第36話 女神の御遣い その3
翌日の朝、さっそくロランはレオと護衛としてゾンビ騎士団の騎士団長ヨナとゾンビ騎士百名をつれてトゥダム神殿へと向かうことにした。
ロランの留守中はリベルが指揮を執り、オドが街を守ることになっている。
出発前にロランはリベルたちに何かあったらすぐに連絡するようにと伝えた。
ソリアの街の入り口、正門前でロランとレオはいた。
破壊されていた門はオドたちオークのおかげで修理が完了しており、完全に元通りになっている。
人間の大工たちは数年以上かかかると言っていた門の修繕を半分以下の期間で完全に修復して済んでいる。
それにはさすがオドたちだな、と感嘆してしまう。
正面門の前に並ぶ石の石像にはどう考えてもロランをモチーフにしているような気がした。
いや、絶対にそうだ!
城壁の上にはオークの兵士が外へ睨みを利かせていた。
その姿も頼もしい限りだとロランは思った。
そして、ゾンビ騎士たちがロランの前に整列し始める。
ゾンビ騎士たちの装備はまばらだ。統一はされていない。
それには理由がある。
彼らは生前、つまりは生きていた時、今は滅んだ国の騎士をしていた者たちがほとんどだ。
そのため、武器や防具もバラバラなのだ。
彼らに共通することは、命をかけて守った祖国が大陸上から抹消され、帰る場所を失った者たちであり、死を嘆き、弔ってもらうことすらされない悲しき者たちだ。
名誉ある死とはなにか。
死して、祖国を守った彼らのそんな彷徨う魂をロランは救った。
仕える者がいない、使えるべき国がない、帰るべき祖国がない、ならば僕の国に来るがいい。
そう言ったロランは彼らを自分の国に迎え入れた。
普通のゾンビとは違い、魂があり意思がある。
彷徨う時が長く、言葉を忘れてしまっている者はいるものの剣の技量は衰えていない。
今では立派な戦力となっている。
そして、ゾンビ騎士団の騎士団長であるヨナは特別な存在だった。
ノスクアール王国の筆頭騎士ヨナ・セイファ。『炎の騎士』と呼ばれる最強の騎士で、彼女の振るう剣技はあらゆるものを焼き尽くすと言われている。
彼女もまた、壮絶な死を体験した一人だった。
無念さと悲しみから成仏できずに荒れ果てた荒野を一人彷徨っているとき、ロランと出会った。
死人として、人々は恐怖の目で向け、悪霊扱いまでされた。
フェレン聖騎士団に追いかけ回され、殺される寸前だったところをロランが助ける。
ヨナは自我を取り戻し自分の意志でロランに従うことを決め、忠誠を誓った。
ロランの右腕と言ってもいい存在で、彼の命令には忠実に従う。
「ゾンビ騎士団100名、御身の前に」
そう言って、片膝をつくヨナ。
それに続くように他のゾンビ騎士たちも片膝をついた。
その様子に満足そうにロランはうなずく。
「ヨナ、君がついてきてくれるなんて、僕はうれしいよ」
ヨナはロランの傍にいつも控えている側近の一人だ。
ロランの信頼も厚い。
彼女は顔を上げずに答える。
彼女の表情は兜に隠れていて見えないが、きっと照れていることだろうとロランは思った。
そんな彼女に近づき、そっと肩に手を置く。
びくりと震える彼女。
ロランは優しく語り掛ける。
彼女は無言のままじっとしている。
「じゃあ、行こうか」
そう言うと、彼女はこくりと小さく、しかしはっきりと首肯した。
ヨナは立ち上がると後方に控えるゾンビ騎士たちに号令をかけた。
「出陣!!」
彼女の気合の入った声に呼応するかのようにゾンビ騎士たちは一斉に立ち上がり、胸を叩く。
そして、角笛が鳴らされた合図とともに行軍を始める。
それを見て、街の住民たちがそれを見送りの声をかけた。
こうして、ロランたちはソリアの街を出発してトゥダム神殿へと向かったのであった。
ロランたちはこの時、予測できなかった。
まさか、こんなにも早くフェレン聖騎士団が動いているとは――――――
♦♦♦♦♦
ロランたちがトゥーダム神殿へ向かっていくと同時期に複数の馬影が森の中を進み、ソリアの街へと向かっていた。太陽の光に輝く白銀の鎧。正義と人々の平和を守るフェレン聖騎士団の騎士たちが森を駆け抜けていた。その中で、一団の先頭を進む若い少年が神妙な面立ちで、丘になった街道の先を見つめていた。
「エイラム隊長」
背後から声をかけられて、エイラムは振り返った。そこには同じく白銀の鎧に身を包んだ女騎士が頭を下げた。年の頃はエイラムと同じほどの二十代前半といったところだろうか。やや細身ではあるが引き締まった体つきをしている。
「どうかしたか?」
女騎士は視線をそらしたあと、言いにくそうに口を開く。
「……本当に魔王が現れたのでしょうか?」
それに近くで控えていた他の騎士たちも顔を上げて、エイラムへ視線を向けていた。誰も不安げな表情をしていた。
魔王ロラン。多くの魔族を従えるだけでなく、自らも強力な闇魔法を操り、かつて魔王討伐の旅に出た若き勇者たちはいずれもこの魔王によって倒されている。そして、忽然と姿を消してから数百年。その名を聞くことも久しいほどだ。だが、今になって再び現れたという情報を得て、エイラムを含む精鋭の騎士十名は調査の為にこの地にやって来ていたのだ。
視線先に見えるソリアの街にはそんな恐怖の対象であるはずの魔王が現れたという話とは裏腹に活気に満ちていた。報告では、帝国軍が侵攻し、街を占領したという話だったのだが、そんな様子はまったく感じられない。街の門にも帝国兵が立っているわけでもないし、街の中も平穏な様子だった。むしろ、平穏すぎるような気がした。
何より、帝国の象徴である竜の紋章が入った帝国旗が掲げられていないことだ。
「魔王が現れたにしては、静かすぎませんか?」
女騎士の言葉にエイラムは無言のまま顎に手を当て思考する。確かに彼女の言うとおり。魔王といえば強大な力を持ち、人間たちを恐怖させる存在。少なくとも魔王が現れたという噂が流れたなら、人々は怯え、混乱しているはず。街の全体を遠くからでしか確認できないが、今のところそういった様子はない。
「街に行って確かめるしかないか」
これも何かの罠の可能性もあったが、フェレン聖教会本部からの調査命令であれば、それに従うしかないと考えたエイラムは街の中に入り、住民に聞き取り調査をすることにした。エイラムは馬首を翻す。
「ソリアの街に入る。隊は外で待機。アリシア、お前は俺と一緒に来い」
それにアリシアと呼ばれた女騎士が癖のある髪をいじりながらあからさまに嫌そうな顔をした。
「えー??! なんで私、なんですか?!」
「うるさいぞ。文句を言うな。お前は俺の副隊長だろ。ちゃんと付いてこい」
エイラムは不機嫌そうな表情を浮かべたあと、そのまま馬を駆って街の方へと向かう。その後を納得できないという雰囲気のまま追うようにアリシアも慌てて馬を走らせた。
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