22.VS千陽リトル4

(やっぱすげぇな滝上先輩は・・・)


俺は滝上先輩の凄さを改めて痛感していた。岡野さんの投げた球は全然悪くない。普通の打者なら手が出ないコースだった。しかし岡野さんが滝上先輩と戦うのは二度目で、ストライクゾーンの把握もさせてしまっている。それが今回のホームランに繋がったと思った。


「野神、4回裏行くぞ!」


「はい!」


5番の戸塚先輩がピッチャーゴロに倒れてチェンジとなり、いよいよ俺の登板となった。準備は出来ており、俺はマウンドへと向かった。


(この回、千陽リトルは7番からの下位打順。でも油断してはいけない)


「野神、いいか?」


「どうしました? 滝上先輩?」


「今日の試合はストレートとチェンジアップだけ使うぞ。ドロップカーブは使うな。下手にお前の情報を与えるわけにはいかないからな」


滝上先輩はマウンドに来て、俺にカーブを投げることを禁止にした。今日は練習試合なので、情報を相手に与えないつもりのようだった。でも俺はその要求に疑問を持った。


「滝上先輩、俺は全力で勝負したいです! 駄目ですか?」


「ダメだ! 今日の練習試合は他のリトルの偵察もいる。全国に行くためには情報を隠しておくのがベストだ!」


「・・・分かりました」


野球はチームスポーツ。一人の我儘を通すわけには行かなかった。それに情報を隠すというのは理解が出来た。俺は前世サラリーマンだったので、情報がどれだけ大事か身をもって知っている。俺は頷き、滝上先輩はポジションに戻った。千陽リトルの7番バッターが打席に立ったので、試合が再開された。


■■


 4回の裏、千陽リトルの攻撃は7番から始まった。バッターは仙道リトルの聞いたこと無いピッチャーに対して、少々ナメた気持ちを持っていた。この時期に聞いたこと無い名前の選手は確実に4年生。身長は高いが、たいしたことないと考えていた。


「ストライク!」


ピッチャーがボールを投げるまでは。仙道リトルのピッチャーが投げた球は予想より速かった。球速表示に出ていたスピードは106キロ、4年生が投げるスピートではなかった。それに伸びもある。体感ではそれ異常にバッターは感じていた。


(な、なんだコイツ! 本当に4年生か!)


仙道リトルのピッチャー、野神は続く2球目もストレートを投げて103キロの球をインコースギリギリいっぱいに入り、ストライクとなった。そして3球目、対角のアウトコース高めにストレートを投げたが、バッターは振り遅れて三球三振に倒れた。


「気をつけろ。球速よりも早く感じるし、コントロールも岡野並みにいいぞ」


「了解」


7番バッターは次の打者にアドバイスをした。そのアドバイスを元に8番バッターは打席に入った。しかし、そのバッターも野神の球をバットに当てることができず、三球三振となった。続く9番は岡野の打順だが、代打が送られた。


■■


(岡野さんは4回で交代か。戦いたかったな)


俺は交代してきたバッターに対して、前の二人と同じようにストレートで押していった。その結果、俺は下位打線三人に対して全員を三球三振に仕留めてマウンドを降りた。


■■


(すごい、あの子。多分まだ4年生だと思うけど、コントロールもスピードも私達6年生に負けていない。・・・これが男子)


私は少しショックを受けていた。自分は男子に負けないつもりで誰よりも練習をして、コントロールとカットボールという技術で男子たちに対抗をしてきた。しかし今投げている彼はそれを否定するかのように力技で千陽リトルのバッターを抑えていた。それがとても悔しかった。


「な、な、何あれ! あんなのチートじゃない!」


「華蓮ちゃん。野球にチートは無いと思うよ」


私のとなりでは華蓮と沙織さおりが彼のピッチングで騒いでいた。華蓮も沙織も女子の4年生としては有望な選手だった。華蓮はアメリカ人とのハーフで、私と同じ左利きのピッチャー志望。沙織はロングヘアで大人しそうで清楚系の見た目だが、運動神経が抜群であった。将来が楽しみな二人であった。


「二人とも良く見ておいて。これが現実、男子たちにはフィジカルで勝てなくなる日が来る。でもね、技術だけは男女平等だと思うの。だから絶対に諦めちゃダメだからね!」


「「はい!」」


私は二人にそう言ったが、静かに右手の拳をみぎり締めて、悔しさを紛らわせていた。


■■


 5回の表、仙道リトルの攻撃は6番の松永から始まる。しかしここで千陽リトルはピッチャーを交代した。交代したのは千陽リトルのエースピッチャー加山圭吾かやまけいごだった。最速100キロと速いストレートを武器にして、変化球のシュートがそのストレートを際立たせていた。仙道リトルは千陽リトルエールのピッチングに翻弄され、三者凡退に終わってしまった。スコアは2-3、最終回を待つのみとなった。


 5回の裏、千陽リトルの攻撃は1番から回る打順だった。しかしこちらも千陽リトルの加山同様に野神が三者凡退、3つの三振を奪った。前の回と合わせて打者6人に対して6奪三振、しかもストレートのみでの結果は野神が滝上に並ぶ怪物である証明となった。


■■


(6回の表、この回で1点取らないと負けか。しかも勝つにはこの回でもう1点必要なのか)


今回の試合は練習試合。そのため延長戦はしないルールだったので、勝つにはこの回で滝上先輩に回すしか無いと俺は考えていた。


(確か加山さんはストレートとシュートがあるって言っていたな)


事前に先輩から加山さんの球種は聞いた。コントロールは見た感じ岡野さんよりも良くないため、勝機はあると俺は考えていた。


(アウトコースは全部カット。俺はピッチャーだからあまりバッティングへの警戒は無いと見ていい。甘く来たストレートを振り抜く!)


加山さんが振りかぶって初球を投げた。球はアウトコースのボールゾーンだと判断し、俺は見逃した。判定もボールで1ボール。2球目もアウトコースにストレートが来たが、俺はこれにバットを合わせてファールゾーンに打つ。3球目、インコース来た球だったが、ストレートではなくシュートだったため、俺は空振りをした。1ボール2ストライクでピッチャー有利のカウント。4球目、アウトコースに球が来たが、シュートであった。俺はそれになんとか食らいつき、ファールとする。そして加山さんは5球目を投げた。


(来た!)


来た球はインコースのストレートだった。俺は上手く体を畳んで体全身を使ってスイングをした。バットの芯に当たった球はレフト方向に飛んでいき、そのままフェンスを超えてホームランとなった。俺は一塁二塁感で右手を上げて喜びを露わにした。これでスコアは3-3となった。


■■


 6回の表、仙道リトルの攻撃は先頭バッターの野神がホームランを打ったことによって同点に追いついた。しかしその後は続かず、反撃はここで終わった。その裏の千陽リトルの攻撃、先頭は4番の奥山だった。奥山は初めて野神のストレートをバットに当ててファールボールにした。千陽リトルの面々はチャンスだと思ったが、2ストライクと追い込んだ後に野神はチェンジアップを投げた。初めて見る変化球に奥山は対応できず、空振り三振となった。その後のバッターも野神の球を捉えることが出来ず、野神は結局打者9人に対して9奪三振、打者として1打席1ホームランという活躍を見せた。そして試合が終了し、3-3の引き分けで終わった。

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