☆濃厚☆
雛乃がなんかカッコいいことしてて気に食わなかったからキスをしてやったぜ。へへん。
結果として自分も恥ずかしくなるところまでは考えてなかったんだけど。
ビックリしたからかな。固まって動かない雛乃の手元からディスクを取ってデッキに入れる。ウィーンという激しいディスクを読み込む音が聞こえる。そしてすぐにテレビモニターは切り替わる。
あぁ、準備してたんだってのがわかる。
嬉しい。
私がこの映画好きだってのを覚えてくれてた。
それも嬉しい。
私が不意打ちでキスをすると雛乃は固まってビックリしてくれる。
それさえも嬉しい。
雛乃は私にたくさんの嬉しいを与えてくれる。抱えきれないくらいにたくさんの嬉しいを与えてくれるんだ。
きっと雛乃の前ではたくさん笑ってるんだろうなぁ。
雛乃の言葉を借りるなら、心の底から楽しそうに笑っている……になるのかな。
実際にそうなんだよね。心の底から楽しい。嬉しい。
とか思ってると恥ずかしくなってくる。
私ったらどんだけ雛乃のこと好きなんだよ。
リモコンの再生ボタンを押す。
ピッという機械音がモニターのスピーカーから響く。
そしてモニターには製作会社のロゴが表示される。
「あ、ごめんね」
我に返った雛乃は申し訳なさそうに謝る。
ぽんぽんと隣を叩くととことことやってきて隣に座った。
すぐにキスできちゃうなぁだなんて邪なことを考え、すぐに無理矢理吐き捨てる。
「お、お菓子食べよっか」
「お皿持ってこようか?」
「大丈夫。こうやって開けちゃえば良いから」
鯵の開きみたいに袋を開く。
「コンソメの匂いすごいね」
「うまそ」
「食べないの?」
雛乃は不思議そうに首を傾げる。
「雛乃が食べないと食べれないんだよ。そう言われてっから」
「ふーん。変なところで律儀だね」
雛乃は文句を言うような口調でそう言うと、ぱくっとアヒルの嘴みたいにポテトチップスを咥える。
そして、私の口に無理矢理ねじ込む。
口の中にコンソメ味が広がる。
なぜ雛乃はカウンターを常にしてくるのか。多分真っ赤になってるであろう頬を両手で隠しながらモニターを眺めた。
なーんにも情報は入ってこない。
頭の中ではコンソメ味が踊っていた。
映画を見終える。
「これ何回観ても面白いよね。流石人気作なだけあるよ~。唯華が一週間ずっと観れるって言っていたあの時の気持ち今だけはわかるよ」
雛乃は目を輝かせてる。きらっきらだ。流れ星でも見つけたのかなってくらいのテンションの高さだ。
一時間半くらいかな。ずっと雛乃とのキスでモヤモヤしてた自分が馬鹿らしいなぁと思う。
私はこんなに意識してるのに、雛乃は全く意識をしていない。
なんというか狡い。もっとそれらしい言葉があるような気もするけど、狡いという言葉以外見当たらない。
「今だけなんだ」
「時間経つと、唯華ったらなに馬鹿なこと言ってるんだろうって思うよ」
「なにそれ。ずっと思ってるみたいな言いぐさじゃん」
「思ってるから」
「このこの」
私は雛乃のこめかみをグリグリする。
本来ならこのまま唇を奪ってしまおうかと思ったんだけどそれはやめておいた。
きっとそれ以上のことをされるから。
私だって学習する女なんだぞってね。
家でごろごろしてるとあっという間に時間は過ぎる。
もうそろそろ帰る時間だ。門限はないし、なんなら急に「今日泊まる」と親に連絡してもオッケーされるとは思うけど。帰る。
そろそろ帰らないと私の精神がおかしくなりそうだから。
雛乃成分を摂取し過ぎた。
容量用法はしっかりと守らないといけない。
適度な摂取は私の精神に良い効果をもたらすけど、摂取のし過ぎは身を滅ぼす。薬と同じだ。
だから帰る。そして帰るということは今日はもう雛乃と出会わないということであって。
それはすなわち、カウンターをされないということでもある。
ならば、憂さ晴らしをしてやろう。もっとも辛いとか不愉快とかそういう感情は一寸たりともないんだけどね。
「じゃあ帰るね」
「もう帰るの」
「良い時間だし」
「そっか」
外は夕焼け小焼け。カラスの声も鳴いてるし本当にちょうど良い時間だなぁとは思う。
「だから」
私は立ち上がった雛乃の唇を奪う。そして腰に手を回して、舌を口の中に入れる。
結構前になくなったはずのコンソメの味がする。
レモンを食べたあとにファーストキスをしたからレモンの味がしただけだよなぁ。ロマンチックでもなんでもないじゃんと思う。
「別れのキッス」
唇を離すと同時におどけてその場を立ち去る。
カウンターを受けることのない完璧な作戦を遂行した。
我ながら良くやったと思う。
自宅の玄関の扉を開けると同時にほんのりと口の中でコンソメの味が広がる。
さっきの濃密なキスを思い出す。
時間差のカウンターを喰らってしまった。
雛乃……強い。
そしてふと気付いてしまった。
あれ、私たちめっちゃくちゃキスしてないかって。キフレとはいえ、限度はあるよなぁって。
私と雛乃。このままだとお互いにダメになる。ダメになっちゃう。きっとお互いに幸せにならない最悪な展開が待ち受けてる。
私には恋心があるから良いけど。雛乃にはない。そういう沼に引き摺り込む感覚があるからこそ、最悪な展開が想像できてしまう。
だから、もう終わらせよう。全部終わらせよう。
窓から庭に向かってぺっと唾を吐いて、そう決意した。
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