第7話 ぼくと花子さんと口裂け女②
「うん!私は口裂け女だよ」
「やっぱりそうなんですね!」
テンションが上がるぼく。
「少年は私の正体を知っても怖がらないんだね」
「はい、それにぼくはきれいだと思いますよ」
口裂け女はぼくの言葉にピクッと反応した。なにかのスイッチが入ったように雰囲気が変わり、ゆっくりと指をマスクの紐に掛けると耳から外し
「これでもぉぉお?」
口裂け女の素顔があらわになる。
「どう?これが本物の露出狂ってやつよ」
「ろしゅつ!花ちゃん、ひど~い」
花子さんの紹介に不服そうに両手をぶんぶん振る。
「冗談よ。ていうか『ブス』って言われたのもそれが原因なんでしょ?やらなければいいじゃない」
「だって~体が勝手に反応するんだもん!職業病みたいなものなんだよ~」
「どう?これが怪談によって勝手にキャラクターを作り上げられたヤツよ」
「大変ですね」
苦笑い。
「でも、マスク外してもきれいだと思いましたよ」
口裂け女は目を潤ませる。
「少年ありがと~う♪」
両手を広げぼくに抱きつこうとするがすり抜けてしまう。
「でも、こんなに可愛らしい人なのに、なんであんな物騒な怪談ができたんですか?」
「お世辞がうまいんだから♪」
頬に手を当てはしゃぐ。
「いえ、お世辞じゃないです。ぼくが言ってるのは見た目だけじゃなく仕草や雰囲気も含めての感想なんです」
「ありがと♪」
「イチャイチャするんじゃないわよ」
「イチャイチャだなんてもう!」
「あんたの昔話を聞きたがってるんだから話なさいよ」
「昔話って、私は26歳だよ♪」
花子さんの肩をポンッと叩く。
「調子乗んないの!」
花子さんは口裂け女の髪を引っ張る。
「イタタタタ、ごめんなさ~い」
「ふん!」
髪から手を放しそっぽを向く花子さん。
「えっと、少年が知ってる私の怪談ってどんなのかな?」
口裂け女は手ぐしで髪を整えながら聞く。
「あたし、きれい?って質問してきて、返答の内容関係なくひどい目に遭わされるみたいな感じですかね」
「やっぱり、そんな感じだよね。じゃあ特別に私の話を聞かせてあげる」
~~~回想~~~
(私、死んじゃったんだ………なんで死んだんだろう)
女性は1人で夜道を歩く。
(思い出せない……ううん思い出したくない)
女性はなにかを振り払うかのように首を横に振る。
(たぶん、このマスクを着けた口が原因なんだろうな)
振り払ったはずのネガティブな感情がまた溢れそうになりパンッと両手で顔を叩く。
(こんな暗くしてちゃダメだ!)
顔を上げる女性。
「よし!幽霊になったんだから幽霊にしか出来ないことするぞー!おーーー!」
心の内で考えるより一人言でもいいから声を出すことを決めた女性はあてもなく走り出す。
「ホントにどうしよう」
あてもなく走り出したはいいもののホントにあてがなく不安になり足が止まる。
「う~ん、幽霊にしか出来ないこと……そうだ!物をすり抜けたり出来るかも!」
目の前にあった電信柱に手を伸ばす。
「わ~♪すり抜ける~♪」
女性の腕は電信柱を貫通するが電信柱には傷一つない。
「この能力を使って………ノゾキしよう!」
やりたい事を思いついた。
「ちが~う!私はそんな悪い子じゃな~い!」
すぐに倫理的に間違いである事に気づき頭を抱える。
「そうだ!趣味のためならいいよね♪ふんふふ~ん♪」
向かう場所が決まり上機嫌でスキップ。
数分後、女性は閉店後のデパートの前に居た。
「私、幽霊だから人目気にせずウインドウショッピングができるよね♪」
ゴクリと唾を呑み正面からシャッターの降りた入り口へ足を進める。
「お邪魔しま~す」
警戒しながらシャッターの内側に入った女性の目の前にはほぼ真っ暗だが誘導灯の緑色の光が怪しく光る。
「ひぃぃぃ、こわい~」
怯えながらデパート内を徘徊。
「2階かな?」
恐る恐る階段を上るがゆっくり上るのもそれはそれで怖くなりダッシュで駆け上がった。
「はぁ、はぁ、帰りどうしよう……」
振り返り駆け上がってきた階段を見下ろし、たいした距離ではないが帰りも怯えながら歩いた道のりを引き返さなきゃいけない事の心配。
「だ、大丈夫!なんとかなるなる……」
