☆××のあとで☆
「雛乃はどうだった」
「なにがよ」
「だからどうだった?」
「いやいやだからなにが」
「ファーストキスはどんな味だった?」
逃げようとしたのに、両手首を掴まれ、足もホールドされて、ガッチリと捕まる。
もう逃げられない。
走ることも、暴れることさえできない。
罠に引っかかった獣ってこんなに虚しい気持ちになるのだな、と今だけ彼らの気持ちが理解できた。
「うーん、わかんない」
「わかんないかぁ。私もわかんない」
「唯華もわからないのね」
「わかんないねぇ」
「わかんないけど、悪くはなかったかも」
「悪くなかった?」
「うん、満足感だけは凄いよ」
そう言い切るとえへへと蕩けるかのように笑う。
それから唯華は唇をなぞるように指で撫でる。
その姿はあまりにも妖艶で、見ているだけでさっきの感覚が呼び戻される。
指撫でを二周したところで首を傾げる。
「ふふふ、どう? もう一回しちゃう?」
「キスを?」
「そう。キス」
「……」
私は反応せずに黙る。
すると唯華は妙案でも浮かんだのか、少しだけ頬が緩む。
その緩ませた頬を元に戻して、真面目な顔になる。
少し警戒するように彼女のことを見つめていると、ゆっくりと口を開く。
「ファーストキスをもう一回、ね?」
彼女は少し照れるように問う。
そんな表情を浮かべるくらいなら言わなきゃ良いのに、と思う。
「今したらファーストキスじゃあなくなっちゃわない?」
「あ、たしかに」
もうファーストキスを味わうことはない。
さっきのが最初で最後だ。
人生で一度っきり。
それがファーストキスというものだから。
ファーストキスに二度はない。
一生の宝物、と言える。
「じゃあ、セカンドキスしちゃう?」
「しない」
「しないかぁ……」
そんな唯華を私は見つめる。
あぁ、私はとんでもなく貴重で大事なものを唯華から奪って、同時に唯華から奪われてしまったのだなぁと気付く。
返すことも出来なければ、取り返すことも出来ないもの。
宝物……かぁ。
さっき自分で持ってきた言葉で色々考えさせられる。
心の中に新たな感情が芽生える。
ひょこっと芽を出した感情。
具体的にどういうものなのかはわからない。
簡単に形容できるものではない、ということだけはわかる。
強いて言うのであれば、未知なるもの……というような表現になるのだろう。
友達に近くて、でも遠いような。
そういう不思議なものである。
けれど概念としてこういう感情に近しいんだろうなというのはなんとなくわかる。明確にわかるわけじゃないけれど。
名前のないそれに無理矢理名前を付けるのなら……いいや、やめておこう。
きっとこれに名前を付けて、心の中で育んでしまえば私は引き戻せなくなってしまう。
だからそう。
気付かないふりをして、知らないふりもして、踏みつけてしまおう。
それが一番だ。
「セカンドキッス」
弾む声と共に彼女はまた私の唇を奪う。
「ちょっ、唯華!」
「油断してる雛乃が悪いんだよ。唇が無防備なんだよ、無防備!」
少しだけ不機嫌アピールをすると、不安そうに顔を覗かせる。
「嫌だった?」
それは……狡い。
その質問は卑怯だ。あまりにも卑怯。
だって、うん。
「嫌なわけない……じゃん」
そう答えるしかないんだから。
本当に卑怯だよ、唯華は。
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