5.及第点のピッチング

「明日は恒例のチーム内紅白戦を行う! 各自準備するように! チームは明日発表する!」


小学2年生の終わり頃、ジュニアに所属している子供が集められ、監督から紅白戦をやることを伝えられた。ジュニアチームには公式戦がない。小学1年生から3年生は身体作りの期間ということで筋トレや守備練習、ピッチングなどの基礎的なことしかやらない。しかし、仙道ジュニアは紅白に別れる事ができる人数がいるため、小学3年生がリトルに上がる前、紅白戦をやるのが慣習となっている。ちなみに俺は去年ピッチャーではなく、ライトで参加し、ノーヒットで終わった。


「来たぜ、紅白戦! 今年は結果を出す!」


高史はとても気合が入っていた。去年の紅白戦、高史はいいところがなかった。ファーストで出場したが、エラーをし、打席もノーヒットだった。打席に関しては小学1年生だったので、俺も含めみんなノーヒットだった。


「そうだね、お兄ちゃん! 私もやっとマウンドまで届くようになったから、ピッチャーとして出場する!」


紅白戦のピッチャーはマウンドからミットまで投げられることが条件となる。俺は1年生でも投げられたが、まだ身体が出来ていないという理由で投げさせてはもらえなかった。


「司! 来てくれ! お前は絶対投げるだろう!」


「いいよ」


俺と高史はグラウンドのピッチングエリアへと向かった。高史の言う通り俺は恐らく投げるだろう。すでに俺はマウンドからミットまで充分届くし、この前スピードを測ったら90キロは出た。監督いわく、これは小学6年生の平均まで来ているらしい。それを可能としているのは俺の身体。小1からかなり身長が伸びて130cmを超えており、同じ学年、下手したら一学年上の小学生よりも身長は高かった。クラスではもちろん一番でいつも背の順では後ろ。そのため、席替えでは後ろの子が黒板を見えないという理由から前の席にはされなかった。


(父さんと母さんの遺伝のおかげかな)


俺の父さんと母さんは身長が高い。父さんは185cmを超えているし、母さんも175cmぐらいであった。おじいちゃんとおばあちゃんにも会ったが、父方母方二人共背が高い。スポーツをやる身として身長が高いのは喜ばしいので、俺の身長も将来が明るかった。ちなみに俺は190cmを目指している。


「行くぞ! 高史!」


俺は大きく振りかぶってボールを投げた。ボールは糸を引くように高史のミットへと吸い込まれていった。ミットのいい音が鳴り響く。高史から返球を受けた俺はそのまま何度かピッチングを行った。


(コースへの投げ分けはできるようになった。これも滝上先輩の指導のおかげかな)


今のところ俺はストライクゾーンを9分割して投げ込めるようにと滝上先輩から指示されている。最初は全く出来なかったが、1年以上投げ込みを行ってなんとかできるようになった。


■■


(相変わらず、すげぇな・・・)


俺は司のボールを受けて驚いた。練習が終わった後もたまにキャッチボールはするのだが、その度に司の実力に驚かされる。俺と同い年とは思えないくらいの綺麗なストレート、そしてコントロールだった。


(間違いなく、俺達の代で一番すごいピッチャーだ・・・)


「川谷だったか? 変われ」


俺が司のボールを受けていると滝上先輩がこっちに来た。滝上先輩はすでにキャッチャープロテクトをつけて準備万端だった。俺は正直嫌だったが、滝上先輩の圧に負けて交代した。


(いつか必ずあなたを超えます!)


俺はそう胸に誓った。


■■


(あれ? 滝上先輩に代わった。・・・じゃあ俺の進化を見せますか!)


俺は滝上先輩の構えたところにボールを投げた。ボールは一切のずれなくミットに到達した。


(結構いいんじゃないか!)


「・・・」


滝上先輩は無言でボールを返して、再度別の場所へと構えた。


(アウトコースの次はインコース低めか)


俺は滝上先輩の要求通りの場所にボールを届けた。その後も滝上先輩は無言でボールを返し、別の場所に構えるというのを繰り返した。そして滝上先輩はマウンドの俺の元へ来た。


「上々だ。俺の言ったとおりに練習はしていたようだな。及第点だ」


「きゅ、及第点ですか・・・」


マウンドに来た滝上先輩から及第点という評価を得られた。俺としては満点だと思ったが、滝上先輩の評価は辛かった。


「当たり前だ。お前はまだ9分割でしかボールを投げられないだろう。俺の理想の投球はストライクゾーンを36分割して要求通りに投げられることだ。お前はまだまだだ」


「さ、36分割・・・」


それは無理だろうと思った。ストラックアウトでも9分割しかない。36分割して投げられるピッチャーなんているのだろうか。俺の野球チートでも難しいかもしれないと思った。


「それは難しい要求じゃないか、滝上」


「須藤コーチ、ですがそれができれば俺の理想のピッチャーとなります。俺の理想としているピッチャーを俺が攻略すれば、間違いなくプロに近づきます」


(え・・・滝上先輩って俺を利用する気だったの!)


俺は先輩の親切心でいろいろと教えてもらえていると思っていたが、そうではなかった。自分がプロに行くために、すごいピッチャーを作り出し、攻略するつもりだった。


「こら! 野神を自分の都合のいいように使うんじゃない! 悪い癖だぞ!」


「すみません・・・」


滝上先輩は珍しく謝った。滝上先輩は罰としてランニングを命じられていた。俺はとりあえず高史と合流してストレッチを行うことにした。


「知っているか、司。滝上先輩のお父さんって元プロ野球選手らしいぞ。だから人一倍プロを目指して努力しているって」


「へぇ、プロ野球選手ねぇ・・・」


高史とペアでストレッチをしながら滝上先輩の話をした。あれだけプロ志向が強い子供は珍しいと思ったが、親がプロ野球選手だったのなら納得した。


(プロか・・・俺はどうしようかな・・・)


プロ野球選手。前世でも将来なりたいランキング常に上位にランクインしている職業だった。しかし自分がなりたいかと思えば、いまいちピンと来なかった。


■■


「お母さん、プロ野球選手ってどんなの?」


「えっプロ野球選手! そうねぇ、野球を一番頑張っている人たちのことかな?」


「ふーん・・・」


「もしかしてプロ選手になりたい?」


「うーん、わかんない」


夕飯の準備をしている母さんにプロ野球選手について聞いてみてが、あんまり良い答えが返って来なかった。


「司、お母さんの夕飯の準備ができるまで父さんと公園でキャッチボールをしよう」


父さんに誘われて、俺は公園へと向かい、キャッチボールを始めた。そう言えば、父さんと二人でキャッチボールをするのは初めてだと思った。


「司はプロ野球選手になりたいのか?」


「うーん、分からない・・・」


「そうか、試合で投げたことはないのか?」


「うん、まだ身体づくりが先だって言われて、基礎トレーニングとピッチング練習ぐらいしかしていないよ」


父さんとキャッチボールしながら俺は会話をした。父さんはあまり口数が多い方ではない。そんな父さんが俺を誘ったのはなんだか不思議な感じがした。


「でも明日の紅白戦は投げると思うよ!」


「そうか・・・」


俺がそう言うと父さんはボールを掴んで、俺の元へと来た。


「司、明日の試合、しっかりとプレイするんだぞ。それをしてから野球が楽しいかどうか、続けたいかどうかを決めればいい」


その後、俺達は家に帰って父さんとお風呂に入ってから夕飯を食べた。そして明日に備えて俺は早めに寝た。

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