階段に背を向け自分を勇気づけるが恐怖は拭いきれないようで周りをキョロキョロしながら歩く。
「あった!」
女性は婦人服売り場を見つけると一直線にそちらへ。
「わぁ♪かわいい♪」
先程までの怯えっぷりが嘘のように目の前の洋服に夢中だ。
「この紐はなんに使うんだろう?ただの飾りだったりするのかな?こっちはどうやって着るんだろう?」
洋服をまじまじと見て自分なりに分析するが
「やっぱり触れないと細かい所がわからないな~、……幽霊になったんだから超能力みたいに動かせないかな?」
女性はブラウスとスカートを着たマネキンに両手をかざす。
「う~~~~~~ん」
するとマネキンが着ているブラウスの襟がヒラヒラ動いた。
「動いた!よ~し、次はコントロールできるようにするぞ~」
女性が集中するとブラウスのボタンが上から順番に外れていき全て外し終えるとマネキンは上半身がはだけた状態に
「なんかエッチなことしてるみたい」
女性の顔はほんのり赤く楽しそう。
「よ~し、やっちゃうぞ~やっちゃうぞ~♪」
両手を下ろしたと思ったら
「えいっ!」
思いっきり振り上げる。するとマネキンのスカートが捲れ上がる。
「次は君のスカートを捲っちゃうぞ~」
隣のマネキンを指差す。
「や~!」
さっきと同じようにスカートが捲れ上がる。
「今度は遠くに居る君の番だ!」
ご機嫌な女性は数メートル先のマネキンの方へ走る。
ガシャーンッ
走る女性の背後でなにかが割れる音が聞こえた。その音は食器が割れる音に近い、しかも1枚程度の音ではない大量の食器が割れる音だった。
「ヒッ!」
ご機嫌だった女性の顔は一瞬にして青ざめ動きが止まる。そして恐怖のせいか、ぎこちない動きでゆっくりと音のした方へ振り返る。そこには謎の女性が倒れていた。謎の女性は白い着物らしき服でうつ伏せで倒れてて顔は見えないが長い黒髪だ。倒れた拍子でだろうか、髪は床に纏まりなく乱れ広がっている。
「う、ううぅ……」
謎の女性はうめき声を出す。
「いやあぁぁ、ごめんなさ~~~い」
女性は謎の女性の正体を確認することなく逃走。
「どうしよう、どうしよう、幽霊出ちゃった。私、呪われちゃう」
女性は走りながら後ろを振り返るが謎の女性の姿はなかった。
「よかった~追いかけて来ない」
安心し正面に振り返ると
「きゃああぁぁ」
女性は叫んだ。なぜならそこには先程の謎の女性が………………ホラー映画だったら、このような展開になるだろう。だが、女性の前に居たのは……いや、あったのは壁だ。急に止まる事が出来ず女性は目を瞑り手で顔を守る体勢になる。
「ん、んん?」
女性が目を開けると、そこには壁など無く夜の街並みが広がっていた。
「あれ?さっきのは夢だったのかな?」
混乱するが目の前の街並みを見ると興味はそちらへ
「……きれい」
深夜近いというのに街には光が溢れている。その光景を見下ろし、うっとり眺める。
「夜の街ってこんなにきれいだったんだ。知らなかった」
街を見下ろす。
「遠くまで光が広がってる!あの光はなんの建物だろう?」
街を見下ろしながら目を細めて気になった建物を見つめる。
「ん~チン…………なんで、そんな施設があるの!!?」
街を見下ろしながら女性の顔は真っ赤になり手で顔を覆うが指の間から、その施設を見つめる。
「……大人の世界だね」
街を見下ろしながら自分の知らない大人の世界があるのだと受け入れる。だが、それは誤解で男女共に楽しめる大人の娯楽施設なのだ。
「あっちは……ケンカしてる!」
街を見下ろしながら別の場所に視線を移すと複数の男性が入り乱れ殴り合ってる。
「遠くてなに言ってるかわからないけど、あっちには近づかないようにしなくちゃ!」
街を見下ろしながら危なそうな場所を見極める。
「あれ?」
くどいようだが街を見下ろしながら何か違和感に気づく。
「私、なんで見下ろしてるんだろう?」
そう、なぜかほとんどの建物が女性より低い位置にあるのだ。
「もしかして……」
後ろを振り返るとそこには壁が
「夢じゃなかった…」
その壁はデパートの外壁だった。女性はデパート内の出来事が夢ではなかった事に気づく。謎の女性に遭遇した時、気が動転し逃げ回り階段を上ったりもしたかもしれない。そして本来なら前方不注意で壁に激突するはずが女性は幽霊という事もあって体質故に壁をすり抜けて外に飛び出し街を見下ろす結果になったのだ。
