21.VS千陽リトル3

「すげぇな、岡野さん」


「俺も同感だ、司」


岡野さんは宮本先輩の球を弾き返し、先生となるタイムリーツーベースヒットを放った。あのスイングを見る限り、かなりバットを振っていたのだろう。女子は学年が進むにつれて男子にフィジカルで劣ってくる。それをテクニックでカバーしているのだろう。努力の賜物だった。


(あんな先輩のいる野球チームは強いだろうな・・・)


俺がそんなことを思っていると宮本先輩は続く1番打者をしっかりと打ち取り、スリーアウトチェンジとなった。


■■


 3回の表、仙道リトルの攻撃は7番糸川からの下位打順だった。しかしそれでも千陽リトルの岡野は油断すること無く、仙道リトルの滝上から解禁したカットボールに加えて、カーブも投げてきた。カーブに関しては去年投げていたこともあり、仙道リトルのバッターは対応できると考えていた。しかしそのカーブも成長を見せており、ストレートとカットボールに織り交ぜられ、なかなかタイミングが掴めずにいた。


(しまっ! カーブか!)


7番の糸川を岡野はカーブを織り交ぜた4球でショートゴロに仕留め、8番斎藤を初球カットボールでサードゴロに沈めた。そして9番の宮本はカットボールを狙い球としていたが、上手く打つことが出来ず、2球で追い込まれた後でカーブにより空振り三振をした。三者凡退でスリーアウトチェンジとなった。ここまで仙道リトルは滝上のシングルヒット1本に抑えられていた。


 3回の裏、千陽リトルの攻撃は2番からの好打順。ピッチャーの宮本は千陽リトルの2番打者を2ボール2ストライクからカーブで三振を取り、いいスタートを切った。しかし3番打者に甘く入ったストレートを打ち返され、1アウト一塁となり、4番の奥山を迎えた。


「宮本先輩、球はいいのが来ています。落ち着いて行きましょう。最悪歩かせてもいいので、際どいところにください」


「滝上、分かっているよ。大丈夫、点はやらないさ」


宮本と滝上はマウンドで打ち合わせをした後、ポジションに戻って試合が再開された。宮本はセットポジションからまず、アウトコース低めいっぱいにストレートを投げて1ストライクを取った。2球目は胸元のインコースに向けて球を投げたが、これは外れて1ボール1ストライクとなる。続く3球目今度は1球目と同じアウトコース低めのボール球を要求し、これを奥山はバットに当て、1ボール2ストライクとなる。そしてバッテリーが選んだのはインコースに来るカーブだった。しかし、そのカーブが甘く入ってしまった。それを奥山は見逃すはずがなく、バットの芯で捉えてフェンスを超える打球を放った。2ランホームランとなり、0-3とさらなるリードを仙道リトルは許してしまった。それでも宮本は続く5番、6番バッターを打ち取り、この回の失点を2点でとどめた。


■■


「野神、4回裏に出るぞ! 準備しろ!」


「はい!」


宮本先輩が専用リトルの4番に2ランホームランを許し、3点のビハインドとなってしまった。監督から投球練習の指示を受けた俺は高史にマスクを被ってもらい、投球練習を始めた。


(宮本先輩だっていい球を投げていた。それでも3点取られた。やっぱり野球って面白いな!)


俺の中にはワクワクがあった。全国レベルの打線に俺がどこまで通じるのか興味があったからだ。俺の球は今日も走っていた。


■■


「へぇ、あの子投げるんだ」


「敗戦処理投手ですよ! 岡野先輩! だってあの子私と同じ小4だって言っていましたし!」


「こら! そんな事言わないの! 華蓮」


私は奥山君のホームランを見て、今日の勝利が近づいたと判断した。滝上君の前にランナーを出さなければ3点返される可能性は低いと判断したからだ。向こうもそのことを思っているのだろう。表情が固くなっているのが分かる。


(それにしても小4の子をこの場で投げさせるんだ。本当に敗戦処理させるつもりなのか、もしくは・・・)


そんなことを私が考えているとスリーアウトチェンジとなったので、私はマウンドへと向かった。


■■


 4回の表、仙道リトルの攻撃は1番から始まる打順だった。岡野は1番の塚本に対して初球からカーブを投げてタイミングを外し、空振りを取った。2球目インコースのボール球からギリギリストライクに入るカットボールを投げて、2ストライクを取り、塚本を2球で追い込んだ。3球目、アウトコースにボール球となるカットボールを投げて引っ掛けさせ、ショートゴロに仕留めた。続く2番井上に対してもカットボールを初球に投げ、同じくショードゴロに沈め、2アウトとなった。


(2アウト、このランナーを出さなければ次の回、ランナー無しで滝上君も迎えられる。ここが勝負どころね・・・)


(俺が出れば滝上に回る。勝つには俺の出塁が必須!)


3番の伊藤とピッチャー岡野の考えは一致していた。ここが勝負どころになると。岡野は初球右打者の胸元インコースへとストレートを投げた。その球はこの日の岡野の最速85キロだった。女子にしてはかなり速い球であった。続く2球目、アウトコース低めにストレートを投げ、ボールとなり、1ボール1ストライクとなる。3球目4球目とボールが続き、5球目のアウトコースへのカーブを伊藤が食らいつき、ファールにして3ボール2ストライクのフルカウントとなった。ここで岡野は初球と同じコースにカットボールを投げた。伊藤はそれを見逃し、ギリギリボール判定となって出塁した。


(くッ! 力んで少しだけ今ロールが乱れた!)


フォアボールで出塁して仙道リトルは2アウト一塁となった。そして迎えるバッターは仙道リトルの4番滝上。千陽リトルのキャッチャーはマウンドに行き、敬遠の指示を出した。


「敬遠? しないわ。ここで滝上君と勝負出来ないと、私は上に行けない!」


キャッチャーに揺るがぬ意志を持って岡野は滝上との勝負を選んだ。キャッチャーも渋々了承し、滝上との勝負が始まった。岡野は初球インコース低めにストレートを投げるが、滝上はこれを見逃し、1ボールとなる。続く2球目、アウトコース低めギリギリにストレートを投げた。滝上はハーフスイングでバットを止めたが、判定はギリギリストライクとなった。これで1ボール1ストライク。3球目、右バッターの滝上に向かってくるようなカーブを投げたが、俺は滝上が上体をそらして躱し、ボール判定となる。カウント2ボール1ストライクで岡野は4球目に右バッターの胸元で変化するカットボールを投げた。


(よし! これはギリギリストライクに入る!)


岡野はそう思ったが、それは滝上も同じだった。滝上はそのボールを何の躊躇も無く、スイングしてバットに当てた。そのボールはフェンスを遥かに超えてホームランとなった。これでスコアは2-3となった。


(岡野か。もし男子だったらどうなっていただろうな。いいピッチャーだな)


滝上はダイヤモンドを回りながら、天を仰ぐ岡野を心のなかで称賛した。その後調子を崩すかと思われた岡野だったが、5番の戸塚を初球に打たれたカットボールをインコースに投げ、ピッチャーゴロにしてスリーアウトチェンジをした。そしてベンチに戻った岡野はピッチャー交代を告げられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る