18-1-06 奇天烈卿のヴンダーカンマー

【あらすじ】

 ヴァインタール伯爵の城には、美しくぞっとする品々を蒐集した《驚異の部屋》ヴンダーカンマーが存在し、ドラゴンの骨に魔法の鏡、流星や生きた人魚まで飾られている。伯爵はその突拍子もない行動や派手ないでたちから、奇天烈卿との異名を持つ。

 墓守兼 《地獄の門》の番人ニールスは、魔女マリアが伯爵のコレクションを盗む手引きをしたものの、それがバレてしまう。

 すったもんだの末、魔女とそれに手を貸したニールスは、地獄から出禁を喰らっている伯爵の代わりに深淵に咲くという《刹那の花》を持ち帰ればお咎めなし、という契約を結ぶ。

 お目付け役として伯爵の従者を加えた三人は、あらゆる手を使って口を挟んでくる伯爵や、勘違いから彼らを追う聖人、そして癖の強い地獄の諸侯たちに妨害されながら、大いなる探索に乗り出す。






【本編】



「これはこれはこれはッ!」


 ヴァインタール伯爵の城、その最も深くにある《驚異の部屋ヴンダーカンマー》。この場所には世界中から集められた風変わりな品々が所狭しと並べられている。天使の涙を埋めこんだ護符アミュレット、巨大なドラゴンの骨やコカトリスの剥製、呪いの刻まれた木彫りの柱トーテムポール。それらは壊れたり盗まれたりしないように精霊が封じこめられ、自由に動き回っている。

 先ほどまでサイコロ賭博やチェス遊びに勤しんでいた彼らは今、行儀良く並んで主人の様子を伺っていた。


 ヴァインタール卿は暗い色の髪に尖った口髭の奢侈を好む男だった。上衣には孔雀やら異国の花々やらの派手な刺繍が施され、その手には宝石の光るいくつもの指輪が輝き、脚も悪くないのに犬の頭を模った銀の握りの杖を持っていた。

 彼は蒐集癖をはじめとしたおかしな行動から奇天烈きてれつ卿と呼ばれていたが、本人もそのあだ名を気に入っているらしかった。


「なかなかのことをしてくれたな!」


 彼の声は舞台役者のように大仰でやかましい……独り言かと思っていたらそのまま話しかけてくることがあるので、精霊たちは互いに目配せをした。反応してやるべきか?

 卿の前には空のガラスケース。それには《魔女の心臓》と書かれたラベルが貼られている。

 彼は杖でケースをコツコツと叩いた。


「まったく! 諸君は何も気づかなかったのか?」


 今度こそ、彼は精霊たちに向かって話しかけ、彼らは揃って頷いた。まあ彼らはゲームに夢中だったので、真面目に見張をしていたとは言い難いが。


「この部屋で魔術は使えないはずだが……よっぽど腕利きの盗人らしい! 誰もその影も見ていないとは!」


 伯爵は部屋の隣に設えた温室を覗きこんだ。ここにいるのは物や標本だけではない。歌ったり歩いたりする植物、ごく薄い羽根を生やした妖精、さらには巨大な水槽に収められた人魚まで。

 伯爵は指を鳴らして天井をブンブン飛び回っている流星を呼んだ。彼は胸元からパイプを取り出し草を詰め、流星の火花で火をつけた。しばらくぷかぷかとふかした後、深く息を吸い込むと「ふぅーっ」と煙を吐き出した。煙を嫌う植物たちは抗議するように揺れ、伯爵はそれを無視して目を凝らした。部屋中に張り巡らされた魔術の糸がキラキラと輝いている。

 伯爵はパイプをしまいながら呟いた。


「ふむ、明り取りの窓から入ったわけではないらしい……何が起きたのか見てみるとしよう」


 彼はくるりと向きを変えて部屋に戻り、巨大な鏡の前に立った。金色の縁には山羊や蝙蝠を模ったグロテスク彫刻がほどこされている。

 伯爵は自分の鏡像と手を合わせ、言った。


「鏡よ、我が前に過去を示せ!」


 鏡の表面が揺ぎ、すぐに元通り鎮まった。だがそこに伯爵の姿はなく、無人の部屋が映し出されている。そう、この鏡は過去を記憶し、それを語ることができるのだ。

 事が起きた時、物に封じられた精霊たち──グリフォンの前脚でできた文鎮や一角獣の角で作られたカメオ、水龍の鱗製の扇など──は、サイコロで誰がインチキをしたか揉めている真っ最中のようだった。ガラスケースの中にはまだ、赤く輝く鉱石のような《魔女の心臓》が収められている。

 やがて、目の錯覚かと思うほど微かに、物たちが作る影が蠢いた。影はゆったりと膨らみ、それから一本の腕が現れた。そばかすのある細い女の手、黒い服の袖。その手はなんの迷いもなくガラスケースを探し当て、やすやすと蓋を開けて《心臓》を掴み、蛇のように素早く影の中に消えた。

 再び鏡が揺らめき、思案顔の伯爵の姿が現れた。


「死は汝の影に潜む……」


 並の魔術はこの部屋では通用しない。使えるとしたら神聖なる天の力か、闇から・・・忍び寄る・・・・地獄の力か。

 伯爵は口髭を捻りながら言った。


「 《地獄の門》を使ったな! つまり番人・・の手を借りたというわけだ。最も近い《地獄の門》はどこだ?」


 鏡の中の伯爵が答えた。


「ラバンヘルム!」


 本物の奇天烈卿は頷き、呼び鈴を鳴らした。


「いかにも──アヒルの尻エンテナーシュ! どこにいる!」



*+*+*+*+*+*



 ラバンヘルムのとある墓地。

 靄のかかった小道を、一人の墓守と一匹のロバが歩いていた。ロバが引く荷車の上には棺桶があり、その中には美しい金髪の娘が横たわっている。彼女は青ざめ、強張り、冷たく、死んでいる。

 墓守は黒髪の若い男で、育ての親からはニールスと呼ばれていた。

 あらかじめ掘っておいた墓穴まで来て、彼が棺桶を下ろそうと荷車に手をかけた時、後ろから声がした。


「コルネーリウス・クンケルか?」


 それは代々ラバンヘルムの墓守に与えられた名前だった。名前はともかく、やっこさんクンケルなんていうのが苗字なのかと言われれば謎だが。

 ニールスは振り返った。そこに立っていたのは暗い金髪の神経質そうな男。着ているものは仕立てが良く、貴族の従者といったところか。よく見ると胸の部分にはフクロウの刺繍──ヴァインタール伯爵の紋章があった。

 ニールスは肩をすくめ、言った。


「何の用だ」

「ヴァインタール卿の屋敷からあるものが盗まれた。盗人は《地獄の門》を使ったことが分かっている。お前が手引きしたな?」


 墓守はニールスにとって表向きの仕事だった。ラバンヘルムには《地獄の門》が隠されており、それを守るのが代々のコルネーリウス・クンケルの使命だ。この門は冥界だけでなく、死の潜む場所、つまり地上のほぼ全ての場所へと繋がっている。

 ニールスは従者をしげしげと眺めた。その目の色は左右で異なっている……片方は青く、片方は葡萄茶色。

 ニールスは問いかけを無視して尋ねた。


「お前、名前は?」

「……エンテナーシュ」


 ロバが「ボエー」と鳴き声を上げた。きっと腹が減っているのだろう……けっしてその名を嘲笑ったのではなく。

 ニールスは吹き出したりせず、あえてゆっくりと発音した。


アヒルの尻エンテナーシュ、ね」


 従者は唇を歪めたが、こういった扱いには慣れているらしく、挑発には乗らなかった。


「質問に答えろ。魔女はどこにいる?」

「魔女って?」

「盗みに入った女──ボイリンゲンのマリアだ」

「聞いたこともないな」


 従者は繰り返した。


「お前が手引きしたことは分かっている」

「そうかい」


 エンテナーシュは胡散臭そうに荷車の上の棺桶を覗きこみ、金髪の娘の顔をしげしげと眺めた。

 ニールスは言った。


「そんなに怪しむなら持って帰ったっていいぞ。顔は綺麗にしたが、身体はウジだらけだ」


 彼は娘の衣装をはだけてみせた。彼女の胸元には大きな傷があり、無数の白虫がのたくっている。

 従者は鼻にシワを寄せた。


「もういい。今日の晩鐘までに、魔女をこちらに引き渡せ。聖ゼバスティアン教会の前に連れて来い」


 ニールスは面倒そうに手を振ってみせた。


「はいはい、魔女に会ったらそう言っとくよ」


 従者は色の違う目でニールスを一瞥し、去った。



 ニールスは口笛を吹きながら棺の蓋を閉め、荷車から穴に滑り落とし──落ちた衝撃で棺桶から死体の腕がはみ出ているのが見えたが、気づかなかったことにして──シャベルで穴を埋め始めた。従者が墓地を出てじゅうぶんに時間が経った頃、彼は言った。


「もう良いぞ」


 それを聞くや否や、ロバの周囲に霧が渦巻いた──間もなく、赤みがかった髪の娘が現れた。そばかすのある肌と荒々しい琥珀色の目を持っている。

 彼女は黒い服についた塵を払いながら言った。


「まったく、うら若き乙女に重労働をやらせてくれるなんて」

「タダで手助けはしない」

「なんで死体役じゃいけなかったのさ?」

「見え透いてるだろ。普通はうら若き乙女にロバのフリをさせるなんてまず思わないはずだ」

「まあ、上手くいったのは確かだね」


 魔女は髪を撫でて格好をつけてから、荷車に寄りかかって笑った。


「それにしても、あたしを知らないなんて、しゃあしゃあと嘘をつくもんだね」

「あんたの名前を聞いてなかったからな、ボイリンゲンのマリア」

「そうだっけ?」


 ニールスは一度手を休め、シャベルを地面に刺して魔女の方を見た。


「で、あんたの婆さんの心臓は?」

「取り戻したよ。お陰様でね」


 魔女は胸元から赤黒く輝く石を取り出した。

 ニールスは特に興味もなさそうに一瞥した。


「よかったな。これからどうするんだ?」

「できるだけ早くここから離れるよ。南にでも」

「そうかい。聖ゼバスティアン教会へは?」

「ははは! 行くもんか」


 その時、穴の中からガサゴソと音がした。

 二人はさっとそちらを見た。聞き間違いではない──何かが棺の蓋を・・・・押し開けよう・・・・・・としている・・・・・

 穴を指差しながら、魔女が言った。


「ねえ……あの死体は本当に・・・死体だったの?」


 穴を覗きこむと、半分ほど埋めた土が明らかにモゾモゾと動いていた。

 ニールスは眉をひそめ、頷いた。


「そのはずだ」

「ロバとかじゃなくて?」

「ああ……」


 ニールスと魔女が一歩、二歩と墓穴から離れ始めた時、爆破音と共に土塊が舞った。二人は後ろに吹っ飛び、地面に倒れて頭を覆った。

 土埃が収まると、続いてファンファーレのような派手な音が響き渡った。二人が顔を上げると、穴の中から絢爛な衣装と優美な口髭を蓄えた男が飛び出してくるのが見えた。


「これはこれはこれはッ!」





⚫︎結果

1位票:10

2位票:5

3 位票:4

合計:44pt


会場順位:3位/25

総合順位:8位/100





 

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