☆目覚め☆
目が覚める。頭痛は大分和らいだ。体の芯から悪い意味でぽわぽわしていた熱さも今は大人しくしてる。
後頭部には柔らかな感覚がある。ぐっと頭に力を入れると少しだけ沈む。けど、反発係数の高い枕のように跳ね返された。
目を開ければ、その原因はすぐにわかる。理解すると同時に体は熱くなる。けど、さっきとは違う熱さ。さっきのは思考が止まるような熱さだったのに対して、今回は恥ずかしさが湧き出るような熱さである。
自分でなんだそれと思ってしまう。
「雛乃?」
ゆっくりと口を動かす。私は雛乃に膝枕をされてた。好きな人の太ももで眠る。なんたる贅沢だろうか。
華奢な体なのに、太ももの肉付きは悪くない。眠ってて気持ちが良いのだ。好きな人の太ももだからか、それとも雛乃の太ももは気持ちが良いと感じるような柔らかさなのか。残念なことに比較対象がないのでわからないけど。まぁ、わかりたいとも思わないので良しとしよう。
「あ、起きた」
雛乃と目が合う。
その瞬間に額の方からずるずるとタオルらしきものが顔に覆いかぶさった。
「がふっ」
「顔動かすからずれちゃったね」
なんて呑気なことを言いながら雛乃はタオルを退かしてくれる。
「うーん、熱は大分下がったね」
「そう……」
違う意味で体が熱いけどね。とは言えなかった。
「気持ち悪さとかはない? あとは……頭が痛いとか、吐き気がするとか、関節が痛いとか」
「大丈夫かな。多分大丈夫」
アドレナリンが出てるからなのか、それともほんとになんともないのか。
イマイチわからないけど、まぁ大丈夫と思ったのなら大丈夫なのだろう。私は体を信じることにした。というか、風邪引いたとか思っているみたいだけれど、そうじゃない。ただ脳ミソがショートしてしまっただけだ。
「そっか。それじゃあ……」
よいしょ、と雛乃は立ち上がる。私はこてんと床に転がる。
「なんとまぁ雑な」
「さっきまで膝枕してあげていたんだけれど。そのせいで足が痺れた」
「それはその、なんかごめん。揉んであげようか?」
「そんなことしたら私叫んじゃう」
雛乃は心底嫌そうな顔をしながら自分の席に座る。
そしてピシッと向かいの椅子を指差す。
「座って」
「うーん」
なんとなく立ち上がるのは気怠いなぁという感じだったのだが、雛乃の圧に押し負けて座ることにする。
誰の椅子かもわからないけど、まぁお借りします。
「正直話したくないけれど、きっと話さないと後悔することになるから話すね」
雛乃は真剣な眼差しでそう語り始める。おちゃらけようかなぁとか思っていたけど、その瞳を見てやめた。
「さっき私のこと好きって言っていたでしょう?」
「さっき……」
少し考える。すぐに思い出す。
「あ、いや、それはその――」
「大丈夫。言い訳とかしなくて良いから。その代わりに私の話を聞いて欲しい」
「わ、わかった」
言い訳したい気持ちは山ほどあるけど、そう言われてしまうと、こう答える他ない。
まぁこれも運命なんだろうなと受け入れるしかないんだろうなぁと思う。もっとも、そんな簡単に受け入れられるものじゃないけど。
でもどうしようもないのもまた事実で。理由はともあれ一度眠って、起きて、それでも言い訳が思いつかない。そんな私がここからなにか状況を一変させるような言い訳を思いつけるとも思えない。
「……」
「……」
私も雛乃も黙る。
「あのー」
恐る恐る尋ねる。この間はなに。なんなの。
「ごめん。ちょっと躊躇しちゃって」
「躊躇?」
おうむ返しをしつつ、肝が冷える。躊躇する。絶対に私にとって良いことではない。言い難いことだから躊躇するわけだから。悪いことでないのなら、踏みとどまる必要性が皆無なのだ。
なにを言うか考えてみる。
好きとかありえないって突き放されるのかな。気持ち悪いから私の近くに来ないでとか、仲良くしないでとか、そういうことを言われちゃうのかな。
考えれば考えるほど、ネガティブな思考が加速する。留まるということを知らない。
「ちょっと勇気が出なくて」
別に躊躇の意味がわからないわけじゃないんだけど。まぁ良いか。雛乃は私のことを馬鹿だと思ってる節があるし、実際問題私は雛乃と比較すれば馬鹿なんだろうし。とはいえ、躊躇くらいわかるっつーの。漢字はわかんないけど。と、適当なことを考えて気分を紛らわすけど、ふらふらとネガティブな思考が顔を出す。
「気持ち悪いって」
「うん」
「思うかもしれないけれど、最後まで聞いて欲しい」
罵倒されるのかと思ったけどそうじゃなかった。
