17.VS東山リトル3

 4回表の仙道リトルの守備、ファーストの川谷莉子がピッチャーになり、ピッチャーの村上がファーストに守備位置を変えた。川谷莉子が数球の投球練習を終えると、試合が再開された。東山リトルの攻撃は7番からの下位打線からだった。


(7番からの下位打線とはいえ、しっかり投げないと打たれる・・・)


川谷莉子は緊張していた。初の試合、初のマウンド、小学4年生の彼女が緊張しない理由はなかった。そのせいもあり、7番バッターに投げたボールは川谷高史のインコースの要求とは異なり、真ん中付近へと投げ込まれた。川谷莉子のボールは村上ほど速くない、そのため村上のボールを一度見ていたバッターはその初球を捉え、レフト前に運んだ。


(落ち着いて・・・私。最初からヒット打たれることなんて想定済み。ホームに返さなければ大丈夫よ・・・)


川谷莉子の思いとは裏腹に続く8番バッターにも左中間を割るツーベースヒットを打たれた。ノーアウト二塁三塁のピンチを迎え、ピッチャーの9番打者を迎えた。


(大丈夫だ、莉子。お前の持ち味のコントールをしっかりすれば、防げる!)


川谷高史は得点を防げる自信があった。川谷莉子のコントロールは村上よりも良い。ストレートしか球種は無いが、四隅に投げられることができれば打ち取れると考えていた。川谷高史はアウトコースの要求をして、川谷莉子もそれに頷いた。


(ノーアウト三塁の場面、スクイズも考えられる。アウトローに投げて、様子を見よう)


川谷高史はスクイズの警戒をして、アウトコースの低めギリギリにストレートを川谷莉子に投げさせた。川谷高史の予想は当たり、9番バッターはバントの構えをして、三塁ランナーも走り出した。しかし川谷莉子のボールがアウトコースに行かず、またしても真ん中へと向かった。それをバッターが見逃す分けなく、ファースト方向へのきれいなバントを決められた。一塁はアウトになったが、三塁のランナーは生還して6-4となった。そして川谷高史はすぐにタイムを取ってマウンドへと向かった。


■■


(やっちゃった・・・)


私はかなり動揺してしまった。ボールが上手くコントロールできないことに。私は指先を確認した。かなり冷たくなっている。緊張している証拠だった。


「莉子。大丈夫か?」


「高史・・・ごめんね・・・」


私は高史に自然と謝ってしまった。そして私の目には涙が出てきてしまった。


「莉子、泣くのはこの回が終わってからにしな!」


私が泣きそうな顔になっていると、ファーストを守っている由佳が私に話しかけてくれた。


「私は5失点もしたんだ! 1点取られたぐらいで泣くんじゃないよ!」


由佳は私を励ましてくれた。自分も6失点して辛いはずなのに、その表情には強い意志を感じた。


「そうだよ! 莉子! まだまだこれからだよ!」


「うん! 私のところに飛んできたら、絶対アウトにするから打たせていいよ!」


気づけば内野全員がマウンドに集まってくれて、小松原先輩や平田先輩が私を励ましてくれた。その言葉に私は勇気をもらった。


「莉子。ボール自体は悪くない。腕を振れ。そうすれば大丈夫だ!」


「高史! 厳しいところ要求していいから! 絶対にミットに投げ込むわ!」


私がそういった後、みんなそれぞれポジションへと戻り、試合が再開された。


■■


(莉子も5失点か・・・)


9番のスクイズで1点を奪われた後、続く1番バッターにもツーベースヒットを許し、2点目を奪われた。その後、2番バッターをなんとかセンターフライに討ち取ったが、3番にヒットを許し、4番にスリーランホームランを打たれて5失点となった。6番をなんとかセカンドゴロに仕留め、スリーアウトチェンジとなった。


「莉子! お疲れ様!」


「司・・・ありがとう。でも5回から交代だってさっき言われた・・・しかもベンチに・・・」


「莉子・・・」


俺はなんと声をかけていいか分からなかった。莉子は頑張った。最初制球が定まらなかったが、すぐにそれを修正して見せた。しかしやはり球威の問題なのか、ボールは捉えられてしまった。


「大丈夫。悔しいけど、自分の実力は分かったつもりだよ。・・・いつか必ず司と肩を並べられるようになるから!」


ぎこちない笑顔を見せて莉子は奥へと引っ込んだ。俺はその後を追わず、一人にさせてあげた。


「大丈夫。子供にはこれがいい経験になるはずだ・・・」


「いや、お前も子供だろ!」


俺はボソっと無意識に呟いていたらしく、近くにいた高史に突っ込まれてしまった。


■■


 4回の裏、9番の村上から始まる打線だったが、村上はボールを打ち上げてライトフライに倒れた。続く1番磯辺がヒットで出塁するも、2番の平田がセカンドのダブルプレーに倒れてチェンジになった。10-4、逆転は絶望的だった。


 5回の表、仙道リトルはセカンドの小松原をピッチャーにして、セカンドには6年生の井上誠也いのうえせいやを導入した。


(莉子と由佳には悪いけど、私もここでアピールしないとピッチャーとしての登板は難しい。だから1番目立たないと!)


小松原は気合が入っていた。今回は4年生メインの試合だが、仙道リトルの控え選手にもスタメンを掴むチャンスでもあった。登板した小松原は安定したピッチング見せていた。7番バッターを初球でライトフライに抑え、続く8番バッターには粘られたが、変化球のカーブを上手く使って空振りを取った。9番バッターにもカーブを駆使してタイミングを外し、ファーストゴロに討ち取ってチェンジした。


 5回裏、3番の小松原がピッチングの調子に続いてヒットを打つと、続く4番の塚本がホームランを放った。スコアはこれで10-6となった。その後、5番の木部と6番の川谷高史がヒットで続くも7番金村がダブルプレーに倒れ、8番に入った井上もセンターフライに倒れてしまい、攻撃を終えた。


 6回表、東山リトルの最後の攻撃。1番から始まる好打順だったが、小松原はストレートとカーブを駆使して三者凡退にした。続く裏の仙道リトル最後の攻撃、5点差をひっくり返すために奮闘をしたがそれも叶わず、無得点に終わって練習試合が終わった。結果は10-6で仙道リトルの敗北だった。


■■


(負けか・・・莉子と村上さんだけで10失点。大丈夫かな・・・)


俺は心配していた。彼女らは小学4年生の子供。このことがきっかけで野球をやめてしまうのではないと。俺は転生者なので負けてもそれは人生の糧となると思うが、子供はそう思わない。どう声をかければいいか分からなかった。


「莉子! 走り込み行くよ!」


「うん! 行こう、由佳!」


しかし俺の心配は杞憂のようだった。練習試合が終わった後の二人の顔に悲壮感はなく、むしろやる気に満ち溢れていた。


(俺も負けていられないな!)


俺は高史を呼んで、試合に出られなかったストレスを発散するように投げ込みを行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る