたっけ?」


横一リトルのコーチは西東京地区にそんな選手がいたかを思い出していた。しかしコーチの頭の中にはそれらしい人物はヒットしなかった。


(この時期に知らないピッチャーとなると、4年生か。どんなやつか見てみたいものだな)


横一リトルの監督はそんなことを思いながら、甲斐谷が投げ込みをしている様子を見ていた。


■■


「どうだ、新山。俺の球は?」


「相変わらず、走っているよ。それよりどうしたんだ? 急に本気で投げ込みたいって」


「ちょっとな。次、チェンジアップ投げるぞ」


俺は仙道リトル対千陽リトルの練習試合を見た次の日、本気で投げ込みを行っていた。理由は身体が疼いたから。


「どうだ、新山。チェンジアップは?」


「いいに決まっているじゃん。お前よりいいチェンジアップ投げるやつっていんの?」


「・・・そうか」


俺は知ってしまった。俺よりもいいチェンジアップを投げるピッチャーがいることを。あの練習試合で野神というピッチャーは千陽リトルの4番、奥山に対してチェンジアップを投げた。そしてその球は俺の理想だった。ストレートと全く同じ腕の振りで放たれた球はブレーキがかかったかのように遅く、打席に立つと恐らくスローモーションのように感じるだろう。しかも落ちるように変化して来る。チェンジアップの到達点を見た気がした。


(まさか一個下にそんなのを見せられるとはな。でも参考になった!)


俺はさらなる高みを目指して投球練習を行った。


■■


「全員集合! この夏の全国大会予選のトーナメントが発表されたぞ!」


俺達は梶監督の元に集まってトーナメント表を確認した。俺達はシードで、2回戦からの出場だった。ライバルの千陽リトルとは別の山で、戦うには決勝まで行かないと行けなかった。


「毎年、前年度予選の1位と2位は別のブロックに配置される。よって千陽リトルと戦うには決勝まで行かないと行けないぞ! 気合い入れて練習しろよ!」


(よし! 初の公式戦、気合い入れて頑張るぞ!)


俺達は7月の予選に向けて練習を始めた。

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