私が雛乃のことを気持ち悪いと思う? そんなのはない。断言できる。雛乃の奥の奥まで舐め尽くしたいとか思ってる私が、雛乃のことを気持ち悪いだなんて思うことはない。そうだなぁ、犬の糞を食べるのが趣味ですとかカミングアウトされたら引いちゃう気がする。でもそのレベルだ。そんじょそこらのことだったら気持ち悪いとは思わない。自信がある。
「私ね、唯華のことが好きみたいなの」
「好き、好き、好き、好き……好き?」
何度も繰り返す。繰り返して、繰り返して、それでも頭の中からポロっと零れて、拾い上げてそれでもまた零れる。
「それって」
そんな都合の良いことないよね、と思う。
あぁ、わかった。これはあれだ。私に気を遣ってくれているんだ。雛乃は優しいから。
きっと友達として好きだよ。唯華もそうなんでしょ、って気を利かせてくれてるんだ。
「恋愛的な意味で好きみたいなの。あはは、ごめんね。気持ち悪いよね。わかってはいるのだけれど。自分でこんなの気持ち悪いし、ダメだし、おかしなことだってわかってはいるんだけれど。だけれどね、どうしても抑えられないの。唯華のことが好きって気持ちが」
胸に手を当てる。小さくて頼りない胸なのに、なぜか大きく見えた。
「唯華?」
雛乃はこてんと首を傾げる。雛乃が二人いるように見えてしまう。
鼻を沿うように水が流れる。
「ごめん。なんかビックリして泣いちゃった」
出てくる涙を手で拭う。拭うと堰き止めていたものが崩れるかのようにどっと目頭が熱くなって、涙が流れる。止まらなくなる。手がてかてかし始めた。
「雛乃。それって本心?」
上ずった声で尋ねる。
「本心だよ」
「そっか」
優しいから、自分の気持ちを偽ってるんじゃないかと勘ぐってしまったけど、そんなこともなさそう。多分。根拠はって言われると特にないんだけど。あー、いいや、違う。私にとって都合の良いこと。絵に描いたような夢物語が現実で起こってる。少しくらい、私は幸せになっても良いよね。と思っただけ。雛乃の本心なんて知らないし、知ったら悲しくなるかもしれない。けど、雛乃は私のことを恋愛的な意味で好きと言ってくれてて、本心だとも言ってくれてる。あれやこれやって考えてたってキリがない。都合は良いけど、非現実的ではない。もう素直に受け入れてしまおう、と思う。ここしばらくは雛乃関連で辛い想いをしてきた。だからそのご褒美だと思うことにした。
「私も好きだよ。さっきも言ったけど。ほんとに好き」
「本当に? でも私は恋愛的な意味でだよ」
「大丈夫。私も恋愛的な意味で好きだったから」
堂々と言える日が来るとは思ってなかった。気持ちが良い。清々しい。
「さっき一回全部終わらせちゃったからなぁ」
「あれ有効なの」
「決めたことは絶対だから」
「うーん、そういうものなのね」
なんだか納得いってなさそうだけど、まぁ良い。私は微笑む。
「今からまた始めよっか。ファーストキスだよ」
雛乃の唇を奪う。何度しても慣れない。やはり緊張してしまう。だけど、舌はしっかりと入れる。こうすると、雛乃を支配してるようなそんな気分になれるから。
舌と舌をぶつけ合う。あ、あれ? レモンの味がする。気のせいかなと、またぺろりと舌を舐める。やっぱりレモンの味がする。ファーストキスがレモンの味っていうのもあながち嘘じゃないのかもなぁと思う。
唇を離す。
雛乃は目を細め、唇を拭う。
「急にやめて。心の準備が」
「なにを今更。ずっとしてきたじゃん。キス」
「それはそうなのだけれど。それはそれ、これはこれ。状況が変わったでしょう」
「う……」
あまりの正論に言葉を詰まらせる。そんな私を見て、雛乃はくすくすと笑う。
「というか、なぜファーストキス? 私も唯華もファーストキスとか言っていられないくらいキスしていると思うのだけれど」
「キスの回数はそうだね」
私はこくりと頷く。
「けどさ、付き合ってからするキスは初めてでしょ?」
「え?」
「だからファーストキス」
「ロマンチックだね」
「そうかな」
うーんと首を傾げる。そんなところまで考えてなかったけど、確かにロマンチックと言われればそんな気もしてくる。
「ロマンチックなお付き合いをご所望ならば善処しましょう」
雛乃の手を握りながらそう芝居っぽく語りかける。
「ううん、いらない」
「いらないの」
「いらない」
雛乃の答えに拍子抜けしてしまう。もっと演技のようなもので返してくれるもんだと思っていたから。
けど、雛乃は笑ってる。なら良いか。好きな人……じゃなかった。私の彼女が楽しそうに笑ってるのならそれで良い。溺愛してるからそう思ってしまう。
「自然な唯華が欲しいから」
当然のようにストレートパンチをかましてくる。
雛乃は雛乃だなぁと思いました。
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