♡唐突♡
唯華が倒れた。力が抜けるように、腰を抜かすように、崩れたという表現の方が的確かもしれない。
茫然とその光景を見つめる。目の前でなにが起こっているのか。理解はできるが、体は動かない。口も動かない。動揺してしまっている。
いやいや、それはマズイでしょ、と私はふるふると顔を横に振りながら立ち上がる。立ち上がっても私に襲い掛かるのは手持ち無沙汰だけ。
なにをすれば良いのかイマイチわからない。
「唯華?」
とりあえず声をかけてみる。けれど反応はない。
けれど、私の胸の中にあった焦りはするすると引いていく。
唯華はすーすーと音を立てて息をしているのだ。息とともにお腹は膨らんだり、沈んだりしている。そのタイミングで胸も動く。私の胸も見てみる。息をしても動くことはない。
うむ、こんなところで胸の格差を思い知ることになるとは思わなかった。
とにかく、唯華は死んでいない。最重要であるその事実は確認できた。
なんで倒れたのかまではわからないけれど、生きているのならまぁ問題ないはずだ。頭を殴打しているとかなら話は変わるけれど、ばたんと倒れたのではないからその辺りの心配無用だ。
顔を近付けてみる。苦しむように眠っている。声をかけても返答はないし、多分深い眠りにでもついているのだろう。
前髪を避けて、額を触る。手のひらが熱い……と思うくらいには熱を持っていた。もしかして風邪でもあったのだろうか。そんな様子には見えなかったけれど。馬鹿の子の象徴みたいなものだし、もしかしたら風邪を引いていることに気付いていなかったのかもしれない。結構ありえそう。
ならば、保健室に連れて行くべきなのかもしれないけれど、ここからはそこそこ距離がある。私一人では運べない。そして、誰かを呼ぶほど高熱を出しているわけでもない。若干熱いかなくらいなので、少し眠っていれば体調は良くなると思う。
せめて濡れタオルくらい用意しておいてあげようか。荷物を漁って汗拭き用タオルを持ち出し、水道で濡らす。ひんやりとしたタオルをぎゅっと絞って教室へと戻る。雑巾でも良かったかなぁと一瞬思ったけれど、良いわけないよねと思い留まる。流石にそこまで私は畜生ではない。
床で寝そべる唯華の額にタオルを乗せる。
んん、と妖艶な声を出した。表情は若干和らぐ。なにかと戦っているような険しいものから穏やかなものへ変化した。
なにもせずにこの状況を眺めるというのも、なんだかなぁと思って膝枕をすることにした。唯華が本当に熱を出しているのであればあまり近寄らない方が良いのあろうけれど、さっきキスしてしまったし、もう今更なのだ。今から距離を取ったって、私の体の中に唯華の体を蝕む大量の菌が移動してきているはず。
要するにもう諦めている。
だから膝枕をする。
どうかわからないけれど、少しでも唯華の気分が楽になれば良いなぁと思って。
見下ろす形で彼女の顔を見る。安らかな表情だ。
さっきの唯華の言葉がふと蘇る。好きって言っていた。私に都合良く捉えるのであれば恋愛的な意味があるのだろうと邪推してしまう。
もっともそんな都合の良いことはないのだろうと思うのだけれど。ただ、好きと言った後の唯華の反応を見てしまうと、私の望み通りの意味があるのではないかと希望を抱いてしまう。
でも嫌いだからすべてを終わらせたいと言ったという筋書きはあまりにも綺麗すぎるし。
一体私はなにを信じれば良いのか。もうわけがわからなくなってしまう。
唯華の頭を撫でる。さらさらとした髪の毛が私の手に馴染む。
「ねぇ、唯華。私どうすれば良いのかな」
眠っているから反応はしてくれない。すーすーと寝息を立てるだけ。
これほどに私は苦しんでいるのに、唯華は気持ち良さそうに眠っている。解せない。
好きな人に好かれているかもしれないし、拒絶されるほどに嫌われているのかもしれない。私はその狭間に立たされている。
その本人は私のひざで眠っており、答えを教えてくれることはない。
結局私が一人でぐるぐると悩んで悩んで悩み続けることになる。時折苦しくなったりして、悩むのだ。
私にできることってなにかなと考える。そう多くはない。
数少ない選択肢の中で、私も唯華も互いに傷付くことなく、後悔もせず、勇気も必要としない。そんな都合の良い選択肢は存在しない。
どれを選んでもなにかしらの可能性は孕んでおり、もちろん傷付くことも、後悔もしない未来もありえるかもしれないけれど、傷付いたうえで、後悔するなんてことだっては大いにありえるだろう。
ならば、どれを最重要とするか。どれが一番嫌なのかを考える。そうすれば自ずと私のすべきことというのは見えてくる。
傷付くことが嫌なのか、後悔することが嫌なのか、勇気を振り絞ることが嫌なのか。
立ち止まるまでもなく答えは見えてくる。非常に簡単なものだ。どれが一番心に残り続けるのか。後悔すること。それだけ。だから私は後悔をしたくない。
「後悔しないためなら傷付くことくらい厭わない……だなんてカッコつけすぎなのかな。どうだろう」
唯華の頬を指で撫でる。んん、と気持ち良さそうな声を漏らす。
ぷるりとした唇に目を奪われる。唯華はあれが最後だって言っていた。勝手に決意をして、勝手に押し付ける。時間が経過すればするほど、自分勝手も良い所だなと思う。私の気持ちなんかなに一つとして考えていない。
私はまだ覚悟できていなかったのに最後だなんて狡い。
だからしてやろうと思う。私も最後になるかもしれないと決意できたから。
唇を付ける。これで終わりかもしれないし、これが始まりになるかもしれない。
そんなの私にはわからない。未来の私ならわかるのだろうけれど、未来の私と会話する術なんてないからわかるはずがない。
わからないからこそ、後悔しないようにしたいと願うのだ。後悔することが一番怖くて、そうだね。一番傷付くことだと思うから。
というか、起きるまで暇だなぁ。わざわざ起こすのも忍びないし……。あ、飴舐めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます