18.偵察へ

「6月最後の土曜日、千陽せんようリトルとの練習試合が決まったぞ。夏の全国予選大会前にお互いの戦力の確認も込めてやることになった」


梶監督から練習前に招集され、知らされた。千陽リトルは俺達仙道リトルのライバルでもあるチームだった。千陽リトルは西東京地区に振り分けられ、全国を目指す予選で仙道リトルは何度もぶつかってきた存在であった。


「分かっていると思うが、これは夏の予選の事前試合だ。去年はうちが勝って全国への切符を手に入れた。向こうはその御礼参りといったところだろう。それにお互い、今の戦力の確認をするためだ。だからこちらも遠慮なくするつもりだ。ベストメンバーを選ぶからそのつもりでいろ!」


「「「「「「「はい!」」」」」」」


スタメンを狙い、全員が気合の入った目をした。


■■


「次、チェンジアップを投げるぞ、高史!」


「来い! 司!」


俺は振りかぶってチェンジアップを投げる。俺の投げたボールは普段のストレートと違い、ブレーキがかかったかのように遅く、沈んでいった。バッターからしたら球速以上に遅いと感じるのではないかと俺は考えている。


「ナイスボール! これで完成だな!」


俺はなんとか夏の予選前にチェンジアップを完成させた。正直小4でここまでの球を投げられれば打たれることはそうないだろうと思っていた。ただ一人を除いて。


「滝上先輩! 打席に立ちますか?」


「いや、いい。続けろ、野神」


高史の近くで滝上先輩は俺の球筋をしっかりと見ていた。高史がバッターボックスに立つかと誘ったが、断わって俺の投げる球をじっと見ていた。


■■


「司のチェンジアップが完成しました。滝上先輩。ストレートとあのカーブを合わせればリトルの内は打たれないと思います」


「川谷、それは俺も含めてか?」


「・・・それはわかりません」


俺は司の投球練習を手伝いながら滝上先輩と会話をしていた。滝上先輩は俺の後ろでしっかりと司の球筋を把握していた。その様子から恐らく打席に立って実際に戦いたいのだろう。しかしそれをしないのは次戦う千陽リトルで司が登板する可能性があったからだ。ここで万が一司の調子が下がるのはチームとして痛手となる。滝上先輩はそれを分かってただ見るだけにしていた。


(まぁ滝上先輩は打てるって思っているだろうけど、俺は打ち取れるって思っているけどな)


実際小4で変化球を2球種持っているやつはいないと思っている。そもそもストレートの速さも桁違いだった。145cmから投げられるストレートは最速100キロ後半、しかも伸びとキレが抜群。司みたいなやつが日本代表になるのかと思っていた。


「滝上先輩も受けますか? 千陽リトルで登板する時のために、変化球は受けておいた方がいいと思います」


「・・・そうだな。受けさせてもらう」


俺は司に事情を伝え、滝上先輩とキャッチャーを交代した。交代した滝上先輩はミットでいい音を鳴らしながら、司のボールを捕球していた。


■■


「ごめん! 今は野球のことだけ考えたいから、付き合えない!」


俺は昼休み、同じ学年の女子に呼び出されて告白を受けていた。俺はハッキリ言ってモテる。この前行った運動会で大活躍をしたため、女子から好意を寄せられることが多くなった。この時期の女子は大抵運動神経のいいヤツを好きになるからしょうがなかった。俺は告白を断った後、教室へ戻った。


「よう司、で、どうした?」


「断ったよ。嬉しいけど、流石に名前すら知らない女の子と付き合えないよ。俺は女子なら誰でもいいっていう男にはなりたくないからな」


「そうかよ。モテる男子は言うことが違うね」


「ていうか、小4から男女交際とか早すぎない!? 普通そういうのって高校からだろ!」


「・・・お前って時々父さんみたいな考え方するよな」


俺が転生者からなのか、最近の小学生女子のおませっぷりには驚きを隠せない。聞いたところによると他のクラスのイケメン男子はもうすでに男女の仲にあるやつもいるらしい。前世の世界が遅いのか、この世界が早いのか、俺には分からなかった。


「そ、それより司って、す、好きな人とか本当にいないの?」


莉子が顔を赤くしながら俺に訪ねた。莉子もそういうのが気になるのだろうか。なんだか莉子が遠くに感じてしまった。


「いや、本当にいないね。今は野球しか興味ないからね」


「へぇ・・・」


莉子ががっかりしたような目で俺を見ていた。高史もなんとも言えないような表情をしていた。そんなことを話しているとチャイムが鳴った。


■■


「司、千陽リトルの偵察に行くぞ!」


「OK!」


俺と高史は監督からの許可をもらい、千陽リトルの偵察へ今日行くことになった。練習試合をするのでそんなことは要らないという意見もあったが、俺は実際に戦う選手がどんなものなのか一目見ておきたかった。高史も俺と同じ意見なので一緒に来た。


「高史、千陽リトルってどんなチームか知っているか?」


「俺も詳しくは知らない。木部先輩に聞いたけど、6年生にすごい男子のピッチャーがいるってことぐらいだな」


自転車を漕ぎながら俺達は千陽リトルが練習しているグラウンドへと到着した。俺達は邪魔にならないようにグラウンドの端に移動して練習を見学することにした。


(へぇ、やっぱりみんな上手いな)


練習を見ている限り、千陽リトルの守備は上手い。この前戦った東山リトルも上手かったが、それ以上に上手かった。一つ一つの動作に切れがあった。


「さすが俺達仙道リトルのライバルって言われるリトルだな。全員の動きがいい。あっちで投球練習しているみたいだから行ってみようぜ」


俺達は投球練習している場所の近くに移動した。ピッチングをするエリアには小学6年生と思われる男子が投球練習していた。


「早いな・・・」


「そうだね」


横から見た感じ、スピードは俺より少し早いくらいだった。小学6年生の平均球速よりも速かった。


(変化球見せてくれないかな。どんなボール投げるか見てみたい)


「こらー! そこ! 何見ているの!」


俺がそんなことを考えていると、後ろから女子の声が聞こえて怒られてしまった。俺と高史はびっくりして振り向くとブロンドヘアの恐らくハーフの女子が腰に手をついて怒っていた。


「あんた達仙道リトルの偵察ね! ずるいわよ!」


(ずるいも何も偵察は立派な作製だと思うけどな)


俺はそんなことを思っていたが、子供からすれば自分のチームを対戦前に見られるというのは面白くないらしい。


「こら、華蓮かれん。偵察も立派な作戦の一つよ。それに女の子がそんなに怒っちゃダメだよ」


香澄かすみ先輩・・・」


ブロンドヘアの女子、華蓮という女子の後ろから香澄というボブヘアの大人っぽい女子が現れた。


「君達仙道リトルの選手でしょ? いいこと教えてあげるわ。次の練習試合、先発は私よ。でも、舐めてかかると痛い目見るわよ」


香澄という女子から宣戦布告をされた。少し騒がしくなったので、俺達はそのまま仙道リトルの練習へと向かった。


(身長は俺よりも高い、150cm後半はあるな。本当に舐めてかかると痛い目見るかもな)


俺はそんなことを思いながら投げ込みを行った。

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