14.高史と莉子の思い

バシン!


「だいぶ上手くなったよ! 美咲!」


「ありがとう! 司君!」


美咲は俺との訓練の後、メキメキとキャッチャーとしての才覚を現していた。練習試合まで数日と迫っているが、もしかしたら高史や磯辺を差し置いてマスクをかぶるかもしれないと思っていた。


(本気で俺は投げていないと言え、生きたピッチャーの俺のボールを取れるようになるとはな)


美咲は意外とミットでいい音を鳴らす。ピッチャーを乗せるのがうまそうだった。


■■


(マジかよ・・・)


俺は司と金村さんの練習を見て驚愕していた。あの金村さんがたった数日で俺並みにキャッチングが上手くなっていたことに。もちろん、司は本気で投げていはいない。それでも彼女は柔らかいキャッチングをするので、もっと練習すればかなりいいキャッチャーになると俺は思ってしまった。


(このままだとまずいかもしれない・・・)


金村さんが頭角を現したことで俺は正直自覚してしまった。うぬぼれを。磯辺が外野手の練習の方を優先させているため、必然的に俺達の世代のキャッチャーは俺だと思ってしまった。


(金村さんのバッティングは俺よりも下。ただ、それもどうなるか分からない。彼女は段々とバットに当ててきている。もっと練習しないと!)


俺はまずバッティングの方を向上させるために素振りを始めた。


■■


(つ、司君って呼んでいる・・・)


最近美咲ちゃんと司の距離が縮まっている気がする。いや、絶対に司が美咲ちゃんに特訓をした日から縮まっている。私は胸の中でざわざわした思いを感じていた。


「莉子、ランニング行くよ」


美咲ちゃんと司の様子を見ていると由佳にランニングの誘いを受けたので、一緒に走った。


「・・・あんた余計なこと考えているでしょ」


「え!? いや、それは・・・」


図星だった。頭の中には今、笑顔で投球練習をしている司と美咲ちゃんの絵が浮かんでいた。


「ライバルだと思っていたのは私だけだったみたいね」


そう言うとそこから私と由佳の会話はなかった。グラウンドに戻り、私と由佳は早速ピッチング練習をすることにした。


「次! フォーク行きます!」


隣で投げている由佳が木部さんに向かってフォークボールを投げた。変化量は少ないけど、内野アウトや空振りを取れるボールだと私は思った。


(私もなにか変化球覚えないと。司に相談してみようかな)


私はそんなことを考えながらピッチング練習を行い、その日の練習を終えた。そして私は一緒に自転車で帰宅する司に変化球について相談することにした。


「うーん・・・今から覚えることはやめたほうがいいんじゃないか?」


「でも、ストレートだけじゃ打たれちゃうよ・・・」


由佳に比べると私のストレートは遅い。完全に由佳の下位互換だと思っている。だからこそ変化球を覚えて、少しでもいいピッチングをしようと思っていた。


「確かに変化球を覚えるのはいいと思う。でも、練習試合までもう残り少ない。いまから着手しても覚えられないし、なにより変な癖をつけるかもしれない。俺は推奨しないな」


「俺も司に同感だ。莉子、焦る気持ちは分かるが、急ぐ必要は無いと俺も思う。野球は一朝一夕で上手くはならない。金村さんは数日で上手くなったが、あれは例外だと思ったほうがいい。まずは今やっている練習をする方が大事だ」


高史からも焦るなと言われた。高史は美咲ちゃんが上手くなって、自分のポジションが危ういのに焦っている様子はなかった。内心はどうか知らないけど。


「・・・なぁ久々に三人でキャッチボールしないか?」


司からの提案で私達はいつもの公園でキャッチボールをすることにした。最近はリトルの練習が終えれば疲れてそのまま家に帰り、土日もリトルの練習のため、公園でキャッチボールをすることは少なくなっていた。


「莉子、お前の長所はコントロールだと思うぞ」


「え!? コントロール?」


司にコントロールが長所と言われるとなんだか嬉しい気持ちになる。司はすでにボール1個分の出し入れができるコントロールができる。そんな人物が認めてくれたことはシンプルに気持ちよかった。


「莉子はサイドスローだろ。左バッターの胸元に向かってくるストレートはかなりいいと思うぞ。確かにスピードは無いけど、俺はスピードよりもコントロールの方が重要だと思うから。な! 高史」


「そうだな。いくら速くても指示通りの場所に飛んでこないとキャッチングが難しいし、リードも大変だからな。俺もコントロール派のピッチャーの方がいい」


「だから自分のピッチングに自信を持ったほうがいいよ、莉子。変化球は全国大会が終わってから一緒に練習しよう!」


「本当だよ! 約束したからね! 司!」


その後も私達は当たりが少し暗くなるまでキャッチボールを続けた。そして私は自分のマンションの家に戻り、お風呂に入った。


(私、司のこと好きだわ・・・)


司とは幼稚園から一緒で一緒に育ってきた。最初は一番の友達だと思ったが、一緒に野球をするようになり、一生懸命な司の姿を近くで見て好きになってしまった。


(初恋・・・なのかな・・・)


だから私は美咲ちゃんと一緒に楽しくしている様子を見ると、モヤモヤしてしまう。美咲ちゃんとも友達なのにそれがとても申し訳なかった。


(ダメダメ! 今は次の練習試合に集中しないと! もしかしたら先発するかもしれないし!)


私は一旦この気持ちを置いておくことにした。生半可な気持ちで野球をするわけには行かないと思ったからだった。私はお風呂上がりのストレッチをした後、明日に備えて寝た。


■■


カキーン!


「おうおう! 気合入っているな!」


「磯辺か、当たり前だろ。次の試合のマスクをかぶるのは俺だ!」


昨日、莉子には焦るなと行ったが、俺は内心少しだけ焦っていた。とはいってもやることはいつもと変わらない。普段通りの練習をして己を磨くことだけだった。


「仙道リトルは滝上先輩という絶対的なキャッチャーがいる。でもな、俺は諦めねぇよ。滝上先輩からスタメンを奪うことを」


俺はひたすらバットを振る。目標である近藤選手、そしてプロ野球選手になるために。


■■


「監督、どうします? 明日のスタメン」


リトルのコーチである長内和幸おさないかずゆきから電話で俺はスタメンについて訊かれた。正直迷っている。ピッチャーとキャッチャーのスタメンを。


「ピッチャーの川谷莉子は球威が無いですが、コントロールはいい。逆に村上は小4女子としてはスピードがありますし、フォークという武器もあります」


ピッチングスタイルの異なる二人のピッチャー、どちらにも長所があり、迷っていた。


「そして一番迷うのが、キャッチャーですね。数日前までは磯辺が外野手に転向したため、川谷高史一択でしたが、金村も野神の指導から頭角を現しています。ピッチャーが女子ならキャッチャーも女子の方がいいんでしょうか?」


俺は考える。明日は4年生を試すと言っても負けるつもりはない。そして俺は決めた。


「スタメンは決めた。後は選手に任せよう」


俺はそう言って、電話を切った。そして練習試合の当日を迎えた。

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