♡発散♡

 帰宅する。

 私は真っ先に自分の部屋へと戻る。


 「おかえり、手洗いなさいよ」

 「うーーん」


 母親の指示を適当に聞き流して、扉を思いっきり閉める。

 そして真っ先にベッドへと向かう。

 そのまま飛び込む。


 今日毛布干したのかな。

 ふわふわお日様の匂いがする。

 温かな気持ちで満たされる。

 なんか安心するなぁ。


 「んん……」


 目頭が熱くなる。

 視界がぼやける。


 毛布に顔を埋めた。

 視界は真っ暗になる。


 脳内に雛乃の顔が駆け巡る。

 幼稚園の頃、私とずっと手を繋いで一緒にいた雛乃。

 小学校で私にだけ笑顔を向けてくれていた雛乃。

 中学校で一緒に悪さをしながら笑いあった雛乃。

 高校でだらだらと一緒に駄弁っている雛乃。

 そして、お互いにファーストキスを奪い合ったこと。


 そっか。

 あぁ、そうか。

 そうだったんだ。


 と、


 私はふと気付く。


 キスをして、意識し出しただけだったんだ。

 ずっとずっとずーーーっと前から私は雛乃のことが好きだったんだ。


 幼稚園の頃から好きだったのかもしれない。

 好きだけど、物心ついた頃からその感情を抱えていたから、気付くはずもなくて、ずっと幼馴染にはその程度の感情を抱くものだと思っていた。

 それが当たり前ってね。

 恋愛感情を最上級の友情だと思っていたのだ。

 恋心を友情と勘違いして生きていたということになる。


 無意識のうちに雛乃に恋をしていた。

 だから、私は他の人のことを好きにならなかった。

 幼稚園から今まで誰かを好きになるようなことはなかったし、告白されても躊躇することなく断っていたのだ。


 ずっと好きだったから。


 恋をしていたから。


 好きな人がいたから。


 だから、恋をしなかった。


 ということは、だ。


 私は今日、十何年という片思いに終止符を打ったことになる。

 知らず知らずのうちに恋をして、十何年と無意識下で想い続けて、今日失恋をした。


 毛布は湿っぽくなる。

 けど泣かない。

 泣きたくない。

 泣いてしまったら、止まらなくなってしまうから。

 明日、雛乃に無様な姿を見せ、心配させることになってしまうから。


 だから泣かない。

 泣いてないったら泣いてない。


 胸が苦しい。


 十何年も恋をしていた。

 その事実が私の心をさらに突き刺す。


 どうすれば良かったのかな。

 キスをしなきゃ良かったのかな。

 キスをしなきゃこの気持ちに気付くことはなかっただろうし。

 でもキスをしなきゃずっと無意識で恋をすることになる。

 叶うことのない恋をずっとだ。

 それって幸せなのかなって考えると結構怪しい。

 恋心に気付いて、振られたからこそ、私は新たな一歩を踏み出すことができる。

 この先どんな未来が待っているかはわかないけど、キスをしなかった未来に比べれば、新たな幸せを手に入れられるかもしれない。


 だから、そう。

 これで良かったのだ。

 失恋してしまったけど、これで良かったのだ。


 そう自分に言い聞かせる。

 無理矢理前向きな思考に持っていったけど、哀情が押し寄せてくる。

 十何年と気付いていなかっただけで、恋はしていた。好きだったのだ。

 もちろん十何年って密に関わってきた。

 雛乃との思い出は捨てたくても捨てられないくらいに沢山ある。

 思い出せば思い出すほど、感情は大きくなっていく。

 もっとこの想いに早く気付いていれば、違う未来があったのではと思ってしまう。


 一度無理矢理止めた涙は流れない。

 今日くらいはしっかりと子供みたいにわんわん泣いても良いんじゃないかなと思っても流れない。


 なんとなくわかった。

 今、私は一つの山場を乗り越えたのだと。

 失恋という壁を。

 人として少し成長できたのだと。


 「泣いてやるもんか」


 私は毛布により一層顔を埋める。


 そしてすううううううううっと大きく息を吸う。

 胸が痛くなるくらいに息を吸い込んだ。


 「あああああああああああああああああああああ」


 私は大声で叫ぶ。

 声は毛布に吸収される。


 心がスッキリした……。

 なんて都合の良い心は持っていない。

 辛いし、苦しい。


 そりゃそうだ。

 十何年という恋が終わったのだから。

 叫んだくらいでスッキリするわけがない。

 けど、少しは心が楽になった。

 靄が若干晴れて、少し光りが差し込んだような。


 そんな感じ。

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