「……じゃあ、ここ…は?」
自分の足元を見ると地面は遥か下にある。
「きゃああぁぁあ」
地面に足がついてない事を認識した途端、重力に捕らわれ落下。女性は体を縮こまらせる。それは意図しての行動ではない。生き物の生存本能に近い。もっと言うなら反射だ。
「いやぁぁ、ぶつかる~」
ぐんぐん迫る地面に恐怖で目を瞑る。
「…………あれ?」
痛みはない。ぶつかった衝撃もない。恐る恐る目を開けると地面は目と鼻の先だった。地面すれすれで落下が止まったのだ。というより女性が浮游してるのだ。
「私、浮いてる……空が飛べる♪」
浮游能力を身に付けた女性は楽しそうに宙を舞う。
「楽しそうな場所はどこかな~」
先程、落下した高さまで浮游すると周りを見回す。
「あっち行ってみよう」
一際賑やかで明るい場所を見つけ身に付けた浮游能力で飛んでいく。
「ん~なんか疲れてきちゃった」
浮游を続けてると疲れを感じ地面に降り移動手段を歩きに変更。目的地もさほど遠くはなく無事到着。
「なんか、すごい所に来ちゃったかも」
そこは大人の雰囲気が漂い強引な客引きしたり、路地裏で怪しい交渉する人がいたりする。
「わ~あの人すごい綺麗♪」
女性は1人の“ドレスを着た女性”に目を奪われた。
「どんな仕事してる人なんだろう?」
見えないことをいいことに“ドレスを着た女性”に急接近。
「私もこんなドレス着てみたいな~」
大胆にも“ドレスを着た女性”に触れるがすり抜ける。“ドレスを着た女性”にはなんの影響もない。
“ドレスを着た女性”はタクシーを停め乗車。タクシーは走り出し去って行った。
「お仕事がんばってくださ~い」
“ドレスを着た女性”に手を振り一方的に別れを告げる。ふと女性は自分の手を見たらレースグローブを着けてる事に気づく。
「私、こんなの着けてたっけ?あれ?あれれ?」
手だけではなく体全体に起きてる異変に気づいた。
「さっきの綺麗な人と同じ衣装」
考え込む。
「もしかして!」
なにか閃いたようで“通りすがりの女性”に触れる。すると女性の衣装は“通りすがりの女性”と同じ衣装に
「やっぱり!触れた人と同じ衣装になれるんだ」
女性は片っ端からいろんな人に触りオシャレを楽しむ。
「すごい、すごい、すご~い♪」
女性がこんなに楽しそうにファッションショーをしてるのに周りの人達は無関心……そもそも見えてすらいないのだ。
「……………」
あんなに楽しそうだったのに急に黙る。その表情は寂しさを感じる。
「幽霊になって、こんなにオシャレ出来るようになったのに誰にも見てもらえないなら意味……ない」
「そこのきれいなお姉ちゃん」
落胆してる女性の背後から声が聞こえた。
「え?」
声の主は30代くらいの男性だった。顔は真っ赤で足元がおぼつかない。酔っぱらいだ。
「あんただよ、あんた」
酔っぱらいは女性を指差す。女性は周りを見回すが自分と酔っぱらい以外には誰もいない。間違いなく酔っぱらいは女性の事が見えてる。
「私のこと見えるの?」
「変なこと言うなぁ、当たり前だろ!それより一緒にご飯でも行こうや」
「私とですか?」
「ああ、姉ちゃんみたいな綺麗な子が一緒だとご飯が何倍も美味しくなるってもんよ」
「わたしが……きれい」
両手を頬に当て照れる。
「おじさん、褒めてくれてありがとう♪」
頬に当ててた手を酔っぱらいの方へ伸ばし握手を求める。その時、指がマスクの紐に引っ掛かり女性の口元があらわになる。
「ひっ、ひぃぃぃ」
酔っぱらいは女性の素顔を見ると恐れおののき逃げ出した。
これが口裂け女の怪談が生まれた経緯である
~~~回想おわり~~~
「それから、どんどんあることないこと怖い方向へ怪談が広まっていっちゃって」
「ホントの口裂け女さんのことを知れば誤解は解けますよ」
「ありがと♪でも少なくてもホントの私のことを知ってくれてる人がいるから誤解は解けなくてもいいかな。今日1人増えたしね♪」
口裂け女はぼくにウインクした。
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