19.VS千陽リトル1

 6月最後の土曜日、俺達仙道リトルと千陽リトルの練習試合が行われる日。俺は少しだけ早く起きて、朝食の前に近くの公園で素振りを始めていた。


「おぉ、やっているね!」


「おはよう、高史」


公園で素振りをしていると、高史もバットを持って公園へと来た。考えていることは同じようであった。


「先発は誰だろうな?」


「さぁな、少なくとも俺じゃないね。監督から何も言われていないから」


二人で素振りをしながら今日の練習試合のことについて話した。お互いにスタメンの実力は同じくらい。小4の選手には出番が無いかもしれないが、準備だけは怠らないようにしていた。


「でもお前は出るだろ?」


「分からないよ。でもいつでも出られる準備はしておくつもりだよ」


「・・・ミットも持ってきてあるが、投げるか?」


「頼む」


俺達は素振りをやめてピッチング練習を行った。朝食の時間ギリギリまで素振りと投球練習を行って、俺達は自転車でマンションに戻っていった。


「そう言えば、莉子は?」


「あいつは寝ているよ。のんきなのか、出番が無いと思っているのか知らんがな」


「ははっ! 莉子らしいな!」


マンションに帰り、俺は母さんの作った朝ごはんをしっかりと食べた。今日は10時から千陽リトルのグラウンドで練習試合を行うため、仙道リトルのメンバーは現地集合だった。俺と高史と莉子はユニホームに着替えて三人でグラウンドへと向かった。


■■


「あっ! あんた達この間偵察していた人達でしょ!」


俺達三人がグラウンドに着くと、ちょうど小学4年生と思わしき選手がグラウンドの整備をしていた。そしてボールを運んでいたのはこの前会った華蓮という女子だった。グラウンドの入り口でたまたまばったりと遭遇した。


「ボール運びをしているってことはやっぱり俺達と同じ4年生だったんだね。今日はよろしくね!」


「え!? あんた私と同い年だったの!? それにしては身長高くない?」


「ははっ! 良く言われるよ!」


「司、話していないで監督のところへ行くぞ!」


華蓮という女子と話していると高史から注意をされて、俺達は監督の元へと向かった。莉子が若干睨んでいるような気がしたが、気にしないことにした。俺達は監督の元に行った後、アップの指示を受けたので、時間まで高史と莉子とアップを始めた。しばらくすると続々仙道リトルのメンバーが来て、千陽リトルの厚意によってノックし、ピッチャーは投球練習を開始した。そして練習試合の時間を迎えた。


「全員集合! これよりスタメンを発表する! 呼ばれた者は返事をするように!」


1番 ショート 塚本春樹つかもとはるき 小6

2番 センター 井上誠也いのうえせいや 小6

3番 ファースト 伊藤興毅いとうこうき 小6

4番 キャッチャー 滝上剛たきのうえつよし 小5

5番 レフト 戸塚直樹とつかなおき 小6

6番 サード 松永裕介まつながゆうすけ 小6

7番 セカンド 糸川賢治いとかわけんじ 小5

8番 ライト 斎藤明さいとうあきら 小5

9番 ピッチャー 宮本涼みやもとりょう 小6


監督から言われたスタメンはピッチャーの永野先輩が登板しないことを除けばベストオーダーだった。練習試合とはいえ、本気で勝ちに行くつもりのようだった。スタメンに選ばれなかった俺だが、監督から直々に今日投げるということを言われたので、俺はそのつもりで気合を入れた。


「司、やっぱり向こうの先発はあの女子のようだぞ」


「そうみたいだね。でも、こっちを舐めているわけではなさそうだよ」


香澄という女子のボールは速かった。もちろん小6男子の平均球速よりは遅いと思うが、女子にしては速い方だと思った。


(コントロールも良さそうだな。別のリトルならエース級かもな)


俺はそんなことを考えながら今日の練習試合の主審をする父兄の方から呼ばれ、整列して挨拶をした。いよいよ仙道リトルVS千陽リトルの練習試合が始まった。


(岡野架純おかのかすみ、左投げのピッチャー。意外と苦労するかもな)


■■


 1回の表、仙道リトルの攻撃は1番の塚本から始まった。千陽リトルのピッチャー岡野は初球アウトコース低めギリギリのストライクゾーンに球を投げた。


(いいコントロールだな。確か去年は中継ぎで投げていたっけな。女子だと思って油断しているとやられるな)


塚本は一度打席から離れ、気合を入れ直す。再び打席に入り、主審がコールをして試合が再開した。岡野の2球目もアウトコース低めだったが、外れてボールとなった。1ボール1ストライクとなった3球目、岡野はインコース高めでギリギリストライクに入る球を投げ、1ボール2ストライクとなった。続けて4球目と5球目は塚本がファールにしてカウントに変化はなかった。6球目、インコース低めのストレートを引っ掛けて塚本はセカンドゴロに討ち取られた。そして2番打者の井上は初球、インコース高めを打ったがライトフライに打ち取られた。


(滝上君の前にランナーを出すのは怖い。あれもできれば避けたい。ここは絶対アウトにしないと!)


岡野は冷静だった。この試合のキーマンは仙道リトルの滝上だと理解していた。4番の滝上を処理できればなんとか勝てると踏んでいた。そのため、滝上の前でランナーを出すのは避けるべきだった。


 3番伊藤に対して岡野はインコース高めにストレートを投げた。伊藤はそれを見逃し、1ストライクとなった。続けて岡野はアウトコース低めにボールを投げ、2ストライクと追い込んだ。


(このピッチャーコントロールいいな。対角に投げられるとアウトコースが遠く感じる。たが、次は当てられる)


伊藤は狙い球をアウトコース低めにした。続いて岡野はインコース低めへと球を投げたが、ボールとなり、1ボール2ストライク。岡野は次にアウトコース低めへと球を投げた。伊藤は狙い球が来たため、踏み込んでスイングをしてバットに当てた。しかし、その球は打ち上がり、レフトフライに倒れてスリーアウトチェンジとなった。


■■


「伊藤先輩が外野フライとはな。高史、どう思う?」


「そうだな。手元で意外と伸びるのか、思ったよりも球威があったのか、もしくはその2つか・・・」


「だよな」


岡野さんは11球という球数で俺達仙道打線のスタメンを0点に抑えた。彼女は女子選手の中ではトップクラスといっても過言ではないと思った。


(この世界の女子選手ってレベル高くね?)


前世の世界の女子野球選手の実力は知らないが、間違いなくこの世界の女子の実力は高い方だと俺は思っていた。


■■


(すごい・・・岡野さんって言う人)


私はそのピッチングに魅了されてしまった。由佳や小松原先輩もピッチングがすごいと思った事はある。でも岡野さんのピッチングはそれ以上だった。うちの男子の打線にも物怖じせずにインコースに投げ、アウトを取っていく。力で押すと言うよりも精密なコントロールで打ち取るというスタイルだった。


(司にもコントロールはいいと言われていた。あれが多分、私の理想の投球スタイル・・・)


そして岡野さんはそれを突き詰め、男子にも負けないピッチングをしていた。私は仙道リトルのベンチにいながら、その投球を観察していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る