12.キャッチャーの克服
「行くぞ! 高史!」
「よし、来い!」
俺は振りかぶっていつものオーバースローをした。放たれたボールはすぐに高史のミットには届かなかった。ブレーキが聞いたように遅く、少し落ち気味にミットに届いた。初めてチェンジアップを覚えようと日から1ヶ月で俺はチェンジアップを投げられるようになった。ボールを受けた高史はマウンドの俺の元へやって来た。
「コースへの投げ分けはもう少しだが、チェンジアップ自体はほぼ完成だと言えるよ。あとはコントロールだな」
「あぁ、意外と速く出来て良かったよ!」
全国大会予選のギリギリに完成すると思っていたが、どうやら公式戦の前までには完成できそうだった。
「おーい! 野神!」
「永野先輩!」
俺と高史がピッチングエリアでチェンジアップの感触を確かめていると、永野先輩が手を振ってこちらへとやって来た。
「どうしたんですか? 何か用ですか?」
「大した用事じゃないよ。野神の調子はどうかなって思ったのと、俺も投げ込みしたくてね!」
そう言うと永野先輩は高史をポジションに戻し、キャッチボールをして肩を温めていた。
「永野先輩なら滝上先輩に受けてもらえばいいじゃないですか。エースなんだし」
「いやいや、エースは野神でしょ! 小4で100キロ超えて変化球も抜群。おまけにバッティングもいい。俺が勝っているのは顔だけだな!」
「・・・そうですね」
永野先輩は右投げのオーバースローで最速は100キロ。変化球もカーブがあり、エースと言って差し支えないピッチャーであった。
「そんなことより、野神。女子は好きか?」
「え!? ・・・まぁそりゃ」
精神年齢がもうかなり大人なので同級生で興奮するかはともかく、やはり男として生まれたので女の子は好きだった。
「そうか! そうか! で、野球も好きだろ?」
「当たり前じゃないですか」
「特に強い選手と戦うのが好きだろ?」
「そうですね。滝上先輩みたいな選手と戦うのはやっぱり、高揚すると言うか、ねじ伏せたい気持ちになりますね」
「うん! やっぱり俺の見込んだとおりだな!」
永野先輩はそう言うとキャッチボールをやめた。俺はそのまま投球練習をするのかと思ったが、そのままピッチング練習をやめてランニングに行ってしまった。高史も不思議そうな顔をしていた。
(なんだったんだ? 永野先輩?)
俺は仕方ないので、再び高史と投球練習を始めた。
■■
「来週の土曜日、4年生を中心とした練習試合を行う! 4年生は各自そのつもりでいろ! ただし野神は出さないからな」
全国大会予選が行われる1ヶ月前の6月、リトルのメンバーを招集して練習試合で4年生を使うことを伝えた。俺以外の4年生は初の試合となる。俺以外の5人はとても緊張している様子が伺えた。
「見ていろよ、司! 今度の試合で俺はスタメンを掴むぜ!」
「私も絶対抑える!」
高史と莉子はとても気合が入っていた。すぐにスタメンになれるかは別として、この試合でアピールできれば確実にスタメンが近づくのは間違いなかった。
「莉子、負けないから」
「私だって、負けないよ」
俺達が三人で話していると、村上さんが俺たちに近づいて莉子にそう言った。俺が試合に出ないとなると先発は莉子か村上さんのどちらかとなる。お互い先発は譲らないようだった。
「俺も磯辺に負けないようにしないとな・・・」
「何言っているんだ、川谷。俺は外野のスタメンを目指すぞ」
「はっ!? 磯辺、お前キャッチャー志望じゃないのか!」
莉子と村上さんがバチバチであり、俺もてっきり高史と磯辺もバチバチになると思っていたが、磯辺はキャッチャーではなく、外野のスタメンを狙っているらしい。
「別にキャッチャーをやめたわけじゃねぇよ。ただ俺は自分の長所を活かすことにしたんだよ」
(なるほどね)
磯辺の長所は反応速度と足の速さだった。俺も練習中何度か磯辺とバッテリーを組んだことがあったが、正直反応速度は磯辺のほうが上だった。それに磯辺は俺達4年生の中で一番足が速い。それらを考えると外野というのは磯辺にとって一番合うポジションだと俺は思った。
「あと、川谷。俺だけを見ているんじゃねぇぞ。もう一人いるだろ、キャッチャー」
磯辺は村上さんの近くいる女子を指さし、自分の練習へと向かって行った。セミロングヘアの綺麗な髪をしている癒し系の金村美咲さんだった。彼女も一応キャッチャー志望。しかし、一度もマスクを被っている姿を俺は見たことなかった。理由は単純。彼女はキャッチングとスローイングが下手くそなのだ。そのため、去年の紅白戦でもキャッチャーとしての出場はなかった。
「なぁ高史。やっぱりライバルって必要だよな」
「はぁ? どういうことだよ?」
俺は村上さんの近くにいる金村さんの元へと向かった。俺が金村さんに近づくと金村さんは少し驚いた表情をしていた。
「金村さん、今時間ある?」
「な、なにかな! 野神君!」
「俺のストレート取ってみる気ない?」
■■
(どうしよう・・・取れるかな・・・)
私は野神君に誘われて私はなぜかキャッチボールをしている。私は久しぶりにキャッチャーのプロテクトをつけて、キャッチャーのポジションについている。正直ちゃんとできるかドキドキしていた。
「金村さん! 座っていいよ!」
「え!? す、座るの・・・」
私は野神君に言われてポジションに座り、ミットを構えた。すると、野神君が私のミットに向かってボールを投げた。
「キャ!」
私は野神君のボールをつかめなかった。というか怖くてミットを引いて躱してしまった。キャッチャーとしてあるまじき行為だった。
「もう一球いくから構えて! 金村さん!」
「も、もう一球やるの・・・」
野神君は躊躇なく私にボールを投げてきた。私は野神君のボール間近で見たことはないが、手を抜いてくれているのは分かった。しかしそれでも私はボールを取ることは出来なく、尻もちをついてしまった。すると野神君は私の元へ駆け寄ってきてくれた。
「金村さん、ボール怖い?」
「え!? ・・・うん」
私はキャッチャーでありながらボールが怖かった。幼稚園の時、ホームランを打った近藤選手がかっこよくて、そのままキャッチャーになろうと思った。しかし現実はそう上手く行かず、初めてピッチャーのボールを受けた時、あんなに速いボールが迫ってくることが怖くなってしまったのだ。
「この後、時間ある? 自主練俺と一緒にやらない?」
「え・・・でも私はいいけど、野神君の邪魔にならないかな」
「そんなことは考えなくていいよ。俺のボールをとって欲しいとかは言わないから、せめて金村さんがキャッチャーっていうポジションの苦手意識を克服するのを俺に手伝わせて欲しい」
野神君は真剣な目をして私にそう言ってくれて、手を差し伸ばしてくれた。私は自然とその手を取っていた。
■■
「・・・なんかあそこで司がラブコメしているんですけど!」
「落ち着け莉子。お前もさっさと自主練行くぞ!」
「・・・わかった。高史」
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