第37話 ソリアの街
「おや? 見慣れない顔だね」
街に入るとすぐに一人の女性が声をかけてきた。白いエプロン姿、三つ編みのお下げの女性で、年齢は五十代後半。人懐っこさの笑みをエイラムに向けている。手にはとれたてのリンゴがたくさんは入った籠を持っている。
エイラムは女性に礼儀正しく、お辞儀した。
「俺はエイラム。んで、こいつは俺のつれのアリシア」
あ、どうも、とアリシアが頭をペコリとした。女性は興味がありそうな顔をする。
「どこから来たんだい?」
それにアリシアは静かに視線をエイラムへと向ける。なんて答えるかを伺ったのだ。
エイラムは魔王の罠があるかもしれないと考え、目立つフェレン聖騎士団の象徴でもある耐魔物装備である銀色の鎧を脱ぎ捨て、普通の旅人のような格好を装うことしにた。いかにもという麻のマントを羽織って、腰に下げている聖剣を隠していた。
エイラムは時間を空けることなくすぐに答えた。でないと怪しまれるからだ。
「東の果てにある小さな村イシュルスってところから、当てのない旅をしている」
大陸の東の果てには確かにイシュルスという小さな村は存在している。しかし、ここは西土地。知っているような人間はそうはいない。だから、村のことを詳しく聞いてくることはなかった。
「へぇ~そりゃあ、また大変だねぇ」
それに女性は目を細め、一瞬だけ怪むような表情をしたが、特に何も言わず、すぐに笑顔に戻った。
エイラムはその表情の変化を見逃さなかった。
彼女は恐らくこの村の人間ではない。この街の住人か、あるいは……
(―――魔族?)
エイラムはそう考えながらも、その女性の質問に対して無難な返答をする。
まずはこの街の状況を知ることが先決だ。
エイラムはアリシアに目配せしたあと、違和感がないように自然の形で質問することにした。
アリシアはエイラムの意図を読み取ったのか、小さく相槌を打ったあと、口を開く。
「風の噂で聞いたのですが、帝国軍に占領されたって聞きましたけど……」
アリシアの言葉に女性は少し困ったような表情をした。それはまるで聞かれたくなかったかのような反応だった。
エイラムは眉間にシワを寄せ、考える。
「あ、あぁそうだよ。帝国軍の兵士がいきなり攻めてきたんだ。そりゃあ怖かったよ。あたしは必死の思いで、山の上に駆け込んで、なんとか助かったんだけどね」
そう言って、女性は街の上に広がる高い山脈を見上げた。女性の視線を追うようにして山脈へとエイラムも顔を向ける。ここからだと見えないが、この辺りで一番大きな山だ。標高は高くはない。走って逃げようと思えば逃げれそうな距離だった。それについては嘘はついてはいなさそうだ、とエイラムは思った。
アリシアが街へと視線を巡らせ、行きかう住民を眺める。住民は帝国軍兵士の姿などどこにもなく、平和そのものの様子だった。アリシアは首を傾げながら、女性に尋ねる。
「それにしては帝国軍の兵士の姿が見えないですね? どこかに行ったんですか?」
アリシアの言葉に、エイラムは内心で感嘆する。エイラムのそのことについては気が付いていた。ある意味で、アリシアがそのことを気が付くかを試した。
(―――まぁ少しは成長したってことか)
戦争孤児で、身寄りもないアリシアを貧民街で見つけ、フェレン聖騎士団へ招いた。
生きていくうえでは何か仕事をしなければならない。だから、騎士になれるようにエイラムは剣術、馬術、学術、戦術、そして、礼儀作法をいろいろと教えた。
生意気な口ばかりで、人を恨むような目つきだった彼女が、いつの間にか成長したことにエイラムは嬉しく感じた。
しかし、同時に寂しさも覚える。彼女の成長が嬉しい反面、自分が彼女の隣からいなくなることを想像してしまうから。
そんなエイラムの気持ちも知らずにアリシアはフェレン聖騎士としての職務を忠実にこなしていた。
アリシアの問いに女性は答える。
「なんでも、南部戦線で、イディン公国に動きがあったらしくて、今はそこに向かっているらしいわよ」
女性がそう言うとアリシアは納得したように小さく相槌を打つ。
エイラムはその話を聞きながら、頭の中で地図を広げる。
イディン公王国とは、ここより南の土地にある大国だ。ルフテン1世が治める公国であり、大陸でも帝国の次に大きな領土を持っている。帝国とは不可侵条約を結んではいるが、近年の帝国の領土拡大に対して、公国は危機感を覚えていると噂されている。その話が本当なら辻褄が合うが、帝国の動向を知っているエイラムはそれは嘘だと見抜いた。
イディン公国は確かに帝国の領土拡大に対して、危機感を覚えており、軍備を拡張していることは確認が取れている。しかし、まだ大規模な兵の動きがない。帝国と戦うとなれば、50万~100万の兵が動くはず。それだけの兵士が動くのであれば、必ず、市場への変化が起こる。例えば、食料の供給量や輸入量、輸出量、それに国境線上の砦の警備数などが変わるはずだ。しかし、今のところそのような報告はあがってきてはいない。
ここで、嘘だ、と見抜いて、追及したところで、どうにもならないだろう。はぐらかされるのがおちだ。魔王の証拠を掴むまでは下手に動かない方がいい。幸いのことにその嘘についてはアリシアは気が付いてはいなかった。
「そうなのか。じゃあ、南に行くのはやめておいた方がいいな」
「あぁそうだねぇ。行かない方が賢明だと思うよ」
エイラムの言葉に女性は大きく同意するように何度も頭を縦に振る。その表情には笑みを浮かべているが、目の奥では怪しむような光が宿っていた。
「どこか、宿屋はあるか? 俺たち、旅でへとへとで。食事もしたいんだが……」
眉を八の字にして、困った顔を作って、女性の瞳に気が付かないふりをして、女性に尋ねる。女性は愛想よく微笑んだ。
「ここからならブローニング亭がおすすめだよ。ほら、あそこの道を右に曲がってすぐさね。オレンジ色の屋根が目印だよ」
女性は指を差した方向にエイラムたちは視線を向け、曲がる道を確認したあと、頭を下げてお礼を言う。女性は笑顔で手を振ったあと、二人を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます