13.金村さんと特訓

「まずは俺が近くでボールを投げるから、目を閉じずに見るんだ!」


「う、うん!」


俺は今日の残りの時間の自主練を金村さんと過ごすことにした。理由は金村さんのキャッチャーとしての実力を上げるため。彼女は恐らくボールが怖いのだろう。ジュニアの時もそうだったが、捕球でよくエラーをしていた。ボールに目をそむけているからだ。俺はそれを治すために金村さんにマスクをつけさせ、マスクにボールをぶつけるトレーニングをしていた。


「ほら! 目を閉じない!」


「で、でも、ボールが来ると自然に目瞑っちゃう・・・」


「じゃあボールを見ずに、俺を見て!」


「野上くんを? わかった!」


人間は目の前にものが来ると反射的に目を瞑ってしまうものだ。だからボールばかり見るのではなく、意識を俺に向けさせた。しばらくトスでボールをマスクに当てていると、段々と金村さんはマスクにボールを当てても目を開けていられるようになっていた。


「よし、金村さん! 明日って暇?」


「明日? うん、でも月曜日の放課後って練習あるよね?」


「俺から監督に伝えておくから一緒に訓練しない?」


「え!? でも、それって・・・」


「大丈夫、後悔させないよ」


俺に考えがあった。大分古典的な方法だが、目が慣れている内にやっておきたかった。


「う、うん・・・」


「じゃあ、キャッチャーの防具持ってバッティングセンター合流ね!」


「え・・・」


バッティングセンターでの捕球練習。速い球を受ける練習にはもってこいだった。明日バッティングセンターは通常お休みだが、あそこの店主は俺の母さんのファンだったらしいので、無理を言って何度か高史の練習で開けてもらったことがある。俺は母さんから月にバッティングセンター代をもらっているが、先月はあまり使わず、今月も行っていないのでお金は大丈夫だった。


「俺は監督に言ってくるから、また明日ね!」


俺はそう言ってその場を離れた。そしてその足で俺は監督の元へと向かった。監督に事情を話し、許可をもらい、金村さんの特訓が決まった。


「ふ、二人きりでデートぉぉぉ!」


「いや、莉子デートじゃないって。金村さんの特訓だよ・・・」


俺と高史と莉子は練習が終わり、一緒に帰宅した。その際に明日俺は練習に出ず、金村さんの特訓に付き合うことを伝えた。


「なぁなんでそこまでするんだ? 前に俺のライバルがいたほうがいいって話に繋がるのか?」


「それもあるけど、単純に金村さんに野球を好きになって欲しいからかな。なんとなくだけど、金村さんは楽しくしていないような気がしたからね」


金村さんは常に笑顔だったが、その笑顔が偽物だということには気づいていた。周りを心配にさせないためだろう。それでも野球をやめなかったのは、心のそこではやりたいと思っているからではないかと思った。


「単純に後悔してほしくなかったからね。死んだ時、やっとけばよかったって」


「いや、俺たちまだ小4だろ・・・」


「・・・そうだったな」


莉子がなんだかご機嫌斜めだったが、俺達は一緒に帰った。


■■


「おっいたいた!」


「あっ野神君・・・やっぱりユニホームなんだ」


「そりゃそうだろ。てか金村さんこそなんで私服なの? 今日は訓練するって言ったよね?」


「うん・・・トイレで着替えるね」


俺達はリトルの練習場の近くのバッティングセンターへと来た。なぜか私服で来た金村さんはトイレでユニホームに着替えている間に俺は店主に料金を払った。料金の精算を終えると、ユニホームに着替えた金村さんがいた。


「じゃあ、プロテクトをつけて。今日は前払いで1万円払ったからしっかりやってもらわないと!」


「い、1万円も払ったの!」


金村さんは驚いていた。そう言えば俺は精神年齢が大人のため、1万円と言われてもちょっと高いなと思うくらいであったが、小学生にしてみれば10万円くらいの価値がある。そのことを忘れて金村さんに伝えてしまったため、逆に緊張させてしまったと思った。


「ま、まぁ。金額を置いておいて、使える球数は100球だから、さっさとやっちゃおう!」


困惑する金村さんを引っ張って90キロの場所に連れ込んだ。バッターボックスに入った金村さんは頭を振り、キャッチャーのポジションに座ってミットを構えた。


「まずは10球来るから受けてみて!」


俺は金村さんが頷いたのを確認して、スタートのボタンを押す。するとビデオに写ったピッチャーが振りかぶってボールを投げた。しかし金村さんは初球、ミットを引いて躱してしまった。


「金村さん! 練習を思い出して!」


俺はバックネットから声をかける。金村さんも俺の言葉に返事をして再びミットを構えて準備をする。


「怖がらなくていいよ。キャッチボールを思い出して!」


俺がそう言うと金村さんは頷いた。そしてピッチングマシーンからボールが放たれる。金村さんはミットをかなり流してしまったが、ボールをキャッチすることが出来た。


「やったー! 金村さん! 忘れない内にもう1回!」


「うん!」


残りの8球も金村さんはミットを流しながらだが、取ることが出来た。すると金村さんは飛び出して俺に抱きついてきた。


「やった! 野神君! 取れたよ!」


「おめでとう! じゃあ次行こうか!」


「・・・え」


その後俺は動画で見た知識を使い、金村さんにキャッチャーのキャッチングの仕方を教えた。金村さんは意外と運動神経が良く。わりとすぐに手だけじゃなく、身体をつかったキャッチングをできるようになった。


「よし! 次は胸のプロテクトにわざとボールを当てて、身体でボールを止める感覚を掴むんだ!」


「・・・え」


金村さんは俺の指示通り、胸のプロテクトにボールを当てて身体でボールを止めるようした。そんなこんなであっという間に100球を使い切った。


「金村さん、おめでとう! 次は公園に行ってスローイングの特訓をしよう!」


「・・・」


俺達はバッティングセンターを後にして、自転車で近くの公園へと向かった。野球がワールドスポーツになっているため、前世と違い、キャッチボールを禁止している公園が少ないのはとても助かった。


「金村さん、ピッチング練習をしよう!」


「え!? ピッチング練習?」


「金村さんは腕だけを使って、ボールを投げているんだよ。だからその感覚を矯正するために、ピッチング練習をして身体全体で投げる感覚を掴むんだよ」


「わかったよ! 野神君! 私やるよ!」


「ありがとう! じゃあマスクだけ借りるよ」


「え!?」


俺は金村さんからキャッチャーのマスクを借りて、準備をした。本当はプロテクターもつけたかったが、金村さんと俺じゃ身体のサイズが違うため、諦めた。金村さんからマスクを受け取る時、なかなかくれなかったのは気になったが。


(よし! いい感じに投げられているな!)


やはり金村さんは筋がいい。球は速くないが、スローイングの基本はできるようになった。あとの成長は本人の努力次第だと思った。いい時間になったので俺達は特訓を終えることにした。


「あの! 野神君!」


「ん? どうしたの? 金村さん?」


「私のこと、美咲って呼んでいいから!」


「・・・わかったよ! 美咲! じゃあスタメン目指して頑張ってくれ!」


俺はそう言うと自転車に乗って先に帰った。


■■


(野神君・・・)


私に芽生えたこの気持ちは自分がキャッチャーのスタメンになるまで取っておこうと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る