第35話 女神の御遣い その2

「いや、暇って……僕は忙しいんだ!」

「知ってる。随分と忙しそうにしているじゃないの」


そういって、窓から見える街へと一瞥した。


窓の外から聞こえる喧騒は、この屋敷まで届いている。それは復興作業が行われている証であった。


しかし、それでもまだ作業は続いているらしく、あちこちで作業員たちが走り回っているのが見える。


その様子を眺めている女神の顔は楽しげだ。


ロランは机に肘をついて頭を抱えた。


「帰れ……ここは暇つぶしの場所じゃないんだぞ……」

「嫌よ。あ、おかわりある?」


空になったカップを差し出す女神に対しロランは無言で睨むことで応えた。


女神はそれを見ると肩をすくめて立ち上がる。


「ひどいわね」

「何の用だ?」


ぶっきらぼうに聞くロランに対して、女神は少しだけ考える素振りを見せると、やがてニヤリと笑って言った。


その表情はとても悪戯っぽいもので、これから何かを企んでいるようなものだった。


それを見た瞬間、ロクなことにならないと思ったロランだが、逃げようにも扉の前に立ちふさがっている。


先回りされた、くそ、と心の中でつぶやく。


「一つ、お願いごとがあるのだけれど」


この状況で、もはや、聞くしかないと思った。


でないといつまでも居座りそうだったからだ。


とにかくさっさと帰ってもらいたかったロランは聞くことにした。


「なんだ?  僕もあまり時間がないから簡潔に頼む」

「もぉーせかせかしちゃって~」


そういうと、女神は人差し指を立てると言った。


まるで教師のように。


ロランは苛立ち、机を叩いた。


「いいから早く言えよ!!」


女神はわざとらしく驚いて見せると、仕方ないとばかりにため息をついた。


そして話し始める。


「ちょっとお使いに行ってほしいのよ」

「……どこにだ?」

「あら、そこは前向きなのね」

「うるさい。早くいえ」

「私を祀るために造られたトゥーダム神殿という場所で、あるものを取りに行ってもらいたいのよ」


ロランはその言葉を聞いて首を傾げた。


聞いたことのない場所の名前が出てきたからである。


魔王領の北の方角にはいくつかの大きな山があり、その先には深い森が広がっていることまでは知っているがそれ以外は何も知らない。


というより引きこもり歴が長いため、記憶が定かではないのだ。




「そのトゥダム神殿に何があるんだ?」


ロランの質問にソラーナは目を縮めた。


どこか言いたくなさそうな雰囲気で、考え込んでいる。


黙っていること数秒、話さないのなら別にそれでいい、と思ったロランは追及しようと思わなかった。


めんどくさそうだったので、欠伸を一つ。


それから頬杖をついて、気だるそうにソラーナを見つめる。


「あのさー言わなんなら、さっさと帰ってもらえますかー」


とても迷惑なんですけどー、と小さくつぶやく。


それにソラーナはとても不服そうな顔をした。


しかし、このまま黙っていても取って来てほしいと言ったからにはそれが何なのかはくらいは説明すべき、だと考えた。


仕方ないので、渋々口を開く。


大きくため息をついた。


「……選ばれし勇者のために造った“聖剣エクス”があるわ」

「え、なんだって?」


自分の耳を疑った。


聖剣エクスという呼び名の武器はロランもどこかで聞いた記憶があった。


聖剣エクス―――選ばれし勇者が持つことを許される伝説の武器で一振りで、山を二つに割り、雷が轟くといわれている。


破壊力は絶大であるが故に扱える勇者は現れなかった。


ロランに挑んできた人間も誰一人として、いなかったのだ。


だから、伝説的な武器であり、本当に実在していたことには驚きだった。


だが、そんなものを手に入れてどうするつもりなのか、と疑問に思うロランだった。


そして、聖剣エクスは神をも殺せる力を持っているという話を聞いたことがあるのを思い出す。


殺したがっている相手に自分を殺せる武器の在り処を教えることにロランは理解ができなかった。


「あのさ、僕は魔王なんだけど? なんで、魔王の僕に自分を殺せる武器の場所を教えるんだ、バカなの? いや、バカだろ」


自ら墓穴を掘るとはこういうことをいうのか。


ロランはずっと勇者を送り込んでくる女神が鬱陶しく、恨んでいた。


彼女が世界の常識を作り、魔物を悪と決めつけた張本人だ。


人間にめんどうな知恵を吹き込み、戦争を引き起こさせた。


勇者に魔王は世界を滅ぼそうとしていると教え、次々に勇者は正義と平和のためにと戦いを挑んでくる。


ロランは殺されてなるものかと、その勇者のすべてを死へと導いた。


いくら殺しても次の勇者が現れる。


もううんざりだとロランは思っていた。 


全ての元凶が彼女である。


だから、恨みを抱いているのだ。


それなのに当本人の女神様が自分の首を絞めているような状況に陥っていたことを見て、思わず苦笑してしまう。


この女、頭おかしいんじゃないかと。


しかし、ソラーナはバカではなかった。それは百も承知というように言う。


「……私だって教えたくて教えてるんじゃないわよ。でもね。まだあなたの方がマシだし、なんだって、話ができるもの」

「話ができる?」

「そう。話よ。今、こうして話せているのもあなたが聞く耳を持っているから」


見透かされたような気持になったロランは眉間にしわを寄せる。


しかし、ソラーナの言葉に否定はしようとは思わなかった。


「もしも、聖剣エクスがシルビアに渡ってしまえばそれこそ、世界は終わり。彼女はこの世界を破壊し私を殺して、自分が神になろうと考えているわ」


それは聞き捨てならない言葉だった。


ロランにとって世界を壊すということには賛成した部分もあるが、世界が作り変えられるとなると話は別だ。


なんだかんだっで今、ロランたち魔物たちは平和に過ごせていた。


それが一変するとなると許せない暴挙だ。


新たな神の誕生などもっと許されないことだった。


もし、それを実行しようとしているのならば止めなければならないだろう。


ソラーナが自分に聖剣エクスの在り処を教えたことがなんとなくだが理解した。


「……わかった。取りに行ってやるよ」

「ロランがそういうと思っていたわ」


嬉しそうに微笑むソラーナ。


最初から自分が協力することをわかっていたかのようだ。


そう思うとソラーナのことをさらに嫌いになりそうになる。


「君はどこまでも僕を利用するつもりなんだな……」


ロランは苦笑いを浮かべるとソラーナは静かに頷いた。



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