20.VS千陽リトル2

 1回の裏、千陽リトルの攻撃は1番バッターが仙道リトルの先発の宮本の球を捉えきる事ができず、2球目のボールを引っ掛けてショートゴロになった。2番バッターも初球を打ち上げ、サードフライに倒れた。しかし千陽リトルの3番バッターが宮本の球をカットし、8球を投げさせ、フルカウントとなり、フォワボールとなって出塁した。


(次は奥山か。こいつは長打あるから警戒しないとな)


宮本は千陽リトルの4番、左バッターの奥山実おくやまみのるを最大限警戒していた。滝上ほどではないが、奥山もいいバッターであり、去年の西東京リトル全国予選では滝上の次にホームランを打っていた選手であった。奥山に対して初球、宮本は強気にインコースを攻めた。奥山はそれを見逃し、1ボールになった。続いてもインコース低めをせめギリギリいっぱいストライクとなり、1ボール1ストライクとなった。奥山に対しての3球目、宮本はまたしてもインコースに投げた。高めのコースへと決まり、奥山は空振りをして1ボール2ストライクとなっていた。球速は97キロ出ており、エースでもおかしくない球速だった。


(よし! 追い込んだ! なら次は!)


宮本は滝上からのサインに頷く。宮本は大きく振りかぶって球を投げた。その球はストレートではなく、山なりの軌道を描いてミットへと向かった。宮本の決め球のカーブだった。奥山はタイミングを外され、空振り三振となった。


■■


「宮本先輩調子良さそうだな!」


「あぁ、でも初回で16球。少し投げすぎかもしれないな。60球の完投はなさそうだな、司」


リトルリーグの9~10歳は1日75球、11~12歳は1日85球の投球制限がある。しかも66球を越えると4日間登板はできない。実際にトーナメントを進むことを考えたら、ピッチャーは60球以内に収めることが条件だった。


「でも実際60球完投なんてできるのか? 高史」


「理論上は10球以内に収めれば行けるだろう。全員三球三振とかな」


この世界ではピッチャーは継投といって、短いイニングで交代していくのが主流となっている。しかしそれでも世間は完投というのを求める風潮があった。


「司なら行けるだろう。完投」


「まぁ無理のない範囲で頑張るよ」


俺達は2回表の攻撃を見守った。


■■


 2回の表、仙道リトルの攻撃は4番の滝上から始まった。千陽バッテリーに緊張が走った。滝上は去年通算打率が6割を超え、ホームランを40本放った怪物であった。しかも公式戦では三振がなかった。まだリトルの頃の記録はあまり今後の野球人生には影響しないと言われているが、この記録は異常であるのは明らかであった。


(仙道リトルの4番。去年の全国覇者の4番。甘いところはすぐに打たれる。最悪あるかせてもいいから、コースギリギリを攻める!)


岡野は振りかぶってボールを投げた。コースはアウトコース低め。主審によってはボールと判定されるところだった。滝上はボールと判断したのかその球を見送った。ところが、主審はストライクとコールした。


(今日はそこを取るのか。なら振るまでだな)


しかし滝上は冷静だった。バッターとして今日の主審のストライクゾーンを見極める、わずか小5にしてそこまで冷静に判断できる人物であった。そんなことを知らない岡野は再びアウトコースにボールを投げる。それに対して滝上はスイングをした。バットにボールが当たり、そのボールはフェンスを軽々超えたが、ギリギリファールになった。


(うそ・・・今のはさっきよりも外側、ボールの球よ。あれをあそこまで運ぶなんて・・・)


(さっきのはボールだったな。意外に伸びがあるせいでちょっとズレたか)


岡野と滝上は対象的に考えていた。岡野はバットに引っ掛けさせるつもりでアウトローに球を投げた。しかしそれを簡単に滝上は流してライト方向に特大のファールを打った。実力の差は明らかだった。


(ダメよ、弱気になっちゃ! 今ので2ストライクと追い込んだ。あれを試す!)


岡野はキャッチャーからボール球の要求をされたが、首を振り、去年のオフで覚えた変化球であるカットボールをインコースと投げた。


(インコースの低め、打てるな・・・いや、これは!)


滝上は一瞬判断に迷った。そのせいでほんの少しバットを振るのが遅れてしまった。滝上がストレートだと思っていた球は胸元で鋭く変化をしたからだ。滝上はそれでも上体を残し、流し打ちをしてライト方向にヒットを打った。


(なるほど、ただの女子だと思わないほうが良さそうだな)


滝上はファーストで岡野を称賛していた。


(くっ! 打たれた! 完全に不意をついたと思ったのに! ・・・ううん、冷静になれ、私。滝上君にホームランを打たせなかったのは大きい。バッターに集中しよ!)


仙道リトルの5番、戸塚を迎えた岡野は冷静に対処をした。ストレートを巧みに投げ分けて2ボール2ストライクと追い込み、最後はカットボールを打たせてショート正面に転がせた。そしてダブルプレーを取った。続く6番松永には初球からカットボールを投げてバットに引っ掛けさせ、セカンドゴロにした。スリーアウトチェンジとなった。


■■


(今のは変化球、手元で変化するやつか?)


ベンチは動揺していた。滝上先輩がシングルヒットに終わったことに。別にヒットだったことが驚きではなく、女子の球でヒットだったことが驚くことだったらしい。


(確か小松原先輩の話だと、去年は打てばほぼホームランだったって言っていたな。それが女子の球でヒット、結果以上にすごいことだぞ、これは)


「高史、今のボールってなんだと思う?」


俺は高史に確認した。高史は腕を組んで少し考えた。


「カットボールかな? 俺も打席で見ないとなんとも言えないけど。スライダーよりは変化していないと思う」


「なるほどねぇ」


千陽リトルは男子のピッチャーがいいと聞いていたが、どうやら岡野さんとの二枚看板らしい。5番の戸塚先輩と6番の松永先輩が討ち取られ、チェンジとなった。俺はベンチから守備につく先輩たちを応援した。


■■


 2回の裏、千陽リトルの攻撃は5番からの打順であった。仙道リトル先発の宮本は5番打者に対して臆すること無くインコースを攻めた。3球で1ボール2ストライクと追い込み、最後はカーブで空振り三振に仕留めた。続いて迎えた6番バッターに粘られてしまい、7球を投げ、フォワボールを出してしまった。1アウト一塁となり、7番バッターを迎えたが焦ること無く、落ち着いて2球目でショートフライに仕留めて2アウトとした。しかし宮本は8番バッターに対して球を甘くコースに入れてしまい、センター前ヒットを許してしまった。そして迎えたのが9番ピッチャー岡野だった。


(ランナーが得点圏にいるとしても次はピッチャーで女子。ここで確実に終わらせる!)


宮本はそう思いながら初球をインコース低めに投げた。しかしそれを岡野はコンパクトなスイングをすることによって右中間を割るヒットを放った。二塁ランナーはそれを見てホームへ突入した。センターからショートへ中継して返球した球は間に合わず、千陽リトルは1点を先制した。その後の1番はファーストゴロに仕留めてスリーアウトチェンジとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る